scene80  VSハウパンド (4) [Guard a village and residence]

「カーシック!」
 突然現れた影に、いち早く気が付いたのはメイリだった。
「ドローサットさーん! 起きてくださいー!」
 メイリが、逃げなかったわけや、突然現れた理由などを訊く間も与えず、カーシックは力一杯叫んだ。当然のことながらその声で精霊たちに存在を確認された。精霊たちはカーシックまで範囲を広げ、止めることなく攻撃を繰り出してきた。カーシックはメイリによって救出され、一緒にバリアの中に避難することになった。
「カーシック、お前なんでいきなり出てきたんだ! メイリが助けたから良かったけど、もしかしたら死んでるんだぜ!」
「ご、ごめんなさい。でもぼくも役に立ちたくて――」
「だからって一体何を叫んだんだお前は――」
 突然水弾がバリアの隙間を縫い、水鉄砲ほどの大きさになりながらも浸水してきた。よく見れば明らかにバリアの質が落ちてきている。そしてエミの顔には、汗と疲労の色が見えた。
「エミちゃん、大丈夫? 集中を保ったままだから疲れが――」
「大丈夫」
 メイリの言葉を遮ってエミは返事をした。しかしその言葉にも疲労感が漂っており、疲労していることには間違いなかった。彼女は心配かけまいと、気丈に振舞っているだけであることは、その場に居る全員の目に明らかだった。
「私は、護るしか出来ないから。――だから、必死で護るから、メイリさんも、何か良い策を練っといてくださいね」
 エミは既に息遣いも荒い。この様子だとバリアもあと数十秒と持たないだろう。トオルとメイリが思案している中、カーシックは再び叫ぶ。
「ドローサットさん! 起きてください!」
 叫んだ方向はホーリー邸宅。それを見てやっと、メイリは彼が何をしているのかが分かった。
「おいカーシック。お前さっきから何を叫ん――」
「トオル、いいの。――カーシック、思い出した。あの人を呼んでるのね」
「はい」
 その問いかけにカーシックは元気よく返事をする。
 その間にもエミのバリアの効力は薄れていっていた。最早数秒と持たないだろう。
(もう駄目……)
 エミの体に限界が来たときだった。

