scene72  意外な再会

 村人たちの円から抜け出し、トオルらと出会ったカーシックは、ほっとした様子を見せた。村の人たちが集まって彼を取り囲んでいたのは、これ程背が高い人が珍しかったからだったらしい。トオル達が来るまでの間、口々にどこから来たのか、どうして背が高いのかなどと色々質問されていたらしい。
「へー、君らの友達? 色んな友達を持ってるんだね」
 このメイル・リシアシルファ村に住んでいる殆どの人が、あまり村の外に出たことがないので、こういう人脈を持っている人に対しては、何故か敬意を払ってしまうようだ。
「カーシック、お前、来ちゃいましたじゃねーよ。何があったんだ?」
 彼がわざわざやってきたのだから、とんでもない情報を引っ提げてきたのではないかと、トオルは少し期待していた。
「あの、ぼくもワールドリンクトラベルの資格取ったんで、同行したいな……と」
 トオルの期待は呆気なくちぎれた。
「丁度よかった。私達も三八界に詳しい人が居なくて困ってたとこなの」
「そ、そうなんですか。あ、ぼくは自分が他の世界にも行きたいなって言うのもあって」
 トオルが肩透かしを食らっている間に、エミはカーシックを歓迎し、会話していた。
「にしてもカーシック君。昨日の今日よ。試験はどうしたの? 魔法石も高価なものでしょ?」
「試験はちょっと前に受けて、受かってたんです。魔法石のほうは、単にワープ専用の、恩恵も能力も無いものが安く売ってるんで」
「そうなんだ」
 ワールドトラベラーとは元々、他世界間同士での物資の配達や、情報の伝達などが目的で成立した職業である。成立当時は転送機器がとてつもなく巨大で、どこにでも設置できるようなものではなかったため、特定の公共機関などに設置されていた。そのようなことから転送後のものは不特定多数の目などに触れたり、手に渡る恐れがあった。なので送られてきた物資や情報などを目的のところまで配達する運送屋が相次いで開業されたが、転送機器自体が最初から生物も転送出来た。そのため最初から人を媒体にすれば、様々な危険から流出を防ぐことが出来ると、この職業が現れたのだ。
 今や通信機器や物資転送技術の発達において、ワールドリンクトラベルの元来の目的は失われつつある。しかし現在主流である、能力付きの魔法石はとても高価であるために、単純にワープしたいだけの者たちのために、ワープ専用の魔法石が出回っている。主に企業の営業や、学者の異世界調査などに使用されている。
「そ、そういえば、メイリさんは……?」
 そう訊かれてエミは、少し困った笑いを浮かべる。
「うーん。さっきからちょっとどっか行っちゃって――とりあえず、私達が泊めてもらってるお宅があるから、そこへ行きましょう」
 エミはテネシーの家がる方向を指差して、カーシックを促した。

「カーシック!?」
 テネシー宅に帰ってきて、メイリが最初にあげた一言だった。ドアを開けて目に入ってきたのが、大きい彼だったからだ。
「何であんたここに居んの!?」
 メイリはカーシックを指差して思わず大声をあげる。カーシックは苦笑いをしながら頭を掻く。そして事情を説明した。
「――ふーん。じゃあ自分のための資料収集も兼ねてるんだ」
「はい」

 それ以降その日は何もすることなく時は過ぎていった。この村に再び列車の汽笛が響き渡った。この汽笛は夕刻を知らせる。丁度日も落ちてきて、先程まで青かった空は赤みを帯びてきていた。
「皆さん、只今帰りました」
 その声と同時に、テネシーが帰宅した。彼女は先程汽笛を鳴らした列車に乗って帰って来たようだ。片手には、帰る途中に購入した食材の入った手提げ袋を提げていた。家の中からはいつもは何も聞こえるはずはないが、今日は三人のお客が居る。いや、彼女にとっては娘、息子のような気がしてならなかった。聞こえてくる、おかえり――という声の中に、聞きなれない声が一つあった。それは四番目に聞こえてきた。
「テネシーさん」
 ダイニングに座っていたエミが、呼びかけた。
「さっき新しく私達の友達が着たんですけど、泊めてもらっていいですか?」
 エミは申し訳無さそうに言ったが、テネシーにとっては歓迎だった。たくさんの子供たちに囲まれることは、彼女にとって幸せだったからだ。その時、奥の扉から大きな人間がずいっと現れた。
「こ、こんばんは。カ、カーシックといいます」
「きゃあ」
 突然現れた大男に、テネシーは思わず驚いて声を上げてしまった。そしてこの小さな悲鳴に、カーシックは慌てふためき、冷や汗が止まらなくなった。
「テネシーさん、大丈夫ですよ。カーシック君はトーラーって世界から来た子で――」
 エミが慌てて説明をするなか、テネシーは自力で平静を取り戻した。
「ええ、そ、そうね。エミちゃんたちのお友達だものね。驚いたら失礼だわ」
 落ち着きを取り戻すとすぐに自分を諌めた彼女は、カーシックのほうに笑顔を向けた。
「ごめんなさい。私はテネシーと言います。カーシック君……だったかしら?」
「はい、あ、あの済みません、突然お邪魔してしまって」
 頭を下げながら申し訳無さそうにするカーシックに、とんでもない――とテネシーは否定する。
「私は歓迎しますよ。人は多いほうが楽しいですもの」
 テネシーは再びにこりと笑いかけた。カーシックもそれにつられて笑った。テネシーは、さて――と一息つくと、食材の入った袋を持ったままキッチンのほうへと向かっていった。

 昨日と同じように雲のやや残る天気。もう昼になろうとしているときに、トオル達は外に出て歩き始めた。まずは精霊たちを見つけなければならない。それは今朝、テネシーからあることを聞いたからである。それは、生前のリシアの一番の親友は精霊たちと、異世界の女性だという話を訊いたからだ。ということは精霊たちから話を聴けば、何か情報を得られるかもしれないということだ。
 外に出て広場に差し掛かると、遠くから人の悲鳴や叫び声が聞こえた。それに気付いた一同は、その方向から一筋の黒煙が上がるのを確認した。
「火事だ」
 トオルがそう呟くと、彼とエミとメイリの三人は、急いで駆け出した。
「ま、待ってくださーい……」
 三人は魔法石の恩恵を受けて凄い速さで駆けていったが、ワープ専用の魔法石しか持っていないカーシックは、並みのスピードで走って行くしかなかった。
 煙が立ち上がるほうへと走ってきた三人は、人だかりが出来ている一角へと着いた。周りの住宅からは少し離れて建っている、一際大きな住宅が燃えていた。するとその家の前で、小太りの男が膝を付いて泣き叫んでいた。
「誰かー! 火を消してくれー!」
 それは紛れも無く、この村の村長だった。躊躇うことなく、火は村長宅を覆っていく。周りの住人は慌しく消防団の手配をしている。村長はただ家の前で泣き叫んでいた。やがて消防団が到着する前に、近所の住民たちが自主的に消火活動を行い始めた。
「中には、村の重要書類があるんだ! 頼む!」
 その声を聞いた住民たちは、なお一層力を入れて消火活動に励んだ。そして消防団の車両のサイレンが聞こえ、消防車が到着したときだった。

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