scene88 思いが乗った列車は太陽と月の光を受けて
「トオルさん、ウォクロスさんとアリエットさんに案内していただいて話を訊いたんですけど――」
「ん?」
メイル・リシアシルファ村から、ホーリーの中枢都市クリミセルへと向かう途中の電車の中。眠りにつこうとしたトオルに、カーシックが話しかけてきた。
「あの村には祠が四つありました。森の中、崖の前、池の側、丘の上の四ヶ所です」
「ああ、うん……それがどうかしたのか?」
トオルはまどろみつつも、話を訊こうと重たい瞼を必死に止めている。大きなあくびが、眼に潤いを与える。
「その祠はそれぞれ、炎、地、水、光の精霊を祀ってあるらしいんです」
その言葉にトオルより早く反応したのが、メイリだった。
「え、それって、真魔石と同じ種類じゃない?」
「そうなんです。ウォクロスさんもそのことはおっしゃってました」
トオルは両手を組んで、深く背もたれに寄りかかっている。メイリとエミはその話で、少し背筋を伸ばした。
「カーシック君、それは真魔石となにか関係があるの?」
「いえ、それは分からないそうです。お二人が生まれたときには既にあったそうで。ドローサットさんなら何か分かったかもしれないんですが……」
そう言うとカーシックは押し黙ってしまった。
「別にいいんじゃね? 関係あればまた来れば」
眠気の限界にもうすぐ達しそうなトオルは、話に参加していますよ、という合図のつもりで言った。しかしその言葉に他の三人は妙に納得してしまい、それを知ってか知らずか、トオルはそのまま眠りに落ちた。
列車はゆっくりと緑の中を走っていく。この列車は、クリミセルとメイル・リシアシルファ村とを半日かけて移動する。単線の列車だが、各駅にて複線になる。すれ違うときはそこしかないので、乗客の昇降と上下列車のすれ違いのために、駅では三十分以上停車する。メイル・リシアシルファ村から五駅先で降車して地下鉄に乗り換え、そこから四駅でクリミセルに到着する。慣れない人ならとても気の遠くなるような距離だ。トオル達も慣れていないが、どっと出た疲れで、四人とも暫くして寝入ってしまった。 寝てしまえばそれほど長く感じることはない。起きる頃には半分以上の距離を進んでいるのだ。それでも余っている時間はたくさんあるので、その時間はゲームをして時間を潰す。トオル達はお互いの地域の遊びなどを紹介しながら楽しんだ。
やがて空には黄昏がやってきた。それでも列車はまだ乗換駅にも到着しない。しかしそれでもよかった。暇を何もせずに過ごすのは、トオル、エミ、メイリにとっては地球を離れてから初めてのような気がしていた。
「そういえばさ、六日前なんだよな。これに乗ってあの村に向かったのは」
トオルは客車の中を見回して、何気なく口に出す。今日はその時と同じような客の入りで、十数人の客が乗っている。あの時と違うのは、二両目も貸切ではなく乗客がいることだった。
「あの時のトオルはかっこよかったなー」
エミは笑顔でトオルに言う。真っ直ぐに見られて、トオルは思わず照れる。
「な、何言うんだよ。んなこたねーって」
トオルはみるみる赤くなっていって、顔を大きく背けた。予想以上に照れたトオルを見て、思わずエミとメイリは笑ってしまう。
「トオル可愛いー」
「あんたも照れることあるのねー」
「わ、笑うなよな!」
カーシックも、いつも強気なお兄さん的な存在の人が顔を赤らめているのを見て、思わず笑ってしまう。そしてカーシックは、ふと思った。
(お母さんが死んだ後なのに、この人たちと一緒にいるとこんなに楽しいのはなんでだろう?)
