scene79  VSハウパンド (3) [Guard a village and residence]

 その間は迂闊に手を出すことも出来ず、ハウパンドと睨み合っているだけであった。しばらく膠着が続いたあと、とうとうハウパンドはしびれを切らした。
「何を考えているのかは知りませんが、時間稼ぎなんて姑息な手は、私を怒らせるだけですよ」
 その言葉通り、ハウパンドは怒りに震えているようだ。声も安定せず、握り拳を作っている。
「精霊たちよ! あいつらは邪魔者です! 叩き殺してしまいなさい!」
 ハウパンドは居丈高に叫んでトオルらを指差す。するとその命令に従って、精霊たちは一斉に攻撃を開始した。その様子は、まるで主人に従順なロボットのように、何の感情も出さずに機械的に攻撃を仕掛けてきた。
 炎弾、水弾、つるの鞭、岩のつぶて、氷塊、かまいたち。あらゆる属性の攻撃が三人を襲う。固形の攻撃物はメイリのトンファや、トオルの剣などで弾き返すが、水と炎だけはどうしようもない。それらは巧みに避け、エミはバリアでわが身を守った。しかし精霊たちの攻撃は留まることを知らず、次から次へと繰り出されていく。これにたった三人で対応していくのは流石に不可能だ。
「フフ。これであいつらは動けまい。私はゆっくりと邸宅の取り壊しにかかりましょうかねぇ」
 先程まで冷静に戦況を見舞っていたハウパンドは、トオルらが精霊たちの攻撃に押されているのを認めると、余裕の表情を浮かべてリモコンで前進の操作をした。崩砕機はそれに素直にしたがってゆっくりと車輪を回し始めた。
「あいつ、機械動かし始めやがった!」
 トオルはそれが動き始めたことに即座に気付いた。
「そんな、私たち、こんなに攻撃受けてるのに――。これじゃ止めに行けないわ」
 そう言うエミは尚のこと止めにいけない。彼女の持っている魔法石は戦闘には向かず、さらにバリアを長時間張るのにも相当の集中力が必要だからだ。
「さっきはメイリが行ったから、今度は俺が行ってくる。当たって砕けろってね」
 止めておきなさいというメイリの制止を振り切り、トオルは攻撃を弾き、避けながら、崩砕機に向かって突進する。やはり全ての攻撃を躱し切れるはずもなく、ときに攻撃がかするときもある。しかしトオルは怯むことなく突き進んだ。そして崩砕機を射程範囲に捕らえると、大きく剣を振りかぶった。そこから斬撃に移るまでの刹那、いくらか攻撃を受けたが、気にすることなく剣を振り下ろした。
 しかし剣は無情にも弾かれた。それは、下から襲ってきた見えない空気の刃、かまいたちだ。僅かに歪んだ空気を眼の端で捉えたが、それを認識できずに攻撃は通らなかった。その瞬間攻撃は激化し、トオルはひとまずその場を退くしかなかった。
「畜生。メイリでも近づけないはずだ。対して俺は攻撃も受けちまったし」
 トオルが退くと攻撃も止まる。
「トオル、髪の毛……」
 エミは指を差す。メイリはただ眼をやや大きくしていた。トオルは言われたとおりに髪の毛を気にしてみる。そっと後ろに手をやると、そこにあるはずの髪の毛がない。肩甲骨付近まで伸びていた長髪が、かまいたちによってすっぱり切られてしまい、首の付け根辺りで真横に揃っていた。
「――あーあ。せっかくの長髪がもったいねぇな」
 エミとメイリがきょとんとしているにもかかわらず、トオルはあっけらかんと返事をした。彼にとっては大したことではないらしい。それを示すかのように、トオルは既に髪の毛から集中を外し、崩砕機を停止させる方法を思案している。
(精霊たちをどうにかしなきゃならねぇ。でも一体――)
「トオル、サッカーボール出せたわよね? あれで一回攻撃を試してみない?」
 そのエミの言葉にトオルは思い出した。タロットスで編み出した新技のことだ。一度頷くと、トオルは正面を見据えた。崩砕機は先程よりも進んでいて、もう半分の距離まで来ている。ハウパンドは元の立ち位置に居るままで、変わらず精霊たちに守護されている。
(! あいつ、機械のほうから離れてんじゃねーか。ならこっちのほうを壊しちまえば)
 トオルはサッカーボールを具現化すると、即座に崩砕機目掛けて蹴り放った。直線の軌道でそれは崩砕機に衝突した。いくらサッカーボールと言っても、魔法石で生み出された技。攻撃力は術者の思いのままだ。トオルは渾身の力を込めて蹴り、そして攻撃力を最大にした。
「低脳とはこれだから嫌ですねぇ」
 ハウパンドが独白したのは、三人は聞こえなかった。全ての集中は攻撃にいっている。だが出力を最大にしたにもかかわらず、ボールは弾かれあさっての方向へと飛んでいって消えた。
「フフフ。だから言ったのですよ。それに攻撃しても無駄だ」
 手元のリモコンでなおも前進を指示し続けながら、不気味な笑いを浮かべた。
「んなこと一度も聞いてねぇよ」
「そうでした? それは失礼」
 ハウパンドはなおも笑みを浮かべてそれを止めようとしなかった。そして再び、精霊たちに攻撃の指示をする。
「さあ再び行くのです。平穏を邪魔する童どもを殺しに」
 精霊たちは今度はハウパンドの許を離れて、直接トオルたちに襲い掛かってきた。重量で動作は鈍いが、崩砕機も間も無く邸宅の外壁まで到着する。もう防ぎようはなくなった。次々と繰り出される攻撃に、三人はただエミのバリアに入り、大人しくしているしかなかった。その間にも崩砕機は壁に迫って行く。精霊たちの攻撃は止みそうにもなかった。

