scene83  真実が語りだす

 学校にいた人間は全員無事で、ハウパンドも捕らえられたことから、村では事後騒動もなく平穏が戻ってきた。ハウパンドはあの後、中枢都市クリミセルの病院に搬送された。容態は誰も知らない。搬送の要請をして、それからはお任せだからだ。
 重機も、ハウパンドが引き連れてきた作業員によって全て撤退し、村は何の被害も受けることもなく済んだ。
 事後の処理を手っ取り早く済ませた後、疲労でエミがダウンして、一日ほど休んだ。その間にトオルも、ばっさり切られた髪の形を整えた。
 しかし、精霊の中で最高齢のドローサットが、病体に鞭打って起き上がり、精霊たちを一喝して洗脳状態を解いたときから、調子のほうがよくない。もともともう数週間も持たないだろうと言われていたので、このような状態になるのは無理もなかった。そのドローサットに呼ばれ、トオルら四人は旧ホーリー邸内に赴いていた。大きな庭の一部に穴が開いており、その中は部屋のようになっていた。二十人は充分に入れる広さの一角に、土が腰の高さまで盛られたベッドがある。そこにドローサットは横になっていた。
『良く来たの、若いの』
 ドローサットの声は余りにも弱々しい。
「ドローサットさん、お話ってなんでしょうか?」
 エミが優しく話しかけると、ドローサットも優しく微笑み返す。周りには精霊が全員集まっており、その笑みを見て、少し胸を撫で下ろしているようだった。
『何、簡単な事じゃ。お主等は、真魔石を探しておると聴いたが?』
「そうです。地球に――元に居た世界に帰りたくて……」
『真魔石の在処を教えてやろう』
 えっ――と、トオル、エミ、メイリ、カーシックの四人は目を見開く。トオルは思わずベッドに身を乗り出す。
「そ、それは本当なのか!?」
 メイリは失礼でしょう、と、トオルの手をベッドから離そうとする。ドローサットは構わないという意味で、手を軽く振る。
『紛れも無く本当じゃ。忘れぬようしっかり憶えて置くのだぞ?』
 ドローサットは人差し指を立てて、念じるようにトオルたちを見る。それに呼応されるかのように、四人はゆっくりと頷いた。
『まず……地属性じゃの。これは第一番界のセントラルに存在しておる』
 彼はここで一拍置き、反応を確かめるかのように四人をもう一度ちらりと見ると、目を閉じてまた考える素振りを見せる。
『あとは……炎属性が先程、一番界に移動したようじゃ。そして、光属性も一番界にあるのう』
 この言葉を聞いて、メイリは、えっ、と声を上げる。
「真魔石の所在が分かるのは、自己と同属性のものだけじゃないんですか?」
 うん、と、ドローサットはその言葉を飲み込んで、長く垂らした顎鬚をさすりながら軽く上を向く。眉毛を少しひくひくと動かすと、その姿勢のまま口を開く。
『一〇〇〇年も生きるとな、大体は分かるんじゃよ。これは真魔石の気配ではないか、と』
 メイリがそれ以降話を続けないことを確認して、ドローサットは再び探りを入れる。大した苦労ではない。真魔石の気配はないかと、それをただ探るだけなのだから。そして彼は眼を少し見開くと、顔を戻して、部屋の中に居る精霊を含めた全員を見渡して、真剣な目つきをする。
『皆、ちぃとばかし、良うない感じじゃて』
 さっきより鋭くなった口調に、緊張が走った。
『どうやら、地属性と、光属性。そして、属性の分からん真魔石を一人で所有しておる奴がおるようじゃ』
 その言葉には、トオル達よりも、周りにいた精霊たちのほうがざわめいた。真魔石と同じ属性の、水のネイフィオは不安げな表情をする。それを、草木の精霊ラディーンは優しく抱きかかえる。炎の精霊のジナーヴァは、既に所有者を知っているが、渋い表情を浮かべている。それが不安なせいなのか、それとも逃がしたせいなのか、どのような理由でその表情をしているかは分からない。
 何より、ドローサットが一番気落ちしているように思えた。一度深く溜息を付いた彼は、今言った情報の詳細を、同時に知ってしまったに違いない。それは彼にとって、信じたくないものなのかもしれない。ドローサットは皆を黙らせると、続きを話す。
『消去法から行くと、水属性の真魔石の行方が分からぬ。これの気配だけは、どうも靄がかかったようではっきりせん』
 ドローサットは大きく溜息をついた。
(光、地……まさか――!)
