scene77  VSハウパンド (1) [Guard a village and residence]

 第一番界セントラル。文明が一番発達しているがゆえに、裏の社会も発達している。
 都心からやや外れた商業地帯。少し奥まった細い道を抜けてゆくと、裏のマーケットへと繋がる道が存在する。それはどこにでもあるものではないが、そこへ迷い込んだ観光客や地方の者が、それから行方不明になったり、時には屍となって帰ってくるものも居た。その道は、裏のマーケットへと簡単に辿り着かないように細く入り組んでおり、その社会に精通している者でないと市場へは辿り着くことが出来ない。だがその辿り着けない者をターゲットにした店が、至るところに点在している。
「これを私にくれないかね?」
「お、お目が高いねぇ。結構な企み考えているでしょう、あなた?」
「ああ、まあね。私に勝ったつもりでいる小物に制裁を加えようと思ってね」
 男が選んだ商品は、双眼鏡のような形をしたスコープと、魔法石だった。
「じゃあ、合わせて一六一二万ゲルクだよ」
 客の男は胸の内ポケットから小切手を取り出して金額を書くと、サインをさらさらと書いて店主に渡した。
「毎度あり~」
 道具を手に持った男は店を出た。道具をポケットケースにしまいこむとそれをアタッシェケースに入れ、怒りを表情に出した。
「必ず土地を手に入れて、そしてあのがきどもに仕返しをしてやる」
 その男の行き先は、第十四番界フェアリーの、メイル・リシアシルファ村だった。

 村の広場の外周に沿って立ち並んでいる建物の中に、メイル村の集会所はあった。そこでは主に村の自治やトラブルなどの対処、村民会議が行われる。今回は、次期村長について話し合われている。
「とりあえず無難な線で行けば、ダーマリンさんかな」
「ああ。だが、クロニコフさんも捨てがたい」
「お二人ともいい人ですものね」
 十数名の村民と、前村長チョンメルヘルがそこに居た。チョンメルヘルは部屋の隅で椅子に座っており、勿論発言権は与えられていない。
 数十分もすると様々な意見が飛び交い会議は白熱し、喧喧囂囂とするうちに、やがてリゾート計画の開発を阻止することができた話題になった。その話題に切り替わった途端、やや緊張していた空気がなくなり、和気藹々とした談笑が始まった。そのうちチョンメルヘルに視線が少し送られるようになった。話題に名前が出てくるたびに村民がそうするので、チョンメルヘルも今の状況を恥じていた。そしてその話題の中、ふと一人の村民が、こんなことを訪ねた。
「チョンさんあんた、奴とは既に契約した後だったのか?」
 この質問に話し声は消え、チョンメルヘルの回答に全員の興味が集まった。村民たちはまさかと思い、冗談で尋ねられた質問を確認するかのように答えを待った。全員が絶望すると分かっていながら、チョンメルヘルは大きく縦に首を振った。この返答に、村民たちの顔色は一気に悪くなった。それを確認したチョンメルヘルは、再び非難が集中することは分かっていたので、すぐさま言葉を続けた。
「し、心配しないでくれ。あの契約書は私が預かっていたし、先の火事で書類は全て燃えた」
 この言葉を聞いて村民らはほっとした。あれがハウパンドの手に渡っていたら、この村は一体どうなっていただろう。チョンメルヘルも事実を言ったし、村民はそれを素直に受け入れた。これでこの問題は終わった。あとは時期村長を決めるだけのはずだった。

