第4話  試合観戦 〈藤井寺にて〉

 球児たちの息遣いがあちらこちらから聞こえてくる。陽も沈んだ頃に練習は終わった。
「手伝おうか?」
 護と優哉に声が掛けられる。
「おう、サンキュ」
「うん、ありがとう」
 練習後の片付けは全て一年生がやることになっている。一年生部員は十八名と人手は足りていたが、少ないよりはいくらかましではある。手伝いを受け入れ、後片付けを始める。
「あ、それ俺が持ったるわ」
「あ、ありがと」
 その華奢な身体では、恐らく持てそうも無かっただろう。彼女は三輪悠子といい、一年生の女子マネージャーである。
「芦屋君、僕な、今度の藤井寺での日ハム戦のチケット手に入れたんやけど。一緒に行かへん?」
「おお、ええな。行こ行こ」
 優哉が護に持ち出した話は、日曜日の近鉄バファローズ対日本ハムファイターズ戦の話であった。二人は大のバファローズファンであり、遠くにある藤井寺球場に応援に行くこともしばしば。
「なぁ、それって今度の日曜日の?」
 優哉に尋ねてきたのは悠子。彼女もバファローズファンである。
「うん、そうや。日曜日の昼一時からのやつ」
「なぁなぁ、そのチケット、3枚ない?」
 質問の内容からすると、彼女も観戦に行きたいようだ。
「ごめん、2枚しか無いねん」
「三輪、お前一緒に来る気やったんか?」
 護の問いかけにあっさり肯定する。
「当たり前やん、私も近鉄ファンやもん」
 ボールの一杯入ったかごを、片付ける。
「とりあえず2枚しか無いんやから、三輪は来んでええって」
「何や、その言い方。はみごにするような」
「ごめんな、三輪さん。チケットほんまに2枚しか無いから…」
「―ええよええよ。とりあえず芦屋、あんたが私に謝りぃ」
 悠子は人差し指を護に向ける。
「何で謝らなあかんねん!」
「はぁ?当たり前やろ!」
 護と悠子で喧嘩が始まった。
(そういえば前もこんなんあったような…)
 たびたび優哉は護のことで苦労する。

 近鉄の南大阪線は、昨日に続き満員。そして乗客の殆どが下車する駅があった。護と優哉も迷わずその藤井寺駅に降りた。歩いてものの五分のところに、『BUFFAROES STADIUM』のゲートが見えてくる。ここが藤井寺球場の入り口である。
「おーい、芦屋、日比野君」
 聞き覚えのある声に、思わず二人は振り向く。
「三輪…」
 駆けて来たのは紛れも無く悠子である。思わず護は声を出す。
「三輪…。お前チケット無い言うたん聞いてへんかったか…?」
「分かってるって、そのくらい。そやから今日は自費で見んねん。あかん?」
 最後の一語だけ強調して護に問う。勢いに押された護は頷くしかなかった。

 定刻通り始まった試合は壮絶な投手戦となった。バファローズの先発は高村、ファイターズの先発は西崎、どちらも好投手を持ってきている。お互い点があまり取れず、六回表までは一対一で来た。
「はぁ、つまらんわ」
 呟いた悠子に、護は強い口調で言い返す。
「何でやねん。高村がええピッチングしてるやんか」
「私は、ノリのホームラン見に来てん。そのために外野座ったんやんか」
「三輪はあれちゃうん?新外国人のローズがええんちゃうん?」
「ローズはええの!」
「もう、やめようよ」
 優哉が止めに入った頃、六回裏、バファローズの攻撃が始まった。そしてこの日七番に入った、山本の打席が回ってきた。
「カズ!ホームラン打てぇ」
 護は、高村と山本の大ファンである。『カズ』とは去年までの、ホークス時代の山本の登録名、『カズ山本』に由来するもので、ファンの殆どはこの名称で呼んでいる。
 護の願いが届いたのか、山本は右中間を破る二塁打を放った。護含むバファローズファンは、大いに沸く。次打者は、この日八番打者に入った大石である。大石は水口の台頭で、今シーズンのスタメンの機会がやや減ってきている。そして優哉は大石のファンである。
「大石、頑張れ!」
 すると今度はセンター前に小飛球を落とす絶妙のバッティング。そして一斉にスタンドが沸く。二塁に居た山本が、三塁を回ったのである。
「走れ走れ!」
 三人も山本に注目し、声を張り上げて声援を送る。
 ファイターズの中堅を守っている強肩の井出から、球はダイレクトで本塁に返って来る。山本は果敢に滑り込む。山本は捕手田口をかわし、回りこんで本塁を陥れた。
 スタンドからはバファローズファンの賛美の嵐が、藤井寺上空を飛び交った。三十九歳ベテランの大疾走に、スタンドも歓喜だ。
「よっしゃ、山本が点入れてんから、高村は抑えなあかんで」
 バファローズファンの期待に応え、七回表、八回表と、高村は六人で抑えた。
 そして九回表。満を持して登板したのは、抑えの切り札赤堀。ファイターズは九番広瀬に代えて、中村豊を代打で投入する。ここで応援に熱を入れるのは、赤堀ファンでもある優哉。
「赤堀ー!ここで抑えたれー!」
 赤堀の切れ味鋭いスライダーが冴え、見事中村を三振に取った。後続も断ち切り、試合は二対一で近鉄バファローズが勝利した。勝ち投手は先発高村、抑えの赤堀にはセーブが付いた。悠子が応援に来たバファローズの中村は、四打数無安打だった。

「日比野、今日は良かったなぁ。高村は勝つし、赤堀は抑えるし、カズと大石も打ったしな」
「うん、大石のヒーローインタビューは格好良かったし」
 そして二人の隣には不貞腐れている悠子がいる。
「何でノリ四タコやねん」
「ははは、七番に4安打されたら西崎も終わりやって」
「何やねん!」
 また二人の口喧嘩が始まり、優哉は制止側に回る。

<<<   >>>