scene9 夜風は吹いても路は変わらず
『スッ』
ユカはトオルの拳をあっさりと避けた。
(!)
『ドッ』
トオルの背中にユカの左足の蹴りが入った。ユカはトオルの右側に避けた。体勢を立て直す前のトオルは、右腕を前に突き出しており、右側をガードすることはほぼ不可能だった。
『ドサッ』
蹴りをまともに食らったトオルは前に倒れこんだ。しかしやはりタフなトオル。すぐ起き上がった。
(重い蹴りだ。今まで殴りあってきた奴らの中で一番…。)
「はい、おしまい。」
「!」
ユカはあっさりとその言葉を放った。しかしたった一撃で終わらせられたトオルも納得がいかない。
「何で終わりなんだよ!まだ1発しかくらってねぇよ!」
「1発もくらってはならないわ。」
「え!?」
ユカの言葉にトオルは驚いた。確かに今一撃を受けたが大したダメージも無い、更にすぐ体勢を立て直すことも出来た。このくらいの攻撃なら、喧嘩相手から何度も受けている。何発受けても立ち上がれる自信はある。
「今の私の攻撃、本気だと思う?」
「!!?」
「それに、私程度の実力者ならごろごろいるわ。更に相手が魔法石とかの力を利用してきたら、あなた自身はどうなってたか分かる?」
「…っ!」
トオルにはややショックが大きかった。倒れこんだ蹴りは本気ではない。ユカ程度の実力者ならごろごろいる。魔法石の力が付加されることもある。
(全ての条件を満たしている奴だったら俺は今頃…。)
ガクッと落ち込んでいるトオルを見てユカは明るく話しかけた。
「さ、起きな起きな。あんたはそいつらに勝つために今から鍛えるんだから。」
「なぁユカ、あんたから見て、俺はそいつらを超えられるか?」
「…全然問題ないわ。素質は充分にある。」
「――…。」
夜になった。ユカが住んでいる家屋は2階建てである。トオルとエミは、その2階に一つずつ部屋を借りて住まわせてもらっている。ここはトオルの部屋…。トオルは夕食の後、すぐにこの部屋のベッドに寝転がって、仰向けでじっと天井を見つめていた。
(俺らがここに来て2日。ユカは同じとは限らないと言ってたけど、時の流れが同じだとすると、高校の入学式まであと16日…。短すぎる!例えこっちが3倍で動いたとしても48日、どうしても間に合わない!)
素早くベッドから起き上がったトオルは、部屋を飛び出し、家を飛び出した。そして家から少し離れたところで太い木の棒を拾った。そして思い切り棒を振った、剣に見立てて。
(一日2,3時間の鍛錬じゃどうしようもない!5時間はやらなければ!)
トオルが素振りをしているところは、2階のユカの部屋からも見えた。ユカはずっとトオルを見下ろしていた。
(ようやく出てきたわね…。私が待ち焦がれていたもの。)
ユカは部屋のワークデスクに置いてある写真立てを見た。そこにはしっかりと一枚の写真が入っている。流石は文明の発達した世界。見る角度によって、画像が浮き出る仕組みだ。
(あの組織を壊滅させることが出来る者。けど、このコたちにそのことを話す必要は無い。)
再び、トオルに視線を当てた。
(そこに真魔石はある。トオルとエミちゃんはいずれそこに向かうことになる―――。)
夜風は静かに森を通り抜けて行った。
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