 集会所に突然轟音が鳴り響いた。遠くから近づいてくるようで、それはまるで巨大な生物が地を引きずって歩いているようだった。その音を聞きつけた殆どの住人が、建物の外へ出て、その音の正体を確かめた。
 村の入り口のほうからやってくるそれは、とてつもない音を立ててやってきた。全体を鉄に覆われ重たそうにしながらも、速度はそれなりに速かった。あれは間違いなく工事用の重機だ。建物を壊し、土地を均し、新たな建物を建築できる一通りの工事車両が、群をなしていた。
「な、なんなんだ、この車は!」
 男がそう叫ぶと、先頭の車両の中から、見慣れた顔が姿を現した。
「やあ皆さん。昨日振りですね」
「ハウパンド……!」
 操縦席から体を出しタイヤの上に立って、ハウパンドはにかっと笑う。
「貴様、なにしにきた!」
「何って、当然じゃあないですか。工事しに来たんですよ」
「ふざけんな! 契約書を見せてみろよ! さっきの火事で消失したはずだ!」
 男はハウパンドを指差すと、威勢良く台詞を言い放った。後ろに居たチョンメルヘルに嘘はついてないか確認すると、彼はしっかりと頷き、書類は消失したものだと主張する。
「見ろ。チョンさんも書類は燃えたと言っている。お前なんかに工事をする権利はない」
 するとハウパンドは突然高笑いを始めた。そしてポケットから一枚の折りたたんだ紙を取り出すとそれを丁寧に広げ、文面をしっかり掲げた。その内容に村民は驚愕した。
「土地譲渡と、起工許可の契約書――だと?」
「そうだよ。この通りしっかりと私の手に契約書はある。だから工事する権利はある」
 一人の女性は思い立った。
「あんたまさか、その書類を盗んで放火したんじゃ!」
 その台詞に村民は同調し、口々にハウパンドに罵声を浴びせた。その中に居ながらもハウパンドは顔色一つ変えずに立っていた。そして表情が徐々に崩れてきたかと思うと、そこには屈辱の色などは微塵も感じさせず、にたりと笑って逆に勝利に酔いしれているかのような顔だった。そしてその表情を刹那の内に戻すと車内からリモコンを取り出し、自らの乗っている重機を発進させた。村民は必死に止めようとするが、いかんせん相手は高さ四メートルにも及ぼうかという重機。近づくことすらも出来ず、どうしようもなく見送るしかなかった。それでも数人の村民は周りを取り囲みながらついていった。
(これは、トオルさんたちに知らせないと!)
 物陰からひっそりとその様子を窺ってたのはカーシックだった。トオルらが村役場に電話をかけに行ってからやることがなくなった彼は、村の周りの植物を調べていた。珍しい薬草を観察していると低い音が耳に入り、ここまでやってくるとこういう事態であった。
(確かトオルさんたちは村役場に)
 カーシックはその場を駆け出し、トオルらが向かったと思われる方向へ向かった。

 青空に響き渡る轟音は、その雰囲気を乱していた。普段は静かで穏やかなこの村や森が、それによって慌しくなっていた。リゾート建設を目的とした重機が現れ、丘の上にある牧場跡に向けて走っている。そこは旧ホーリー邸が所持していた土地だ。その空き地の前に着くと、ようやくその重機は停車した。それから新たな動きが暫く起きそうにないことに、重機についてきた村民はほっとしながらも警戒を続けた。
「さて、早速行くか」
 先頭の重機からハウパンドが顔を出して言った。そして軽やかに地面に降り立つと、手元のリモコンを再び操作し始めた。この言動に、一斉に村民の目は厳しくなった。全員が牧場跡の草原を、土がむき出しの丸裸にするのではないかと予想したが、重機が向いた方向は旧ホーリー邸のほうだった。
「てめぇ、何するつもりだ!」
 激昂した一人の男がハウパンドに飛び掛った。見た目から腕力は無さそうなハウパンドは、その男から繰り出された右拳をくらって倒れた。
「フフ。何をやってもいいんですよ。傷害と営業妨害で訴訟を起こしますから」
 この言葉に男は、これ以上拳を入れることが出来なかった。
「まあ今の一発は大目に見ましょう。私もこの工事はさっさと終わらせたいのでね」
 そう言ってリモコンに手を掛けた。

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