scene95  事情聴取

「どう、だった……?」
 そう訊いてきたのはメイリだ。いつもの強気な態度はどこかへ消え去り、弱々しい声を出す。
「殺人で、犯人は向こうで死んでる大男で、そいつは昨日の昼に絡んできた奴だった……」
 トオルもさすがに元気などでない。エミとメイリも、驚きを表に出すつもりも、その気力もなかった。ただトオルが告げることを真実として受け入れて、心を落ち着かせることに全力を注ぐしかなかった。
「それで、被害者の――カーシックの友達だから、後で事情聴取がしたいってさ」
 これに対しては、エミもメイリも何の反応も示さない。対して興味がないだけである。けれども事件である以上はBEの捜査に協力をしなければならない。トーラーのグランドアーサー事件で、”真魔石はなかった”と嘘付いて地属性の真魔石を手に入れた、ボート・K・デイト――キルが統べる組織に。だがここで協力を断れば、不審に思われて今後の活動に影響が出るかもしれない。特に断る理由も無い。大人しく、取調べに応じるしかないのだ。

 まだ現場検証が行われている中、BE本社に同行を求められた。しかしその態度はどこかおかしい。焦りを隠しきれていない。担当の派遣員もわたわたと慌てふためきながら、急いで出発の準備をしている。トオルらにはその焦りが何を意味しているのか、さっぱり分からない。車の準備ができるなり、トオルらは地下への移動を促される。引率の派遣員は早足で、三人の移動を急かす。
 セントラルシティでは、車は地下しか走ることを許されていない。そのためエレベーターを使って地下駐車場まで降りないといけない。ただ、この仕組みはセントラルシティ特有で、第一番界セントラルにおいては、車は普通に地上を走っているところも多く見かける。
 エレベーターが地下駐車場に着くまでは、意外と時間がかかる。引率の派遣員はイライラはせずとも、焦っている様子が目に見えて取れる。トオルはそれも気にせず、ぼんやりと考えていた。
(――レイト……)
 トオルが始めて出会ったのは、同じく地下駐車場へと続くエレベーターの中だった。そこで彼は殺人を犯す。トオルも一度は殺されかけた。その後、様々な誤解が解けて、行動を共にし始めたのだが、今はもういない。
 考えてみれば、先程の脳が飛び散っているような死体を見ても激しく動揺しなかったのは、レイトのお陰かもしれない。エレベーターで殺されたトリニーノ議員の死体を目撃し、牛の脚の切断を体験し、凄惨な過去の事件を聴いた。様々な非日常を吹き込んで、衝撃に対しての耐性を付けてくれていた。
(なに考えてんだ、俺。レイトとはもう、別れたってのに……)
 トオルは嘲笑した。その笑いは、自分にとっても初めてのものだった。
 レイトからの経験によって大きな衝撃を受けることはなかったが、それでも今これだけ辛いのは、失ったものが仲間の命だからだろう。
 やがて駐車場に到着すると、車まで走らされ、急いで乗せられた。急発進した車はサイレンを鳴り響かせ、道路を疾走した。