「喝!」
 空の青色を染めてしまうかのような、大きな叫び声がした。その大きな声によってか、精霊たちの目は光を取り戻し、我に返ったようだ。そして一斉に動きが止まり、声のしたほうを見る。塀の向こうから影がゆっくりと上がってきて、それはこちら側へとやってきた。
『ドローサットじいさん』
 アリエットはそう声を上げた。彼が、先程カーシックが呼び続けていたドローサットのようだ。肌は土地色をしており、痩身の上に頬もこけている。それはアリエットの言ってた寿命の所為か、それとも地という属性が関係して、ああいう体質なのか。ドローサットはカーシックのほうを向くと、立派な眉毛を蓄えた顔で、優しく微笑んだ。
『童よ。主の御陰で非常事態に勘付くことが出来た。礼を言おう』
 カーシックはうろたえながら、いえいえ、と手を振る。ドローサットはもう一度微笑むと、今度は精霊たちを見る。圧倒的な威圧感は、トオル達も感じている。今まで――操られていたとはいえ――狂気のように攻撃をしていた精霊たちが、借りてきた猫のように大人しい。皆俯いて、自分たちのしたことの重大さに気付き始めていた。
『まさか洗脳されよるとは。主らもまだまだよのう』
『ごめんなさい。私たち、少し油断していました』
 ラディーンの言葉にドローサットは軽く頷いた。
『うむ。主らは心に隙があったのじゃろ。魔法石の力なんぞに、目を覆う有様じゃ』
 大声とそのやり取りを見ていて呆けていたのは、ハウパンドだった。我に返ると、止まっていた崩砕機を再び動かし始めた。ハウパンドはあちらが集中している間に、なるべく気付かれないよう、低速で機械を進めた。しかし、カーシックはそれにいち早く気が付いた。それを提示しようとして、慌てて口を噤んだ。
(今ぼくが叫んでも、自分でどうにか出来なければ、やっぱり仲間として価値はない)
 カーシックは誰にも気付かれないようにその場を離れた。そして邸宅裏の草むらに隠れながら移動して、崩砕機の真正面に来ることが成功した。真正面に来れば、この機械自体が視界を遮って、ハウパンドに気付かれることはない。既に塀と崩砕機の間は数メートルしかない。カーシックは力では敵わないことは分かっていた。そこで思いついたのだ。柔よく剛を制す。彼自身が調べた結果によると、これはどの世界に行ってもあることわざの一つらしい。
(あの三人になくて、ぼくにあるもの――それは、知識だ!)
 カーシックは身近にあった拳大の石を拾った。
(崩砕機は最近、欠陥が見つかった重機だ)
 そして崩砕機のほうへと歩み寄っていく。幸い低速で動いているため、近づいてもさほど危険ではない。カーシックは前部に取り付けられてある巨大な鉄板と、胴体の接続部に体を入れた。幅は人一人分。そこには連結部と、無数の配線がなされてあった。
(この多くの配線の内、この一番太い配線を切ってしまえば、振動波は伝達されない)
 カーシックは持っている石の、一番尖っているところでそれに照準を合わせ、大きく振り下ろした。真っ直ぐ振り下ろされた石は、その太い配線を見事に両断した。それでも車体は止まらないことは知っていた。けれども崩砕機の特性を生かすことは出来なくなった。ハウパンドは、既にその機能が使えなくなったことは知らずに、慎重に機械を操縦している。
(よし、あとは機械をトオルさんたちに破壊してもらえば――)
 カーシックは勢いよくそこから飛び出ると、大声でトオルを呼ぶ。
「トオルさん、早くこの機械を破壊してください!」
 突然現れたカーシックに、その場に居た全員が驚いた。
「カーシック、いつの間にお前」
「そんなことを言っている暇はありません! 早く崩砕機を!」
 言われてそれを確認すると、既に外壁の前まで到着していた。そして鉄板を壁に押し当てている。
「あはははぁ! 遅かったですねぇ! この建物は壊させていただきますよ!」
 言ってハウパンドは振動波を発生させるスイッチを押した。その瞬間、精霊たちや、遠くで見守っている村民たちはは絶望に襲われたが、なぜか邸宅の外壁が崩れることはなかった。それに一番驚いたのは、他でもないハウパンドだった。
「な、なぜ? 不良品? ――いや、そんなはずは――」
「ぼくが配線を切りました。もうその機械は、鉄板をつけた車でしかありません」
 例の強気な面持ちのカーシックが、そこにはいた。しかしハウパンドはその言葉に屈しなかった。笑い声を上げると、半ば虚ろな目で叫んだ。
「な、ならば、体当たりして壊してやる……」
 彼は既に暴走を始めていた。計画が破綻しすぎて、怒りが頂点を越えたのだろう。血が頭に上ってきているのか、顔は真っ赤で、その目は正気を失っているようにも見えた。リモコン操作で崩砕機を後退させると、全速力で外壁に向かって突進させた。
「えひゃははひひ。これでは壁も木っ端微塵だろう!」
 それを見てトオルは走り出した。あれを破壊して車体を止めなければ。カーシックがこっそりとした、懸命の努力が無駄になってしまう。
「トオルさん! その機械は、操縦席横の出っ張っている部分を壊せば、全ての機能を失います!」
 カーシックの声を聞いて、操縦席の外側に突き出している、小包ほどの大きさの出っ張りを視認した。あれか、とトオルは標的を定め、大きく跳んで、消していた剣を再び具現化する。そしてそのままその出っ張りに剣を突き立てた。
 トオルはすぐさま剣を消してその場から離れる。すぐに離れてくださいと言う、カーシックの声が聞こえたからだ。すると機械はエンジンの機能が停止して減速を始める。そしてあちこちから煙を噴き出し始めた。それから間を置くことなく、大きな黒い煙の塊を放出し、車体からは火を吐いた。

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