scene78  VSハウパンド (2) [Guard a village and residence]

「待てよ!」
 ホーリー邸側の道から丘の上までやってきたのは、トオル、エミ、メイリ、カーシックの四人であった。そして大声でハウパンドの手を止めさせた。そしてカーシックを除く三人は、目の前に現れた見たことも無い巨大な重機に目を丸くした。
(何だ……これは!)
 この機械は地球に存在しているそれとは一線を画しており、まさに文明の違いを見せ付けられた。車両の前面には、四方二、三メートルの鉄板が取り付けられており、それが直接本体に連結されている。そのせいで重心を低くするためか、車両の占有している面積も広く後続に控えている重機とは一目瞭然だった。
「カーシック君、あれは一体何に使う機械なの?」
 エミの出来るだけ優しい口調で言った質問に、カーシックは出来るだけ丁寧に答えた。
「あれは崩砕機と言って、前面にある鉄板を対象物に押し当てて使うんです。そうして特殊な振動波を出して壁などを崩すことが出来るんです。あれを使うと崩れるというよりも砕けるという感じで、瓦礫が真下にしか落下せずに埃も出にくいので、解体現場などで重用されます」
 カーシックは例の鋭い表情で言い終わると一息つく。
「崩砕機を使えば、どんな建物でも僅か十数秒でその面が瓦礫になります」
 急に大声で叫びながらも、その後なかなか動きがないトオルたちをみてハウパンドが口を開いた。
「お前たち。昨日はよくも私のプライドを傷付けてくれましたね。今日は仕返しさせてもらいますよ」
『何があった!』
 その声は精霊ウォクロスのものだった。そして精霊全員がその場に駆けつけた。そして村民やトオルらがありもしない方向に目線を向けているのを確認して、ハウパンドは精霊が現れたことを確認した。
(やってきましたね、精霊たちよ。この道具の出番ですね)
 ハウパンドは上着の内ポケットに手を突っ込んで、小型の双眼鏡のようなものを取り出した。そしてそれを頭に装着する。その姿は双眼鏡をゴーグルのようにつけているようで、お世辞にも格好いいといえる姿ではなかった。
(フフフ。見えます、見えますよぉ~。そのような姿形、そして顔をしていたのですね。そこから見ても属性はすぐに分かるようですねぇ)
『てめぇ! なに見てやがる!』
 視線を感じていち早く怒鳴ったのはジナーヴァであった。それに続いて他の精霊たちや村民も、ハウパンドに視線を向けた。皆が目をやった先は勿論そのスコープであった。
『そのスコープ、怪しいですね。今の反応を見ると、ジナーヴァの声が聞こえたようですが?』
 アリエットはこの状況でも飄々としながら尋ねた。するとハウパンドは含み笑いを始めた。
「ああ、見えているよ。そしてそのお陰で声も聞こえる。いいねぇ、これ! 買ってよかったよ!」
 その笑い顔はまるで狂ったピエロのようで、狂気の混じった泥臭い気が漂った。ラディーンとネイフィオ、セリオスは顔をしかめた。泥臭い気もその要因だが、もう一つ、村民やトオルたちの会話が筒抜けになることを悔やんだ。彼女らは人々と協力してハウパンドを追い出すつもりで居たからだ。そして仕方ないですね、と一言呟くと、セリオスは少し前に出た。
『あなたは、この愚かな行為を止めようという意思は持たないのですか?』
 彼は説得と言う手段に出た。到底意味は無さそうだったが、これには他の精霊たちに作戦を練らせるという時間稼ぎの意味もあった。
「何が愚かな行為です。私はここを立派なリゾート地に替えて、皆様の懐を潤そうとしているのではありませんか」
 言い方は丁寧で滑らかだったが、強欲さが顔に表れていて、真摯さを窺うことは全く出来なかった。セリオスは溜息をつく。穢れたものが好きではない彼にとって、ハウパンドと話すことは一つの拷問なのだろう。しかし自ら率先して前へ出たからには、その責務を全うしなければならない。
『そのあなたの考え方は美しくありません。この村は現状でやっていけますし、なにより我々は心が潤えばそれでよいのです』
「ふん。戯言を言っているのじゃありませんよ。私は私のやり方で、ここに豪華なホテルを建てます。――私のやりかたでね」
 その瞬間、ハウパンドの目は一気に鋭さを増した。それに圧倒されてセリオスは身を後ろに引いた。殺気ではないものの、押し寄せてくる濁った気に精霊は皆その方向を向いた。
(今です)
 ハウパンドは上着のポケットに手を入れ、握ったままの拳を取り出したかと思うとそれを正面へと掲げた。
「”ブレインウォッシュスピリット”! あの精霊どもを操るのだ!」
 指と指の隙間から僅かに漏れた光に、ハウパンドが何を握っているのか、トオルらには察しがついた。
(魔法石か!)
