scene8  得意分野は喧嘩

トオルとエミが、セントラルという世界に飛ばされたのは昨日のこと。雲一つ無きいい天気、心地よい日光が大地を照らす。森の中に通る道の脇に一軒の家屋。その家屋の手前には二人の人間が立っていた。

「はい、トオル。まずはちょっとあなたの基礎体力が見てみたいわ。ということで、100mのタイムを計るわ。」
「え、そんなちっせぇことから始めんのか!?」
トオルはボケ顔で訊き直す。
「はいはい、文句は言わない。100m向こうへさっさといきな。」
文句をぶちぶちいいながらとりあえずユカとの距離を100m取った。一応この世界の距離の単位もm(メートル)が基準らしい。
「レディ…、ゴー!」
ユカの大きなスタートの合図がトオルの耳に入った。ユカは手に持っているストップウォッチを動かした。トオルはいいスタートを切った。
――。
ユカの前をトオルが駆け抜けた。同時に止めたストップウォッチのタイムを見て、感心した。
「ふーん、12秒1か…。…トオル、あなた何かスポーツでもやってた?」
「ハァ…あ、ああ。サッカーを…な。」
トオルは息を切らしながら答えた。すかさずユカは話し始めた。
「トオル、あなたは、普段の生活でどんなことをやっているの?」
この唐突な質問に、トオルは一瞬呆気に取られながらも返答した。だが流石は元サッカー部。息切れは既に収まっている。
「普段の生活ねぇ…。まぁ、俺のところは親がいねぇからなぁ。専ら小学生の弟たちの世話を見ることになってたなぁ。」
「へぇ、そこだけは偉いのね。」
「ム、俺の生活も知らないくせにそこだけ言うな!」
ユカの冗談めいたちょっとした嫌味に、トオルはすかさず突っ込んだ。
「私が察するに、あなたは学校ではちょっとしたトラブルメーカーでしょ。」
「おぉ、凄ぇな、ユカ。大正解だぜ。」
「いや、あの、今のはちょっと怒らなきゃ…。」
またしてもユカのちょっとした攻撃に、今度は完全肯定して軽く拍手までしてしまった。それにはユカも戸惑い、つい自分の言ったことの逆を言ってしまった。
「と、いうことは、喧嘩は大の得意かしら?」
「ああ勿論。サッカー並みに得意だぜ。」
「サッカーの腕前がどれ程のものか…。」
「今何つったオイ!」
ユカのボソッと放った言葉に対し、トオルの激しい突込みが入った。
「次のテストは、喧嘩で私を倒してみな!」
「!」
トオルは驚いた。まさかここでこんなメニューが出ようとは。
「いいのか?俺はマジで行くぜ。」
「いいから来なさい。あなたに負ける気がしないわ。」
「言ったな、ユカ。」
トオルは一気にダッシュし、ユカに殴りかかった。
「気絶しても知らねぇぜ!」
トオルは思い切りユカに殴りかかった。トオルはサッカー部を引退した後も、自宅でトレーニングを積んでいた。だから筋力は落ちるどころか、パワーアップしていると見て間違いないだろう。
『スッ』
トオルの拳は空を切った。完全に見切られていた。ユカはトオルの今まで戦ってきた誰よりも素早く、拳を避けた。ユカはトオルから向かって右側にいる。右腕はユカの顔面数cmを通っていた。避けられるとは思っていなかったため、体重を完全に前にかけていたトオルはユカのほうに体勢を立て直すには時間が要った。

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