scene89 考えを持つ者
巨大なビル群が立ち並ぶ、第一番界セントラル。第十四番界ホーリーから、トオルらは久々にここに訪れた。
「なんかすげー久々な気がするな」
トオルの言うとおり、セントラルには数日振りに戻ってきた。日数的にはその程度だが、過ごしてきた日々の中身の濃さにそのような気分を感じさせられてしまう。
セントラルの中央から離れたところに位置する、低中層ビル群。中小企業が密集するこの一角は、ビジネスホテルもまた密集している。熾烈な集客合戦が繰り広げられている中、四人は一番安いホテルを選んだ。セントラルには戻ってきたものの泊まるところは無く、お金もそうお持ち合わせていなかったからだ。
「あーあ。またこんなとこかよ」
トオルはつい愚痴をこぼす。
「贅沢言わないの。ちゃんとしたところに泊まれるだけありがたいと思わなきゃ」
部屋自体は小さく、建物も古いが、泊まるだけなら申し分ない。ただ、暫くはここでの生活を強いられる。
「そだ、トオル。ユカさんに連絡しなきゃ。ここに帰ってきたら連絡するって約束してたでしょ」
先のホーリーでユカと電話を終えたときに、セントラルに帰ったときは連絡をしてほしいと言われ、二人は約束した。理由は知らない。エミに言われてトオルはようやく思い出したようで、小さく手を打つ。セントラルでは携帯電話はスタンダードだが、四人のうち持っている者はいない。小さなロビーを見回すと、片隅に備え付けの電話が二基あるのを見つけた。
エミはイヤホンを耳につけて、ディスプレイの説明に従ってユカの自宅へと電話をかけた。コール音が数回鳴った後、聞きなれた声がした。
「ユカさん? 今セントラルに着きましたよ」
「エミちゃん。セントラルに着いたのね、そう。――今セントラルのどこら辺にいるの?」
「今、ですか……?」
現在地の名前が分からず言葉に詰まる。ホテルの名前を言っても逆に分かりづらいかもしれない。軽くメイリを見ると、小さな声で場所を教えてくれた。
「今はビズギャザー地区のホテルにいます」
「へー。あのちっちゃなビルがいっぱい建ってるとこだね?」
ユカは地区名で心当たりが頭に浮かぶようだ。
「うんありがとう。じゃあ旅の続き、怪我しないように頑張ってね」
「はい、また連絡しますね」
エミは静かに回線を切る。
「さて、一旦休憩でもしない?」
メイリは突然皆に告げる。
「休憩って、たまにしてるじゃんか」
「そうじゃなくて、今まで毎日毎日真魔石を探して色んなとこに行ってたじゃない。せっかく異世界に来てるんだし、心機一転の意味も込めて一日二日くらい休みましょうって言ってんの」
「それじゃあ帰るのが遅くなるじゃんか」
「メイリさんの言うとおりでいいんじゃないかしら?」
エミは笑って言う。
「たまには休息も必要。焦って奔走するばかりじゃ、見えるものも見逃しちゃうわよ」
トオルは未だに首を傾げて唸っているが、カーシックがそうですよと一言付け加えて賛成派多数の様相になると、間も無くその意見に同調した。
静かな部屋に、二人の会話が響く。
「――待っていたぞ。ターゲットは今どこにいる?」
『はい。たった今入った情報によりますと、第一番界セントラルのビズギャザー地区のホテルにチェックインした模様です』
緊迫した冷静な声。情報を提供した側は女声だ。イヤホンを通した、電話機の声。
「そうか。別の諜報員から入った情報の”ホーリー”からは、もう出たようだ。その情報は確かなようだ。良くやった」
『お褒めに預かり光栄です』
「引き続きセントラルでの動向を調査しろ。なお、ターゲットにもう一人諜報員を付ける。お前はそいつの見張りも頼む」
『……その諜報員の名前を教えていただけますか?』
「――ジュラだ」
『了解しました。――失礼します』
通信は途絶える。