 村民は全員丘を下った。そして大半が村唯一の工場の屋上に上がっていた。村から丘の上が見れるのは、ここしかないからだ。遠目に見ても、トオルたちの不利は確認できた。
「くそっ。このままホーリーさんの家は壊されてしまうのか!?」
「この村の人じゃない人は戦っていて、なぜ私たちは……」
 村民は自らの不甲斐なさに打ちひしがれていた。自分たちが護るべき村を、関係ない子供たちが護ってくれている。しかし自分たちが協力できることは、ただ勝利を祈るしかない。それを理解しているからこそ、皆は最後まで戦いを見届けようとした。

(こんなとき、力になれないぼくが、くやしい!)
 村民たちが集まっているところとはまた別の所で、一人の少年が涙を堪えていた。
「何か、何かぼくに手伝えることは――」
 木々の陰に隠れているのはカーシックだ。ここは丘の上。彼だけは逃げずに、木陰から戦いを見ていた。
(に、逃げろと言われて逃げるなんて出来ない。ぼくはあの人たちと一緒に旅をするって決めたんだ。あの日から――)
 あの日と言うのは、トーラーでトオルたちと別れた日のことだ。彼らが帰ったあと、ある事故によって、カーシックの身の回りの環境が激変したからだ。
(ぼくはもう一人で何でも出来なきゃいけない。一人で出来ないことは、仲間と一緒にする。ただ護られるなんて――)
 カーシックは必死で考えた。自らが何か干渉することによって、劇的に戦況が揺さぶられやしないか。そうするならば一体どうやって戦況を変えればいいのか。思考すればするほど脳内は緊迫していく。
(くそう。なにか、ぼくに武器は――)
 自分にあって他の三人にないもの。それを探すのはまるで、地平線まで広がる草原の中から一輪の花を見つけるような、それほどの苦労を強いられそうだった。しかしカーシックは首を二度三度と振り、その絶望に近い現実を払拭した。
(ぼくに何が出来るんだ? 考えろ、きっとあるはずなんだ。この世は皆、欠落している部分を補い合って生きているんだから)
 カーシックが必死で考えていると、突然水が降ってきた。はっとして戦況を見つめなおすと、それは明らかに圧倒されていた。トオルら三人はバリアの後ろに隠れてただ攻撃を防いでいるだけ。崩砕機は邸宅の目前まで押し寄せている。
「そうだ……。あの三人になくて、ぼくにあるもの――」
 カーシックはそれに気付いた。しかし今はそれどころではない。そのことを彼らに伝えても、この状況では何の意味も持たない。
(そういえばあの時は――)
 カーシックは昨日の昼の出来事を思い出した。
 口許をぎゅっと引き締めると、カーシックはその場から駆け出し、今まさに繰り広げられている戦場へと走り出した。

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