 メイリは眼を見開き、気付いた事実の恐ろしさに耐えるように自分の胸元をわし掴む。おかしな様子に、隣にいたカーシックが不安そうな顔を浮かべる。
「ど、どうしたんですか? メイリさん? か、顔色が悪いですよ?」
 普段からおどおどしているカーシックは余計におどおどし、その台詞とともに気付いた周りが、こちらに視線を向ける。
「皆さん、ファイヤーに会ったの覚えているでしょ? あの時あいつはこのようなことを言った。”真魔石を持っているから、キルを殺すのに苦労する”って」
 勘の鋭い精霊たちは、皆その言葉の意味することが理解できた。
『つまりお主が言いたいのは、奴が炎を持っているなら、他の三つを独占しておるのはそのキルという男だ、ということだな?』
 ウォクロスの弁に、メイリはゆっくりと頷いた。
「メイリさん、そのキルって言う人は一体誰なの!?」
 始めてその名を聞いたエミは、何の話だと言わんばかりに尋ねる。同時に、トオルとカーシックも同じような眼でメイリを見る。メイリはそれを視認すると、一旦眼を伏せて、改めて正面からエミらを見直した。
「ファイヤーが狙っているキルという男。そいつは、BE社統長の、ボート・K・デイトよ――」
 メイリの口から出た真実に、エミ達は呆然とした。そして、あの時の記憶が脳裏に蘇ってきた。
 前にいた世界、第十九番界トーラー。カーシックと出会った世界でもあるここで、彼女らは初めてボートと対面した。堀の深い眼に、巨大な身体。常に放出され続けている禍々しい気は、銀色の長髪によって増長されているようでもあった。――その男だ。
 そしてエミは唐突に、何かを思い出したかのようにベッドに片手を付く。
「ドローサットさん、地属性の真魔石は、最近移動はありませんでしたか!?」
 ドローサットは、今度は眉毛を触りながら記憶を探る。
『ふむ。そう言えば、五、六日程前に、トーラーから移動したのう』
 エミがなぜそれを訊いたのかが分からなかったトオルとメイリも、エミと一緒に驚く。ただ、カーシックだけはよく分かっていない。
 あの時キルは、真魔石を持っているかもしれないという情報のある男の許にいた。トオルらと同じ情報を手に入れたのだろうか。エミが真魔石はあったのかと尋ねると、ないと答えた。しかし日数的にも、その日に移動したことが確かなのだから、彼は嘘を付いたことになる。――それで真魔石を自らの許に。
 悔しさと憤りが交わりながら、同時に、キルが去り際に言い、無意識に記憶に焼きついた言葉が呼び起こされた。――あまり首を突っ込むと、善悪の使者が訪れる――。
「そんな……BEの統長が……ボート統長が……?」
 弱々しい声を上げて、絶望しているかのようだったのはカーシックだ。一般人は、ボートが真魔石を集めていることを知らない。真魔石を集めることが悪いわけではない。しかし、カーシックにとっては、エミらが接触した際に、まるでキルが敵を見るかのような印象を与えていることに失望していた。
「統長は、そんな人、じゃ……。弱きを助けるのに、威圧? ……!!」
 カーシックは一つの記憶に行き当たると、突然涙を流しだした。その泣き方は尋常ではなく、滝のように溢れ出る涙は、跪いたカーシックのズボンの太股を、すぐに濡らした。エミはしゃがみこんで、カーシックの背中を撫でる。
「どうしたの? なにかあったの?」
「あれも、あれも、そうだったんだ――! 全部、キルのせい……なんだ! だから――!」
 カーシックは地面を一度殴った。何かに対しての非常に悔しく悲しい想いで頭が一杯で、痛みは全く感じなかった。中指の付け根から、血が滲み出していた。
「カーシック君?」
 エミはもう一度尋ねる。カーシックは嗚咽を少し落ち着けると、エミの顔を見て口を開く。

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