(経過は良好。動向は完全に掴んだ。これで最後の駒を投入して、チェックメイトだ)
登り続ける太陽が光を差し込んでいるにもかかわらず、重く冷たい空気をまとったこの部屋に、ひっそりとした不気味な笑い声が響いた。
若者が集うセントラルの街、ヤングロード。日本で言う渋谷や新宿に似ている。常にたくさんの若者で道はいっぱいで、若者向けの服飾店、アミューズメントパーク、ファーストフード店が立ち並ぶ。奇抜なメイクやファッションをして歩く者もいれば、モデルのような者もいる。地球でもどこかで見かけたことのあるような景色の中を、エミとメイリの二人は歩いていった。
「こんなのんびり出来るなんて久しぶりー」
「しっかり休んだことあまりなかったですもんね」
他愛も無い話に華を咲かせながら、力強い装飾がなされている街並みの中を人の流れに任せて歩いていく。
「ねーねー、二人とも可愛いねー。オレと一緒に遊ばない?」
突然話しかけてきたのは、二十代前半に見える男だ。金髪で髪を立たせていて、一見怠けている体たらくに見える。話しかけてきた男に対して、メイリは完全に相手にしていない。
「おーい。ちょっとくらい話そうよ」
「うるさいわね。ナンパはお断りよ。あっち行きなさい」
そう言ってメイリは手でその仕草をするが、エミは慣れないせいか二人の動向を少し緊張しながら見守っている。
「可愛い子がそんな言葉は似合わないよ。にしてもキレイな髪だねー。可愛い服着てるねー」
メイリにはねつけられながらも、男は安っぽい言葉で褒め続ける。しかしメイリはそのような言葉で参るような心は持っていない。
「いつまでもうるさいわねー。遊びたい子なんか私以外にもいっぱいいるんだから、他の子たちに声をかけなさいよ」
男は一瞬困ったような顔をして、メイリの反対側に周る。そして今度はエミに話しかけた。
「君も可愛いね。どう? オレと一緒に遊びに行こうよ」
エミはどう対処していいか分からず困った顔をする。それを見てメイリはエミから離れるように言うものの、男は反応しながらも注文を聞き入れずにエミに食らいついていた。ついにメイリは言葉を出そうにも出ずに、一つため息をする。そして諦めたような顔をして、負けたわ、とこぼした。
「あなたのその執念に免じて、話ぐらいはしてあげる。エミちゃん、いい?」
エミは軽く頷く。
「サンキューサンキュー。まず自己紹介をするよ。オレの名前はジュラって言うんだ。よろしくね」
「私はメイリ。そしてこの子がエミちゃん」
「メイリちゃんとエミちゃんか。可愛い名前だね、よろしく」
メイリとエミがが心を許したのを見て冷静になったのか、ジュラは浮ついた口調から大人しい態度へと変わった。先ほどの必死で遊びに誘うような子供っぽさはどこか消え去り、ここに来て見た目にそぐうような応対をとった。服装から見ると職に就いている感じではない。
「よろしく、ジュラさん」
「そんな改まんなくていいよ。呼び捨てでいいよ」
メイリはよそよそしさをわざと残して敬称を付けて呼んだが、ジュラはそれを受け入れようとしない。
「メイリちゃんもエミちゃんも、オレのことは同い年だと思ってくれていいから」
メイリとエミはこの後ショッピングに出かける予定だったが、ジュラの合流によって予定を変更して、アミューズメントパークを探すことにした。会ったばかりとはいえ、盛り上げ屋としては最適とメイリが読み、ジュラが遊び場を案内した。
殺伐とした旅路とは一八〇度違う楽しい空気に、三人は心からはしゃいだ。しかしその一方で、ジュラの内心は徐々に策謀を巡らす思考へと変わっていた。
(これで掴みはオッケー。残り二人には難なく接触できるな――)
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