scene99  別れのときは、明るく、優しく

 翌日になって、突然BE社から電話がかかってきた。恐る恐る内容を聞いてみると、カーシックの遺体の引き取り人がおらずに困っているらしい。身元も、トーラー出身であることが判り、この世界ではどうしようもないという。更にその出生地でも引き取り手がいないらしく、仕方なく最後まで一緒にいたトオルらに連絡したとのことらしい。
 カーシックが付いてきた理由は、親が事故で亡くなったことが大きなきっかけだといっていた。以前訪れた際に父親のいた形跡は無かったので、母子家庭と見てまず間違いない。そしてその母親が亡くなったのだから、既にカーシックに帰る場所は無かったといっていい。
 トオルらはその理屈を抜きにしてでも、カーシックを引き取りに行くつもりでいた。昼過ぎに社まで来て欲しいとのことで、一時過ぎにBE社に向かうことにした。
「こちらです」
 社内で派遣員に案内されて、四人は奥まで連れられる。霊安室からは大きな担架が出される。顔にかけられた布をめくると、血の気の引いた顔をしたカーシックがいた。トオルはすぐにそれを戻す。今にでも起きてくるんじゃないかと期待したが、それは当然叶わない願いであった。
「皆、どうする? このまま火葬に行くのか?」
 このメンバーで一番年上ということで、ジュラが判断をする役を受け持っている。しかし意見は三人が出したものに従うので、その意味はないといってもいい。三人とも質問には黙って頷く。トオル、エミ、メイリは、初めて体験する別れのとき。ただ目の前の光景についていくだけだった。
 火葬になったのは、トーラーではそういう習慣だからだ。全てが大きいという特徴のトーラーでは、それゆえ土地が不足しがちである。そんな状態でとても土葬なんて行えない。やがて遺骨は骨壷に納められて、トオルたちに託された。
「じゃあ、行こうか」
 トオルは明るい口調で言う。皆も明るく振舞って相槌を打つ。既に決めたことだ。遺したものを活かす、悲しんでばかりはいられないと。迷わず歩いて向かった先はワープポイント。行き先は言わずもがな。そして五人は、再びトーラーへと赴いた。
 思えばレイトと別れたのもこの地だと思いながら、それぞれの思いを胸に久々のトーラーの土を踏む。
「思えばいつ振りかって感じだな」
「そうね。でも案外最近よ? ここ来たのって」
 トオルは一度見たことのある景色にもかかわらず、物珍しそうな目で辺りを見回す。
「おぉ、懐かしいねぇ。オレも前来たのはいつだったけかなぁ」
 ジュラも久々に訪れた故郷を訪ねるように、辺りを見回す。すると突然、通りの向こうから知らないおじさんが声をかけてくる。
「おお、いつかのちっちゃいやつらじゃないか」
 それに釣られて、次々とトオルを知る面々が顔を出してくる。
「トオル、お前なんでこんなに人気あんだよ?」
「はは、いつか大男を倒してやったときから名前が売れたんだよ」
 ジュラははっとする。だからジョンソンに襲わせたとき、トオルは臆せずあいつに向かっていけたのだと。やがてぞろぞろと集まってくる人間たちは、トオルを取り囲む。ただ久々に現れたちょっとしたヒーローへの挨拶のつもりなのだろうが、二メートル超の人間ばかりが周りを取り囲むと、威圧感を感じずにはいられない。ジュラはそれが息苦しくなって、人を掻き分けて輪の外へと出る。しかしトオルらは談笑している。
(なんなんだよあいつらは。あの中にいて平気なのか?)
 メイリもエミも、全く平気という顔で笑っている。ジュラはそんな三人が話をやめるのを、ボーっとして待つことにした。
 話が終わったのは十分後。満足な顔をして帰ってくる。
「終わったか?」
「おう、もう充分」
「待たせてごめんなさい」
 傍から見ればほとんど三人の弟と妹に手を焼く兄貴という構図だ。それに自分でも気付いて、なぜだか情けなくなってため息をつく。メイリがどうかしたのか尋ねてきたが、とても答える気分にはなれなかった。
「それで、とりあえず墓に埋めなきゃなんないんだろ? 墓地がどこにあるかは知ってるのか?」
「大丈夫。私がさっき訊いといたから」
 ようやく落ち着いた三人を見てジュラは一安心し、メイリが聞いたという墓地の場所まで歩いていく。そう遠くなく、数十分歩けば着いたそこは、広大な敷地を有する大型霊園墓地だった。
「へぇ、カーシックの奴、こんな立派なとこに墓があるんだな」
「トオル、良ければお前も入っていいぞ」
「な、何言ってんだよジュラぁ! 俺はまだ生きてるぞ!?」
 四人に笑いが起こる。トオルらにとっては、新鮮に感じる笑いだった。
 入り口近くに立っている事務所でカーシックの家系の墓がある場所を教えてもらい、言われたとおりにその場所へ向かう。数回曲がって階段を登って、その一角の隅にカーシックの入る墓はあった。それは墓地の中心にあるような大きなものではなく、ひっそりとしたごくごく小さな墓だった。墓標には”イスパ”と、カーシックのラストネームが刻まれており、裏面に今まで埋葬されてきた人々のファーストネームが数人分記されていた。
「悪いな、カーシック。名前は彫れねぇけど、墓に入れてやることはできるぜ」
 やがて後から事務員が必要な工具を持ってやってきた。墓の蓋を開けてもらい、そこに三人で壺を持って一緒に入れてやる。再び蓋が閉じられるとき、誰からとも言わず三人は手を合わせていた。その光景は、ジュラと事務の人にとっては異様に見えた。掌同士を合わせる合掌のスタイルは、三八界には存在しない。祈りの合掌の定型といえば、指を交互に組んで握りこむというスタイルしかないからだ。ジュラにはいつしかこれが、本当に死者へと届く祈りなのではないかと思っていた。

