scene81  VSハウパンド (5) [A fire and Fire]

「あああ! わた、私の機械がー! 計画がー!」
 ハウパンドは絶叫した。出世のチャンスであるリゾート計画。着工しようとした瞬間に邪魔が入り、強行しようと資財を投げ打ってまでレンタルした重機。それも今は炎の中。今、目の前に見える未来予想図は、計画破綻、借金苦、解雇の三つだ。全てが自分を追い詰め、やがてはこの世から追放されてしまうと、彼にはそう感じた。考えられることは全て考えた。そしてこの後、自分の計画を邪魔した者の行動を予測する。間違いなく、捕らえに来るだろう。逃げなければ。
「あの野郎! 逃げやがった!」
 その声は後ろから聞こえた。知らぬうちに、本能で走り始めていた。そしてそれを自分の意識に受け継いだ。
(畜生。あのガキどもめ。こうなったら、一矢報いねば気が済まない!)
 魔法石の恩恵を受けながら走ることは、かなりの有利に思えたが、追っ手もその通りだったことを思い出す。しかし距離は縮まっていない。このまま逃げ続けることを、ハウパンドは心の中で思った。
 トオルたちは、前方にハウパンドの姿を確認しながら、なかなか追いつけないでいた。お互いに魔法石の恩恵を受けながら走っているが、この森は深く、なかなか確保できるような場所に出ない。
「メイリ! お前の魔法石使って脚力高めれば、簡単に追いつけるんじゃねーか?」
「無茶言わないでよ。こんなに木や草があるのよ? これ以上速く走ったら、障害物が避けられないわよ!」
「だったら木を足場にすればいいじゃねーか」
「そんなことしたら木が傷むでしょうが!」
 言い争いに夢中になってしまい、ハウパンドとは少し距離が開いてしまった。トオルもメイリも、相手の所為だと言おうと思ったが、そのようなことを言い争えばまた距離が開くのは目に見えているし、自分にも非はあると自重した。
 この複雑な形をした森は、ハウパンドの通った道以外はなかなか進むことが出来なかった。その道以外の安全が分からないということもあるし、別の道を通って差が開くことも考えられたからだ。しかしここに来て、ハウパンドとは徐々に距離が開き始めてきていた。今まで通った場所よりも、草木が深く生い茂っている。一瞬視界から消え、そして少し追いかけて姿を捉える。それの繰り返しで、目標の姿は自然に溶け込みかけている。
 小さな立ち木を遮ったところで、ついには彼の姿は見えなくなってしまった。なすすべもなく、三人はそこに立ち止まってしまった。
「エミちゃん大丈夫? さっきので疲れてるんじゃ」
「ううん。私だけが、休んでなんかいられないもの」
 バリアを出し続けて疲弊しているエミは、それを隠しながら必死でハウパンドを追っている。
「どうする? これじゃああいつの向かった先が分からねぇ」
 周りは三六〇度出口の見えない森。木々との隙間が若干広いせいか、それとも枝葉が少ないのか、空の青はしっかりと確認できる。
「二人とも、ちょっと待ってて。私、見てくる」
 メイリはそう言うと、側にあった一本の木に体を向け、数歩下がって呼吸を整えた。目を見開くと走り出して、あっという間に木を駆け上っていった。トオルとエミはそれを、ただぽかんと眺めている。
 両手両足を使って枝から枝へと飛び移りながら木を登り、その勢いを殺さないまま、先端付近で一番太い枝から空へと飛び上がった。空中で体を回転させながら、森の外を見渡そうとしている。まず見えたのは、旧ホーリー邸だった。まだ崩砕機が燃えているのか、煙が上がっている。そこから反対を向いたとき、一つの建物から煙が上がっているのを確認した。
「向こうで煙が上がっている!」
 木の上から落ちながらメイリは言った。彼女が着地するのを確認して、エミは言う。
「煙って、また火事か何か?」
「分からない。けれど、この森の先に建物があって、そこから煙が上がっている」
 メイリはそう言いながら指を差した。それはハウパンドが逃げていった方向だった。

 木造の平屋の建物が燃えている。それは、民家にしては大きすぎる建物だった。その平屋の前には土の庭が広がり、サッカーをするのに充分なほどの広さがあった。その庭の隅には様々遊具が置いてある。ここは、村に一つだけの学校だ。古いその建物は、木造と言うこともあって、火の広がりが早かった。
「あはははは。この土地も、あの土地も、ぜーんぶ私のものです!」
 火を点けた張本人のハウパンドは、狂ったように高笑いしている。そこへトオルたちは駆けつけた。その光景を見て、目を疑った。メイリの話によれば、まだ細い一筋の煙だったという。しかし今、来てみると、その火は建物全体を覆っていた。この建物が学校であることは、テネシーから教えてもらって知っている。ならば中に、人がいるのではないのだろうか。耳を澄ましてよく聞いてみると、微かに叫び声や泣き声が聞こえる。
「やべぇ! まだ中に人がいる!」
 その頃、近くの村民たちが続々と駆けつけてきて、あまりの光景に目を白黒させていた。今は、隣で大笑いしているハウパンドに構っているときではない。学校の火を消すことが先決だった。三人が学校に近づこうとすると、その目の前に、ハウパンドが立ち塞がった。
「どういうつもりだ! そこを通せ!」
 腕力のない彼一人なら、容易く通れそうだが、まだ何を隠しているか分からない。
「通っちゃいけないよ。そんなことしたら、また精霊を操って、火力を上げちゃいますから」
 最早狂乱している。迂闊に手を出したら、本当にそんなこともやりかねない。後ろでは村民の一部が泣き出している。この学校に子供が通っている親だろうか。もう一秒も無駄に出来なかった。
 ――――。
 突然、校舎を襲う、まるで悪魔のような炎が消え去った。現れた黒く焼け焦げた建物の中から、一斉に子供たちや、教師が駆け出してきた。その光景に驚く間も無く、村民たちは家族の無事を喜んだ。呆然としたのは、ハウパンドと、トオルらだった。
「な、ぜ、……消え……た?」
 震える声でハウパンドは、校舎を振り向いた。トオルたちが何かをしたわけではない。勝手に炎は消えた。
「何で消えたの……?」
 エミは独白する。
 精霊が何かしたのだろうか。しかし彼らは、無理をして立ち上がりまた倒れこんだ、土の精霊ドローサットに付いたのではなかったのか。もしかしたら、炎の精のジナーヴァが、独断でしてくれたことだろうか。
『何があった?』
 突然上空で声がし、振り返ってみるとそこには、ジナーヴァの姿があった。
「ジナーヴァ、あんたが火を消してくれたの?」
 メイリの問いに、ジナーヴァは、いや、と首を振る。
『俺は燃え盛る炎に気付いて、今、ここへやってきたところだ。そして目の前で校舎は消火された。俺はやっちゃいねぇ』
 トオルらは黙ってその言葉を聞く。そしてジナーヴァは、ただ――と、言葉を続ける。
『ここに来て、今、おぞましい気を感じる』
 彼が目線を向けている先に、全員が目を向けた。すると、黒く丸焦げになった校舎の中から、一つの影が出て来た。

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