 BE社に着くまではあっという間だった。サイレンを鳴らしたために前の車は避ける。それで出来た信号のない道を、ひたすら高速で走り抜いたからだ。三人はなぜこんなにも急いでいたのかは分からなかったが、今はそれを訊く余裕すらなかった。地球の警察署とは違って、まるで高級ホテルのような内装の社内を歩き通し、通されたのは聴取室ではなく、どこの会社でもありそうな応接室だった。ここについてからも派遣員の慌てぶりは納まっておらず、連れてこられた三人は徐々に不安を覚えていった。
「……もしかして、容疑者扱い……?」
「そりゃねーはずだぜ。犯人は巨漢だって、俺はそう聞いた」
 小声でこそこそ話しているうちに、扉がゆっくりと開けられた。派遣員が二人が部屋の中で敬礼をしている。扉は自動的に開いたものではなく、外から二人の派遣員が深々とお辞儀をしながら開けていた。こんなにも大層な扱いを受ける人が現れるのだから、こちらも背筋を伸ばさなくてはならない。やがて姿を現すと同時に、その見覚えのある姿に驚愕した。
「ボート……統長……」
 メイリが呟く。それに対して敬礼をする派遣員が一喝する。
「お前ら、デイト様と呼べ!」
「いいんだよ、この子らは特別だ」
「はっ!」
 派遣員の注意をボートは止める。それに何の異議も唱えずに敬礼をしなおす派遣員。諫言は許されないような雰囲気が漂っている。
「君たちは全員外に出ていたまえ」
 言われた派遣員は元気のよい返事をして、全員部屋の外へと出て行った。応接室の中には、トオル、メイリ、エミ、ボートの四人だけになった。今日はさほどの威圧感は出ていない。
「まさか今度の事件の被害者の仲間がきみたちだとはね」
 メイリとエミは、ようやく派遣員が慌てふためいていた理由が分かった。誰も逆らえないような強大な力を持つ社長自らが、一事件に携わると言うのだ。BE社でなくてもそんな事態になれば慌てる。それがBE社だからこそ、焦りが半端じゃなかったのだろう。
「あれはトーラーの、グランドアーサー事件のときだな。その時に会ったかな?」
 ボートは三人の様子を窺うが、トオルらは何も言わない。むしろこんな状況で発言が出来るほど、神経は図太くない。カーシックが死んだ悲しみが何よりも大きい。本当なら泣いてしまうところだが、今でもそれを耐えている。人前で弱いところを見せたくないと言う気持ちは全員共通だ。
 そして何よりも、目の前の相手は強い。下手に喋ってなにか情報が伝わってしまうとまずい。ボートも真魔石を収集していると考えられるからだ。亡くなった精霊ドローサットから聴いた話によれば、ボートは地、光、謎の属性の真魔石計三つを所持していると言う。残る真魔石はあと二つ。ファイヤーの持っている炎と、所定不明の水。ここまで来れば、ボートがすべて揃えようと考えているのは想像に容易い。いつか聴いた話だ。BE社は表向きでは犯罪者撃退組織だが、裏では拳銃や麻薬の密売などを行っていると言われている。そのような相手に、どうして対応していいかは分かるはずもない。
「お前たち、トーラーで会ったとき、私がこのことを言ったのは覚えているか?」
 ボートは脚を組む。一メートル近いその脚は、その瞬間蹴られるのかと思うくらいに長い。同時に喋るときの雰囲気がやや変わった感も受けた。
「去り際に、私は言ったはずだ。これ以上関わると、善悪の使者が訪れるぞ、と」
 押し黙っていた三人は一斉に目を見開く。その言葉は、脳の片隅にしつこくへばりついていた言葉。気が付くとその言葉のことが気になっていた。あのときボートが口にしていたのだと、三人はようやく思い出す。その言葉の意味が何かを知りたいのは山々だが、どうしても最初の一文字が口から出ない。それさえ出れば、堤を切ったが如く言葉が飛び出すことには違いはないが、なかなかその堤が辛抱強い。それを見てボートは自ら喋りだす。
「私はあの時に確かに言った。あれは忠告だ。しかしお前らは、その忠告を聞かなかった。未だに真魔石を探し続けている」
 ボートのこの口ぶりから、疑問が沸き、租借する間も無くそれは怒りへと変わっていく。
(こいつ、カーシックのことに、関わってやがるな……!)
 トオルはその怒りを一生懸命押さえつける。手は出ないにしても、怒りの表情があらわになり、ボートを睨みつけていた。それは他の二人も同じだ。
「ボート統長。あなたは、敵です」
 とんでもない、突然の宣戦布告だった。この言葉を聞いて、口をあんぐりと開けてメイリとトオルは驚く。それを口にしたのはエミだった。ボートは、ほぅ、とエミを見据える。その眼は敵意や驚きや、油断を持ってはいなかった。自分の目の前で、自分のことを敵だと宣言するエミに、興味が湧いた目だった。
「ちょ、エミちゃんっ、何言ってんのよ……!」
 メイリは宣戦布告に動揺を隠せない。それもそのはず。前述したとおり真魔石を三つも所持している男。一つ一つが魔法石の五〇〇倍の力を持っているから、その力量は計り知れない。その上、治安組織のトップと言う立場上大きな権力もある。この三人で立ち向かって行けるとは到底思えない。エミの言った言葉は、無謀という単語でも表しきれないほどに、とてつもなく身分違いのものだった。ついにはボートがくすくすと笑い出す始末。トオルとメイリは撤回をエミに求めるが、彼女は断固としてそれに応じない。やがてボートが笑いを止める。
「面白いな、それはいい」
 意外な反応に三人は目を丸くする。
「そうしようか。私達は今から敵同士だ。どちらが先に真魔石を探し終えるか。私は今三種類所持している。お前たちはゼロだったな」
 突然の提案と、真魔石捜索の意思、所持数公開に、宣戦布告をしたエミまで呆気に取られてしまう。

「こら! 待て! 抑えつけろ!」
 突然扉の外が騒がしくなった。凄い勢いで扉が開いたかと思えば、闖入者は見覚えのある顔だった。
「メイリちゃん! 皆!」
「ジュラ!?」

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