scene85  セントラル世界戦争

 元はここに大きな木があった。それは今はもうない。戦渦に巻き込まれて焼失してしまった。
 真魔石はいつ、どこで誕生したのか。それを知る者はいない。しかしそこは大した論点ではない。今は、誰が所有者になるかで、全世界中がもめていた。この星、セントラルでは、巨大な二つの大陸があり、二つの王国が存在した。互いの国は、領土も環境も似通っていて、間に海が隔たることから、いがみ合うことなく平和な国交が続いていた。
 しかし数百年は守られてきたその平和が突如崩れたのは、互いの真魔石の所有が突然表面化したからだ。東の王国、西の王国ともに二つずつ。本来なら同数ということで危険は回避できたかもしれない。しかしここで、互いの国王に提案をした、一人の男が存在した。それがクラムエドールだった。その提案の内容とはこうである。
「相手国から真魔石を奪い取ってしまえば、世界統一が出来ますよ」
 この言葉に両国の王の心は揺らぎ、世界統一を目指して剣を振り上げることになった。両国は、農民、商人、老若男女構わず軍に入隊させ、全国民を総動員して戦った。必要な人材は市井に残しながらも、緊急発布された法令により、王の一言で戦に駆り出させることが可能だった。いつ戦争に参加させられるかわからない、いつ死ぬか分からない、そんな状況の中で民は、毎日を怯え生き続けなければならなかった。
 それは精霊たちも同様で、姿の見えぬ者が大半を占めるものの、今は可視不可視に関係なく、戦争の起こったこの場で生き続けるのは困難極まりなかった。

 領土、環境、人口、文明、軍隊、地形、政治体制、全てがまるで鏡のように同じ両国は、間も無く拮抗してきた。いくら圧しても相手は退かず、そして自らも退いては負ける状況になりつつあった。既に開戦から二週間が経過しており、短期で決着をつけるつもりであった両国は、壊れ始めた自国の経済に目を向け始めていた。しかしこの星は、自国と対戦国の二国しかなく、経済援助を要請しようにも該当国がなかった。そのため、結局は地力の勝負となる。
 しかしここでまた、ターニングポイントがやってくる。東国側にクラムエドールが付いたのだ。無名に近く、無力な彼の行動など戦況には影響せず、所在を把握しているものすらいない。だがクラムエドールは、今後の動きで一躍有名人となった。
 両国に同じ提案をし戦争を拮抗させたとして、王宮に出入りを禁じられていた彼は、東国の民、軍人たちに噂を流した。
「まもなく相手国は降伏しようとしている。例え相手が圧してこようと、無理に進行せずともじきに戦争は収まる」
 民から流れ出た噂は、政府と言えどももみ消すことはかなりの難事。何よりも終戦を望んでいるのは国民自身であり、例えそれが風説であろうとも、望む形ならすがりたくなるのが人というものだ。多くの民はこれを信じて戦線を退き始めた。そしてじりじりと西国が陣を広げていったのである。噂の中に、相手が引くまでは時間があるとは含まれているものの、なかなか相手が退かねば民に疑いが出てくるのも事実。
 しかしクラムエドールはそこにも手を打っていた。彼はすぐに西国に渡り、そこには、
「相手国は降伏しようとしている。すぐに進行をやめればお互いに被害は少なくて済む」
 という噂を流した。こちらでも東国側と同じ心理が民の間で流れ、西国も戦線の進行が止まった。やがては衝突地点で互いの国の者同士が酒盛りを始める始末である。

 これに困惑の色を見せたのは、他でもない両国の政府である。両王はすぐに早期突撃命令を出すが、一度は止まった前進。噂どおりに進行をやめた両軍。軍が矛先を向けるのは、自国政府しかなかった。あくまでも噂は噂として進軍を命令する政府と、何が何でも反戦を訴える軍は、言うまでもなく対立した。やがて起こり始めたのは紛争である。自ら統治する軍隊が全て敵に寝返ったのだから、最早なす術はない。あっという間に両国政府は倒れることになった。
 だが政府が倒れれば、平和が訪れるわけではない。今まで影を潜めていた反政府派の人間がいくつも台頭し、お互いを潰しにかかったのだ。これにより各地で小さな戦が頻発するようになり、セントラル全土は無法地帯となったのである。
 この戦争の発端となった言葉をかけたクラムエドールは、この間は各地を転々としながら姿を隠して息を潜めていた。
 今や一つの国も存在していないこの星において、戦を止められる者は皆無であった。全人類が疲弊し、飢え、なにもかもが壊れていった。工業商業は勿論、農業をしようにも、種子さえ食料としてまさに戦の種となり、畑は枯れていった。やがては自然になっている木の実や草、動物さえも標的になり、その数は次第に減っていった。今や死の惑星となりつつあった。

 クラムエドールは、最初からこの機を狙っていた。国が倒れ、各勢力が大陸を統治しようとしていた頃、その組織同士での真魔石を巡った抗争が耐えなかった。しかしこの貧窮の現代。抗争でその組織とも組員が激減し、そこに襲った飢餓。組織は維持出来ずに分裂していった。どの人間も、今は明日への”生”のために生きている。しかしクラムエドールだけは、三年前から準備していたこともあり、他の誰よりも裕福な暮らしをしていた。食事は一日二回摂り、安全な睡眠場所をも確保していた。
 誰もが真魔石を欲しいとは思わなくなったとき、彼はあっさりと真魔石を全て手に入れることが出来た。人々は、真魔石は力をくれるが、飢えまでは解決してくれないと思っていた。実際それは間違ってはいない。だがこれを使うことによって、破壊された自然の治癒力を上げることが出来るところまでは考えが至っていなかった。食うものも食えない昨今、作物が自然になるのを待つなどと悠長なことは言っていられなかったのだ。だがクラムエドールだけは、それを待つ時間、余裕があったのだ。
 人が居なくなっていったところから、徐々に復興を始めた。そして過疎地を中心に三割がたを戦争前の状態に戻したとき、人々の前に現れ、自らを王だと宣言した。最初は誰も彼のことを相手にしなかったが、実際に回復した土地を公開すると、瞬く間に彼を王と認めるものは増えていった。やがて各地で起こっていた紛争も次第に収束していき、クラムエドールについていけば世界は救われるという思想が世界に広まった。そして彼はその通り、短期間で世界構造を基礎から積み上げて、新たな歴史を作る土台を完成させた。選考会を開いて議員を選任して議会を作り、正義感を持つ豪傑を募って警察を作り、徹底的に治安回復に努めた。
 そして一つの国に統一された世界には平穏が訪れ始めた。飢えで死ぬ人も少なくなり、五年を費やして元の世界を構築し直したのだ。
 その後クラムエドールは突然姿を消した。誰にも悟られることなく、誰にも理由を告げずに。世界は一時混乱したが、すぐに日常を取り戻した。最早クラムエドールの手助けは必要ではなかったのだ。

 真魔石はこれからは伝承として語り継がれていった。クラムエドールは真魔石と共に姿を消したため、実物を手にするものは現れ得なかったからだ。
 直後に、次々と新しい星が生まれていったことが記録されている。人間が開明した星の生誕の様子とは全く違い、収束する光の中からやがて星が現れたと言う。新たな星はその後、三九確認され、生命体も確認されたという。

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