母親の死は、確実に彼の心に翳りを作っていたはずである。しかしトオル達は、それを払拭させる力を持っていた。
(迷惑じゃなければ、この人たちに付いて行こう。どこまでも付いて行こう。あの戦いで見つけたぼくの必要な能力、三八界の知識)
トオル達には、三八界の知識が決定的に欠けていた。カーシックは、そこに自分の価値を見出している。加えて、一度目を通した資料の内容は絶対に忘れない。これだけは他の人に負けない自信があった。
(ぼくは生きる。この人たちのために。そして、役に立ちたい)
故郷では背が低いとバカにされて、よくいじめられた。一九一センチの低い身長がコンプレックスだった。今は違うし、考えも改めていた。当時の自分は積極性に欠けていて、それを身長のせいにしていた。トオル達は、身長の高さで人の価値を決めてはいないことが、ひしひしと感じられた。それがとても心地よい。
(生きる。お母さんの死を背負って、キルの持つ真魔石を入手しに行くトオルさんたちの役に立つため、ぼくの力を捧げる)
カーシックは、トオル達のために、死んだ母のためにこれからを力強く生き抜くことを強く誓った。
すっかり陽は沈み、辺りは漆黒の闇が支配している。都会のネオンが全く差し込まない山中を、三両編成の列車はゆっくりと走る。景色を照らすのは、列車の窓から漏れる光と月光だけで、本来の夜の強さを見せ付けているような感覚が襲う。この闇の中を進む列車は、ようやく地下鉄への連絡駅へ着こうとしている。
「それにしても、ようやく元の感じに戻ったわね、髪」
エミがポツリと口にする。
「元の感じ?」
「うん。こっち来るときは長髪だったでしょ。それって、ありえないくらいツンツンに立たせてた髪の毛を、中学の内申点のために下ろして、それを放って置いた結果でしょ。髪形は違えど、長いほうより短いほうがトオルらしいわ」
エミはシートの手すりに頬杖を付きながら、中学の頃を思い出すように話す。トオルとエミがこちらに来たのは、中学を卒業した春休みの途中だった。本当なら、高校生活をスタートしていたはずだった。しかし、それとはかけ離れた現実を今は送っている。
「確かにこっちのほうが軽いしな。ばっさりやられた後、テネシーさんが髪を綺麗に整えてくれたし」
トオルの今の髪型は平凡なミディアムヘア。整髪料等で調整すれば、しっかりと決まるだろう。
「え、トオルって昔はツンツンだったの?」
「そうですよ。びっくりしますよ。ちょっとずつねじってるんじゃなくて、大きくまとめてばっと立たせてましたから」
「うっそー、見てみたいー」
メイリは昔のトオルを想像して喜んでいる。上手い返しが思いつかないトオルは、敢えて黙っている。
「そういえばカーシック君。今気付いたけれど、あなたの髪の毛の色って、ずっと黒かと思ってたけどちょっと茶色っぽいのね」
四人の中で頭一つ抜き出ているカーシックの頭を見て、エミは不思議そうに尋ねる。トーラーの住人は皆、地球の東洋人の顔立ちに似ていて、基本的に髪の毛も黒だ。しかしカーシックは少し赤みがかっており、全体的に茶色をしている。
「ああ、これは今日この色になりました」
カーシックは少し自分で微笑って、三人の様子を窺う。皆不思議な顔をしてこっちを見ているの確認して、口を開いた。
「村を案内して頂いてる途中、アリエットさんに茶色い染色に用いる草をかぶせられるという悪戯をされたんです」
それを言うと皆から笑いが起こった。カーシックは少し受けも狙っていたので、この結果に満足している。
「草と言えば、――”薬草”という言葉を御存知ですか?」
薬草と言えば、薬として使用の出来る草のこと。特に珍しくも無い聞きなれた言葉に、エミ、メイリは勿論、トオルも軽く頷く。
「レイトサイト(地球を指す)ではまだ一般的なんでしょうか?」
「そうね。特に私の国なんかは、漢方って言って薬膳として使用される植物が多いわ」
中国四〇〇〇年の歴史は伊達ではない。
「そうなんですか。三八界では番号の大きい国でしか見かけなくなってきていますけど、このホーリーにおいてあの村だけはまだ薬草が現存しているらしいです」
そう言ってカーシックは自分のカバンから小瓶を取り出す。中には数種類の実や草が入っている。
「特にこれらなんかは珍しい薬草で、精霊にも効果があるそうです。珍しいんで貰ってきました」
「へー。カーシック君、バカが治る薬はないの?」
カーシックは虚を突かれたのか、気の抜けた声しか出なかった。エミは不気味に笑いながらトオルのほうを見る。
「な、なんだよ! 俺はバカって言いたいのか!?」
「だってそうでしょう、トオル? あんたエミちゃんがあんたに――」
メイリは言いかけてエミに制止される。トオルは訳が分からない。
闇夜を切り裂いてゆっくりと進む列車は、間も無く中枢都市クリミセルに近づいていく。
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