 僅か数秒のその光が収まると、そこには明らかに異様な空気が漂っていた。
「何だ? 何が起こったってんだ」
 その台詞を吐いた後に、トオルらははっとした。ハウパンドの言葉にそれは含まれていた。その刹那、目の前に突然現れたのは植物のつるだった。鞭のようにしなりながら高速で迫ってくるそれを、トオルとメイリは飛び上がって避け、エミはカーシックを庇いながら素早くバリアを発動した。
「何を!?」
 叫んだのは向こう側にいた村民の一人だった。真魔石の加護を受けたことのある彼らでも、魔法石に洗脳された人間――精霊を見るのは始めてであった。突然の精霊の奇行に動揺を隠すことが出来なかった。
 トオルらへ先制攻撃をした精霊たちは、その場から動きハウパンドの上空にまるで手下のように位置に着いた。そしていつもの優しい眼はどこかに行き、うつろながらも敵を見下すような眼をトオルらに向けていた。精霊を洗脳できるくらいなのだから、相当強い洗脳効果を持った魔法石をハウパンドは所持しているのだろう。
「お前たち、私を守るのですよ」
 ハウパンドがそう言うと、精霊たちはただ黙って頷いた。
「えーい。まごまごしてても仕方ないわ! トオル、エミちゃん、何とかして解体をやめさせるわよ!」
 それに対してトオルとエミは吶喊する。
「カーシック君。あなたは避難しておいたほうがいいわ」
「はい、エミさん」
 カーシック自身は戦いに参加して力になりたいと考えていたが、実際自分自身でも戦力になるとは評価しておらず、エミの声に素直に従う。悔しさが若干にじんだが、今避難することが彼女らに協力できることだと自分に言い聞かせた。
「さあ、問題はどうしてハウパンドの動きを止めるかだ」
 トオルの問いかけにメイリはきょとんとした。
「単純なことじゃない。リモコンを奪えばいいのよ」
 ハウパンドは手元にあるリモコンで崩砕機を操縦している。それを奪ってしまえば動かす手段はなくなってしまい、リゾート開発の着手を防ぐことが出来る。
「私がいくよ。足の速さなら誰にも負けないから」
 メイリはそのリモコンを奪う役割を買って出た。彼女は元々足が速く、かつ魔法石の恩恵と能力の両方を受けてとてつもない脚力になっている。本気を出して走れば、常人にはその影を負うことで精一杯なほどだ。単に奪ってしまえばいいだけのことなので、彼女が適任だ。
 メイリは呼吸を整えるとその場から一気にダッシュする。メイリからハウパンドまでは二十メートルほど。彼女の脚力を持っていれば、一秒ほどで辿り着ける距離だ。しかしハウパンドに届く前に、上空からは岩のつぶてが降ってきた。これにはなすすべもなく、ただ弾いた。自分の上に振ってくるつぶてはことごとく弾いているが、それに手一杯になり、それより先に進むことは出来なかった。
「ほー。危ない危ない。灰色精霊、よくやったな」
「くそ、あとちょっとだったのに」
 メイリはその場から離れ、トオルらの許へと戻る。すると岩のつぶても止み、精霊たちはハウパンドを守護するような形になった。
「だめ。私の足でも辿り着く前に精霊たちが攻撃してくる」
 メイリらは、最も速い彼女の脚を持ってしてでも突破できなかった壁に、ただ案を練るしかなかった。

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