scene74  Searching information in Fairy (1)

 人だかりのその向こうには、既に半分以上が燃えているチョンメルヘル邸が見える。消火活動のお陰か、先程に比べて若干火は弱まってきている。
 人だかりのそのこちら側には、二人の男が正座で両手を地に付けていた。目の前で自宅が燃えているチョンメルヘルと、リゾート開発業者のハウパンドだ。
「申し訳ない! 私としたことがこの村を売ろうなんて!」
「そのセリフは聞き飽きた。責任を取れとは言わない。だがお前は、最低だ」
 額を地面に押し当てながら土下座をするチョンメルヘルを、村民たちは許していないようだった。その隣では、ハウパンドが無言でただ土下座をし続けていた。その大人しさが逆に不気味で、村民たちの非難の的となった。
「何故この村に――!」
「お前には自然の偉大さが――!」
 口々に投げかけられる批判や問いかけには全く答えずに、目をつむったまま頭を下げ続けていた。
「もういい。村長、いや、チョンメルヘルさん。あんたはもう村長職には復帰させない。そしてハウパンド。お前はこれから絶対にこの村に来るな」
 屈強なリーダー格の男がそう言うと、チョンメルヘルはただ、はいと頷き、ハウパンドは無言のままじっと動かなかった。

 数人の村人がハウパンドを連れて駅へと向かっていった。そのまま列車に乗せて、中枢都市のクリミセルへ送り返すらしい。その影を見送ったトオルらは、深く息を付く。
「これで、一件落着だな」
「トオルは何もしていないでしょ」
 すかさずエミに突っ込まる。
「本当に尽力したのはメイリさんよ。――ね? メイリさん」
 エミはメイリのほうを向くが、彼女は何も聞いていない風で、一点を見つめながら何かを真剣に考えていた。エミが再び声を掛けると、ようやく気付き慌てて返事をする。
「頑張ったのはメイリさんですよね?」
「え、ええ。トオルは何もやってないしね」
「何を! 俺だって、俺だってなぁ――」
「俺だって何?」
 トオルは次に続ける言葉が見つからず、地団駄を踏む。すると後ろで話を聞いていたカーシックが、口を開く。
「これからどうするんですか?」
 そう訊かれたエミは考え、とりあえずこの村から徹底的に真魔石に関する情報を集めることを告げた。しかし、女神伝説で真魔石が使われていたことが事実だとは判明したが、その主人公であるリシアの身内の人物がもう居なく、行き詰っているところであった。そのことも同時に告げると、カーシックは当然のように言った。
「せ、精霊たちに訊けば、いいんじゃ……ないでしょうか?」
 若干言葉の最後のほうは自信なさ気に言ったが、それは確かに的を射ていた。 この言葉通り、そのままエミ達は精霊たちに真魔石情報を訊きに行くことにした。

 精霊たちは普段、自分たちの属性に関係あるところに居ることが多い。その為エミらは手分けして情報を集めることにした。
「じゃ、そっちはお願いしまーす」
「オーケー」
 エミはまだ落ち込み続けているトオルを引き連れ、川辺などで水の精霊ネイフィオなどを探しに行き、メイリとカーシックはホーリー邸の周辺へと行った。
 多方を山で囲まれているメイル・リシアシルファ村の唯一開けた地が続いているほうには、山奥から湧き出た小川が流れている。それは村の中も通っており、そこから続いている。いつか渡った橋の下を通っていた川だ。その川を下って行くと、やがて水辺で遊んでいる少女を発見した。
「ネイフィオちゃん」
 その声に反応してこちらに振り向いたネイフィオは、屈託のない笑顔を見せてエミに飛びついてきた。そして笑顔のままエミの顔を見上げる。
「ツインテールのお姉ちゃんは?」
「ごめんね、今日は私とトオルだけなの」
「そーなんだ。――お姉ちゃん、一緒に遊ぼう!」
 ネイフィオはとても嬉しそうな顔をしている。それは一昨日見せたそれと同じ笑顔だった。その時は、次に会ったら一緒に遊ぼうと誘いかけていた。実際あれからもう何度も会っているのだが、毎度遊び損ねていた。何十年も年上のはずなのに、自分やメイリのことをお姉ちゃんと呼んだり、その行動の幼さを見て、エミは小さな子供を相手にしているように思えた。確かに外見はそうなのだが。
 まだ呆けているトオルに水をかけ目覚めさせたネイフィオは、トオルにも同じ言葉を行った。

 小高い丘を登って再びホーリー邸宅の前に来たメイリは一息ついた。
(ファイヤーは、どこに消えたの……?)
 メイリは再び考え込む。先程エミに話しかけられても気付かなかったのは、そのことを考えていたからだ。
(本当に何しに来たの? あれ以来精霊たちから気配を感じたなんて聞いてないし。こんな狭い村なら、誰がどこにいるかすぐに分かるはず)
 メイリが真剣に考えている間、文献でしか呼んだことのない、女神伝説の少女が住んでいた自宅を目の当たりにしたカーシックは、その家を調べずには居られなかった。しかし敷地内に入る勇気はなく、外壁をぺたぺた触って居るだけだった。
『おや? ここで何をしているのですか?』
 宙からゆっくりと目の前に降りてきたのは、氷の精アリエットだった。
「アリエットさん」
『ああ、アリエットでいいよ。見た目はさほど変わらないから』
 確かに見た目は二十歳もいかないように見える。しかしやはり背が高くスタイルがいい。それだけに童顔なのが惜しい。
「実は真魔石のことについて何か知らないかなと、精霊さんたちを探しに来たんだけど」
 ふうーんと、アリエットは手を頬に当てて笑う。
『僕はあまり良く知らないな。リシアとはたくさん話したけど、そのことには触れなかったし』
 彼は昔のことを思い出すかのようにして話す。そして思いついたように指を鳴らす。
『こういうことはジナーヴァか、ネイフィオか、ドローサットじいさんに訊けばいいよ。ほら、氷属性の真魔石ってないから』
 なるほど、とメイリは思う。やはり精霊と真魔石には何らかの繋がりがあるのだ。しかし炎の精ジナーヴァと水の精ネイフィオとは既に会ったが、ドローサットじいさんとは一体誰なのだろうか。そう考えていると、それを察したかのようにアリエットは補足する。
『ああ、ドローサットじいさんはファイヤーって奴が現れた場に居なかったね。あの人はいつも同じところに居るんだよ』
「同じところ?」
『ああ。すぐ近くさ』
 そう言うとアリエットはホーリー邸のほうを向く。それにあわせてメイリもそちらを向くと、目の前にカーシックの顔が入ってきた。
「わあ」
 二人とも声を上げる。カーシックは一通り邸宅の外壁を見尽くしたらしい。
「あ、あの、この精霊さんは?」
「えーっと、氷の精のアリエットよ」
 アリエットはカーシックに挨拶をする。それに釣られてカーシックも挨拶をする。弱気な性格のためか、カーシックは人の行動に釣られやすい。でもやはりカーシックには精霊が見えるらしい。
 アリエットはそのまま続けてホーリー邸のほうを指差した。
『あそこだよ。あの家の庭』
「え!? 庭!?」
 紛れもなくそこだった。アリエットもそちらのほうを指差してそう言っているのだから、嘘でも言ってない限り間違いない。
「じゃあ今から挨拶に行こうかな」
 メイリがそう言って脚を一歩踏み出すと、アリエットは、今はやめておいたほうがいいと制止した。
『じいさんは元気がないんだ。精霊にも寿命があって、今はなるべく安静にしておいたほうがいい』
 そう言われ、メイリはただその方向を見つめることしか出来なかった。

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