scene84  昔話

「皆さんが行ったあと、ぼくのお母さん、交通事故で死んだんです――」
「え……」
 その言葉は、空気を強烈に張り詰めさせた。
「事故後処理が、異様なほど適当で……。それをしたのが、BEで……」
 カーシックの眼からは、依然大量の涙が溢れていた。これ以上辛い思いをさせてはいけないと思い、エミはそこで話をやめさせた。
「カーシック君……だから、私達のところに来たのね」
「……はい」
 カーシックは腕で涙を拭う。それを見て、エミはハンカチを差し出すと、カーシックはお礼を言って涙を拭く。
「なあ、ドローサットさん」
 ベッドに手を付いて喋りだしたのはトオルだ。礼儀をあまり心得ないトオルでも、これだけ年上の相手には、さすがに敬称をつけずに話すことは出来ない。
「精霊たちは、他の世界にもいるのか?」
『おらぬ』
「なぜだ? 真魔石と繋がりのある精霊が、この世界のここだけに全員いるってのはおかしいんじゃねーか?」
 ドローサットは勿論、他の精霊たちや、メイリ、エミまでもがはっとする。
「そうよ、ドローサットさん。なぜこの場に全ての精霊が?」
 メイリが向けてきた真っ直ぐな視線を受けるや否や、すぐに眼を逸らす。語ろうか語るまいか迷っているような目をしている。
『ドローサットじいさん。僕たちにも教えてよ。生まれてきたときからずっとここにいて、今言われるまで不思議に思っていなかったけれど』
『そうですね。私たちも知らないことです。教えてくださってもよいことではないでしょうか?』
 アリエットとセリオスはドローサットを促す。彼らもこのことについては、疑問に思ったことも考えたこともなかった。ただここで生まれ、ここで育ち、それが当たり前だった。今までなぜこの思考に辿り着かなかったのか。それはやはり、彼らにとっても孤独とは考えたくなかったことなのだろう。
 ドローサットは一つ小さな溜息をつくと、重たげな口を開いた。
『儂が一〇〇歳になるくらいまでは、精霊は皆、第一番界のセントラルに居たんじゃ』
 その事実には全員が驚きはしたものの、あえてその感情は押さえ込んだ。彼の言い草から、話にはまだ続きがあると分かったからだ。
『何故セントラルを離れたかと言うと、丁度其の頃だったからじゃ。セントラル以外の世界が、次々と発見されたのは』
 この言葉を聞くと、その場にいた全員が目を丸くした。
『そして、それぞれの世界が繋がり始めたのは、儂が二五〇の頃、七五〇年前じゃのう。人間たちが各々の惑星の存在を認識し、独自の技術で異世界間の移動を可能にする機械を造り上げたんじゃ』
 ドローサットの話では、その頃は人間の文明が急激に発達していった時期だという。
『そして今から三〇〇年前に転機が訪れた。精霊たちだけが、全世界のバランスが崩れたように感じ取ったんじゃ』
「バランスが……崩れた?」
『ああ。そして儂以外の精霊は、その前後に次々と斃れていった。丁度その頃じゃよ。真魔石が、四つから五つに増えたのは』
「!」
 ドローサットの言の最後に持って来られたその事実は、誰をも驚かせることが出来ることだった。
「え……!? 元々、真魔石は四つだったって言うの……!?」
 メイリは何とか聞き返すことが出来たが、二の句が継げない状態だった。エミもトオルもカーシックも、メイリに対する返答を、固唾を呑んで見守るしかなかった。そしてドローサットからは、何の装飾もなく、淡白な、ああ、という言葉だけが返って来た。
「おいおい待てよ。そんなところは問題じゃねーだろ。真魔石の今がどうかなんだからよ」
「そ、そうですね……」
「たまにはトオルも、的を射たことを言うのね」
「何だとエミ! 俺はこれでも考えてるんだぞー!」
 いつものノリで始まった喧嘩漫才は、メイリの手によって止められる。
『ともかく、そのキル? って奴が、どうして今ごろ動き出したんだ! お陰でファイヤーって奴が真魔石使いまくるから、俺はいつも気配が気になって仕方がねーんだ』