 埋葬が突然だったため、事務の人も慌てて名前を彫ったのか、少々歪んでしまっていた。その人は丁寧に謝ってくれたが、カーシックはそれでも名前が彫られただけでも喜ぶはずだろう。あまりに申し訳無さそうにしている事務員に、トオルたちは労いの言葉をかける。それでも一言謝って、事務所に戻って行った。
「ねぇ皆。カーシックくんにとって、私たちに会うのは良かったことなのかな?」
 エミの質問に、さっきまで細々と続いていた会話が途切れた。メイリは黙り込んでしまう。それと同じ考えを何度もして、ついに答えが出ずにそれを封印していた。けどここでもう一度掘り返される。
「良かったことだろ。トーラーにいるときに、あいつの心からの笑顔見たか?」
 トオルがその時の記憶を探し出して、嬉しそうに笑う。思い返せばその通り、フェアリーで再開して以降のカーシックはよく笑っていたが、トーラーではあまり笑顔を見せなかった記憶がある。
「あいつにとって、俺らはいいことをした、と、俺はそう思ってる」
 メイリはふぅとため息をつく。
「まさか、トオルにそれを気付かされるなんて、私もどうしちゃったもんだか」
「確かにカーシック君、いっぱい笑ってたよね」
 この世界では背が低くていじめられてたと言っていた。家以外には虐げられる環境しかなかったのだから、そこから脱出できたという点だけでも、彼にとっては相当嬉しい出来事だったに違いない。母親を失ってこの世界で自分を守ってくれるものがいなくなったとき、カーシックはトオルたちに助けを求めるしかなかった。藁をもすがる思いで来たのだろうが、彼にとってそれはノアの箱舟に他ならなかっただろう。
「カーシックは、メイリちゃんたちがいたお陰で、最期に幸せを知ることが出来たんだな」
 ジュラは優しい口調で言葉を並べる。
(ここでこうでも言っておけば、ポイントが稼げるからな)
 殺した本人から見れば、彼にとってその最期は辛苦以外の言葉は見つからないだろう。カーシックも犯人に埋葬されるとは思ってもいなかっただろう。
(今頃、必死で俺が犯人だと伝えようとしてるんだろうな、このガキどもに)
 ジュラは顔に出さずにほくそ笑む。決して順調ではないが、大きな脱線もなくことは進んでいる。次に仲間が死んだときに見せるトオルらの顔を想像して、その時が楽しみで仕方なくなった。
「ジュラ――」
 落としていた目線をあげると、三人は輝く瞳で見つめている。
「え? な、なんだい……?」
 バックに星が光って、目には多くのハイライトが入っているのが分かった。
「やっぱお前っていい奴だなぁ。俺、やっぱお前のこと好きになれそうだっ。兄貴と呼ばせてくれっ!」
 そう言いながらトオルは感激に浸っているような目でジュラを見つめる。
「ちょちょちょ、ちょっと待て! オレはそんな――」
「ジュラ、あなたなかなか綺麗な感情持ってるじゃない。私もちょっとぐっと来たよ」
「メ、メイリちゃんまで雰囲気違うよ!?」
「やっぱりジュラさんは、嘘を付かない人なんですね……。私、今まで聞いてきた言葉の中で、最高だと思います」
「いやいやいやいやエミちゃん、そこまで褒められたからってオレは別に何も――」
「ジュラー! 兄貴と呼ばせてくれぇっ!」
「ちょっ、皆してどうしたんだよぉ!!」
 怒涛の褒め殺しと感動の嵐に、ジュラは全く対応しきれないでいる。涙を浮かべ、目には星を浮かべて、背景にパステルカラーのシャボン玉をいくつも浮かべているような光景が容易に想像できる状態になった三人に、ジュラはただ必死に遠ざかろうと努力しかなくなる。
(おい、なんだお前らの漫画のようなノリはー!)
 事務員の話によれば、その時墓地の一部が鮮やかで柔らかい光に包まれたのを目撃したという。

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