scene76  Searching information in Fairy (3)

「その人の名前はユカ。第一番界セントラルに住んでいる人らしいの」
 名前を聞いた瞬間、トオルとエミは直感した。住んでいる世界からしても、間違いなかった。
(ユカ――この世界に来たとき、俺らを助けてくれたあのユカなのか!?)
 二人は驚愕の感情を隠すことが出来なかった。余りの衝撃に声を出すことも出来ず、そのまま身体が硬直した。
「でさ、その人ここから見れば異世界に住んでるわけじゃない? だから第一番界に戻って――」
 メイリはトオルらの表情の変化に全く気付かず、すらすらと言葉を並べ続けていた。彼女が二人の異様さに気付いたのは、それから間も無くだった。エミの顔を不思議そうに覗き込んで、どうしたのと尋ねる。しかし反応は微々たるものであった。その様子を見て、カーシックはトオルのほうへと寄っていく。近づいて声をかけようとしたとき、トオルは突然勢いよく立ち上がった。
「わぁ!」
 カーシックは突然の出来事に驚いて、思わず後ろに飛びのいてしりもちを付いてしまった。それに見向きもせずに、立ち上がったトオルは足早に部屋を出て行く。するとエミも立ち上がり、何も言わずにトオルに付いていった。その行動に呆然としていたメイリらだが、すぐに我に返って二人の後を追った。
 テネシーの家の二階に部屋を借りていたトオルらは、一階に行くために階段を駆け下りた。その素振りから何か急いでることを感じ取れた。一階に下りたトオルはテネシーの許へと向かった。
「テネシーさん!」
 呼びかけに気付いて、テネシーは自室から姿を現した。これから彼女は昼食の準備をするところであった。トオルはテネシーに真剣な表情を向けた。
「別の世界に連絡できる方法はありませんか?」
 焦っているようにも見えるその様子とは違って、落ち着いた口調にテネシーは一瞬動揺する。
「え、えーっと、村役場に異世界電話があるけれど――」
 その言葉を言い終える前に、トオルは外へと走り出し、エミもそれを追った。メイリもその二人の行動の奇怪さに頭を抱えながら、後を追うことにした。その際カーシックは、自分の足では三人に追いつくことは出来ないと悟り、屋内で待機することにした。

「エミ、村役場の場所、分かるか?」
「ええ。私に付いて来て」
 周りの景色が次々に変わっていく中、エミが先行することになった。二人は後ろからメイリがついてきていることを知っていながら、相手にする余裕はなかった。エミらの頭の中には、真魔石に関する情報を持っていながらも、語ってくれなかったユカへの疑惑の念が立ち込めていたからだ。
 二人の背中を見ながら、それが大きくも小さくもならないように調整して、メイリは追いかけていた。
(何故いきなり二人とも駆け出したの? トオルは感情に走るタイプだからありうるけども、エミちゃんまでもなんて、一体――)
 魔法石の恩恵を受けて全速力で走ったお陰か、間もないうちに村役場に到着した。ガラス扉を押し開け中に入ると、三名ほどの公務員がぎょっとした顔でこちらに注目した。いつものように誰も来ない村役場で黙々と少量の仕事をこなし、昼には終わってただそこで過ごすだけ。たまに世間話をしに住民が来るくらい。そのようなところに村民以外の人間が駆け込んできたのだから、驚かないはずも無い。
「異世界電話を貸してください!」
 大声でエミが言うと、受付付近に居た女性が驚きの表情を浮かべたまま、カウンター内の奥にある一つの電話を指差す。それを確認するとエミとトオルはカウンター内へと入り込み、電話の前へと直行した。公務員はいまだ呆気に取られたまま、一体誰なのかと考えている風にも見えた。
「あの、テネシーさんのとこにお世話になっている者です」
 カウンターの外にいたメイリがそう話しかけると、油断していたのかびくっと体を震わせて、女性が振り向いた。そして、ああ――と言葉に出す。
「テネシーさんって、ホーリー様に仕えていたあの?」
「はい」
 女性はそのまま納得したように頷いて、他の二人を見、その二人も頷いた。
 受話器を持ち上げたのはエミだった。地球に比べて格段に技術が進歩しているこの世界でも、電話の形は酷似していた。それは、この文明の発達した世界においては、遠くの知人と連絡を取る際は、触れ合うことも可能な通信機があるからで、この電話と言うものは完全に声だけを伝えるためだけのものだったからだ。しかし数字の書いてあるボタンは並んでいなく、ディスプレイに表示された世界番号を選択する形式であった。
 エミは使い方を知らなかったが、退屈するほど親切な機器のお陰で、問題なくユカの自宅に連絡を入れることが出来た。
「もしもし」
「もしもし、ユカさん?」
 こういう状況だからこそ、エミは落ち着いて話す。
「エミちゃん。どうしたの?」
「――リシアさんのこと、なぜ話してくれなかったんですか?」
 この言葉にユカは驚いた声を上げた。暫く沈黙が続いた後、どうしてそのことを知ったのかを問う言葉が返って来た。エミは正直にこれまでの出来事を話すと、ユカの溜息が一つ聞こえた。
「ごめん」
 受話器の近くに耳を寄せていたトオルにも、その声は聞こえた。
「あなたたちがそんなとこまで辿り着くなんて、思っていなかったの」
 少し笑って聞こえてきたその台詞には悪意はなく、胸の内を正直に明らかにしたものだった。これにエミとトオルは拍子抜けした。
 トオルはエミから受話器を受け取ると、口をあける。
「おい、ユカ。じゃあなんだ、俺たちは諦めるとでも思っていたのか?」
「ええ、正直、力のなさを知って、帰ってくるもんだと――」
 その声は微かに笑いを含んでおり、失笑しているようだった。ユカは事情を語ろうとしなかったのではなく、語っても意味がないと思っていたようだ。
 この事実に二人は肩の力が抜け、その場にへたり込んだ。続けて受話器の向こう側から声がする。
「トオルたち、ホーリーまで行ったのね。本当に凄いわ」
「ああ、まあなんとかな」
 トオルは力のない声で返事をした。ユカはその後も続々と質問を投げかけ、トオルとエミもそれに淡々と、時には嬉々としながら答えていった。

 ようやく受話器を下ろす頃には、時刻は一時を回っていた。逆算すれば三〇分以上は話していたことになる。その間に、リシアの真魔石の真偽、冤罪での処刑、その後の真魔石の行方の裏付けを取った。その他にも今の旅の仲間のことも話し、次にはセントラルに戻ることも話した。だが、途中まで同行していたレイトのことは話さなかった。今はもうおらず、賞金首だということで余計な心配を掛けさせないためだった。そういう理由では、ファイヤーが生き返って真魔石を所持していることを言わなかったのも同じだ。
 電話の側から離れて、トオルとエミはそこの所員に礼を言いながらカウンターの外側に出る。待合用の長椅子にもたれて待ちくたびれているメイリに声をかけ、三人は役場をあとにした。

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