 ジナーヴァは不機嫌そうに言う。
「確かにそこは気になる点ね。考えてみる必要があるかもしれない」
 メイリは腕を組んで多少唸る。そこでメイリは、あることを思い出す。
「――ジナーヴァ。そう言えばあなた、ファイヤーとある人物のこと話してなかった?」
 ハウパンドが放火した校舎の炎が消えてファイヤーが現れ、ジナーヴァが飛び掛ったとき、二人は僅かながら会話をした。その時不意にジナーヴァの口から出た人物名は、ファイヤーにとっても心当たりがあるものだった。会話は上手く聞き取れなかったが、メイリたちはお互いに驚いた様子はしっかりと確認した。一部始終を見ていない精霊たちも、一斉にジナーヴァのほうを振り向く。ジナーヴァは喋りづらそうな顔をしていたが、やがて観念したのか大きく息を吐く。
『――ああ、確かに話した。あいつもその人のことは知っているらしい。――クラムエドールを』
 聞きなれないその名前に、ドローサットだけが反応した。
『クラムエドール……? そ奴は、セントラル世界戦争の勝者ではないか』
 セントラル世界戦争。誰もが聞きなれない戦争の名。しかし、ウォクロスとアリエットとカーシックはその言葉に反応している。
『それは、九〇〇年もの前に起こったという、大戦争の名ですか?』
『そうじゃ、ウォクロス。お主らも生まれるずっと昔。儂が一〇〇歳の頃の話じゃ』
 異世界から来た三人は、知る由も、知る必要も、知る機会も無い、セントラルの歴史だ。この世界では勉強は必要ない。ただ、地球に帰る手段を模索するための知恵があればいい。
「でもジナーヴァさんの言い草からすると、最近の人のように聞こえます……」
『ああ、そりゃそうさ。詳しくは覚えていないが、二十年以上前に一度だけ会ってるからな』
『……ジナーヴァ、それは真(まこと)か? そ奴は本当に、世界戦争の英雄クラムエドール当人じゃったか?』
『そこまで言われると断定は出来ないっすけど……。爺さん、黙って悪かったけど、あの時失くしたって言った真魔石、その時クラムエドールに渡したんだ』
 ジナーヴァは過去の行いを、突然暴露する。ドローサットはあまり感情は出さなかったが、何も返さずに考え込む。
『ジナーヴァ。それが本当なら、それは歴史を覆す重要な出来事になるかもしれない。彼は世界戦争後に行方不明になり、生死不明と言われたまま今日に至ってる。元は真魔石の支配者だった。延命している可能性がある』
「どういうことだ?」
 アリエットの言葉に、トオルは、もっと分かりやすく説明するように問いかけた。しかしアリエットはそうは受け取らずに、詳しく教えてくれとの意で受け取る。
『彼、クラムエドールは、世界戦争のただ一人の勝者となり、同時に、当時四つだった真魔石を独占したんだ』
「ぼく知ってます。戦後、各地の復興のために東奔西走して、世界が自力で持ち直すことが出来るようになったところで、ぷっつりと表舞台から姿を消した――」
 カーシックは真剣な表情で淀みなく喋る。アリエットは無言で頷く。
「それで今も生きている? ……そんなバカな……」
『その嘘のような話が、真魔石を使えば出来んことも無い』
 黙っていたドローサットが、再び口を開く。
『どうやら、セントラル世界戦争のことも、話しておいたほうが良さそうじゃの』
 ドローサットは軽く身体を揺らして、姿勢を立て直す。
「ドローサットさん。出来るだけ詳しく頼むぜ。覚え切れねーかもしれないけど、聴く気だけは充分あるつもりだから」
『ほほ。ええ心意気じゃ。ジナーヴァ、皆もよく聞いとくがいい。最早その戦争を知る者は、儂とクラムエドールだけかもしれぬからの。恐らくは、これは代々伝えるべき話かもしれん』

 ドローサットは一つ咳払いをし、髭を撫でる。
『あれは九〇〇年前、儂が一〇〇歳の誕生年を祝う頃じゃった』

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