scene71 恐怖は感じないのか
ファイヤーはゆっくりと口を開いた。
「キルというのは、BE社統長ボート・K・デイトのことだ」
メイリは自分の耳を疑った。BE社統長ボートを殺すために、彼は動いているのだ。犯罪者が、自分を殺した相手に憎悪を覚えるのは当然かもしれないが、彼にはその憎悪と言う感情を超越した気を感じる。キルという人物の正体を知ったことで、ファイヤーは至極当然で、単純な動機で行動していることが分かった。
「キルって……BE社の統長のことだったの……。何だ、ただの逆恨みじゃないの」
「逆恨みじゃねぇ!」
メイリの言ったすぐ後に、ファイヤーは否定の言葉を発した。その大きな声は、まるで村中に響いたのではないかと思うくらいだった。
(殺した相手に復讐に来るなんて、完全な逆恨みしかないじゃないの)
メイリは口に出さずにそう言った。
「全く、ふざけた野郎だぜ。――だけどな」
歩き出してメイリの横を通り過ぎたところで、振り返って微笑う。
「――そういう奴は初めてだ。お前のこと気に入ったぜ」
そう言うと彼は再び体を向き直して、獣道を辿っていった。
「何が気に入った、よ。あんたなんかに気に入られてもこれっぽっちも嬉しくないわ」
姿が見えなくなりそうになっているファイヤーに向かって、わざと聞こえるように大声で言った。ファイヤーはその声には反応せずに、そして見えなくなった。
彼の姿が見えなくなると、途端にその場に張り詰めていた緊張は解け、一同が一斉に溜息をついた。
『お主、奴とよくあれほどの会話がなせるな。儂は目を合わせるだけで精一杯だぞ』
ウォクロスのその言に、そうですか――とだけ返した。
その後精霊たちには、ある疑問が浮かんだ。何故清い心を持っていない者が、我々のことが見えたのか。あの禍々しい気や、精霊たちの感じ取った波長では、彼は清い心の持ち主ではないらしい。ついには、精霊たちの間で議論が始まった。
彼らは様々な可能性や仮説を並べ、正解を探る。しかしなかなか答えまでは行き着かなかった。傍観していたメイリは、彼が憑依した霊体だということを思い出した。伝えなくてはと思い立ち、話しに入ろうとしたとき、一人の精霊がその可能性を口に出した。
『彼自身も、普段は人に見えないもの――ということはありませんか? 見えないもの同士なら見える。余りに単純だけど、そう考えるのもありじゃないかと』
滑舌がよく淀みなく喋る彼は、童顔ながらも背が高く、肌が白かった。
『アリエット、それはどういうことだ?』
炎の精ジナーヴァが強気に返す。
『どういうことも何も、彼も精霊の類じゃないかってこと』
『そりゃおかしいだろ! あいつは完全な人間だったぜ!?』
『いや、どうだろう』
ジナーヴァを遮り、空気の精セリオスが口を挟む。
『確かに彼は見た目人間だが、少々違う気を私は感じたのだけどね』
『儂も対峙したときにそれは思った』
周りもアリエットたちの意見に同調し、次々と頷いていく。ただ水の精ネイフィオだけは頭を傾ける。
『あたし、恐くて隠れてたから分かんなかった……』
少し泣きべそをかきはじめて、草の精ラディーンにあやされる。
『そういえばお嬢さん? あなたは彼とは初対面ではないようだったけど?』
ようやく喋るタイミングが来たと、メイリは口を開く。
「私、ファイヤーの正体知ってますよ」
その言葉を発した途端、精霊たちはかなり驚いた。深く話すべきだと少し前進する。丁度アリエットと近づいて彼の体から冷気を感じ、氷の精霊だということが分かった。
『んだよ。知ってんならさっさと言えよな』
『ジナーヴァ!』
ジナーヴァはラディーンに咎められ、チッと舌打ちをした。
「ファイヤーは、数週間前に殺され霊体となり、人に憑依してるんです」
『奴は霊体であると? しかし姿形はあれは、奴のものではないのか? 儂はそう感じたぞ』
「ええ。真魔石の力によって、憑依すると姿まで再生されるようで……」
真魔石――と、にわかに精霊たちがざわめいた。
『そうか――。真魔石も、酷い奴に持たれたものだ……』
ウォクロスのその口調は、まるで真魔石が生き物であるかのようだった。しかしその扱いはある意味正しいのかもしれない。全世界中で五つしかなく、魔法石の五〇〇倍の力を持っているのだから、尊ばれても不思議ではない。地球に存在するキリスト教で、ロザリオなどがそうであるように。
『ねぇねぇ、それより、あたし気になってることがあるんだけど……』
そう言ってきたのは、昨日広場の噴水前で出会った水の精霊ネイフィオだ。
『あの人の心、穢れきってなかったような気がする』
メイリはその言葉に疑問を感じた。奴の心が穢れきっていないと言うならば、穢れきっていない部分は清い部分なのか。ならばそんなものファイヤーにあるとは到底思えないからだ。
しかしメイリの内心とは裏腹に、その場に居た精霊たち皆が同じことを感じており、ネイフィオの言葉に頷いていた。
(ど、どういうこと――!?)
この事態を飲み込むことが出来ず、メイリは思考が止まらなかった。そしてその思考を繰り返していくうちに、先程の旧ホーリー邸での話が出て来た。
「そうだ、皆さん、聞いてください――」
「あれ? メイリさんがいない?」
目の前に村が迫った頃、エミはメイリが居なくなっていることに気付いた。
「え、本当だ。どこ行ったんだ? ――まあ、あいつならそのうち帰ってくるだろう」
「そうね」
二人がそう思ったのは単に見放しているわけではなく、彼女の強さを見込んで、面倒事に巻き込まれても自力で抜け出す力量があるだろうというところからだった。そしてそのまま二人は、村の中へと戻る。
「でさ、ハウパンドの言ってたリゾート化計画。あれは放っておいてもいいかな?」
「そんなわけないじゃない。全力で阻止しないと」
何でだよ――と振り返って、トオルは不思議そうに尋ねる。
「今は綺麗な土地でも、リゾート地にしてみなよ。観光客はそこら辺にゴミは捨てるだろうし、ホテルとかの排水で川の水とか汚れるのよ」
その話をしている今、綺麗な小川に掛かっている橋を渡る。
「あの人なら、稼ぐだけ稼いで、汚したら汚しっぱなしにしそうよ!」
「そうか――なら、阻止しなきゃなんねぇな」
そして丁度村の広場に差し掛かったところ、噴水の辺りがいささかざわめいていた。そこには村人が数人集まっており、誰かを中心に円になっている。何が起きたんだろうと思いつつ、トオルとエミは駆け寄った。そしてその円の中心に居た人物は、二人を驚かせた。
「カーシック!? どうしてここに!?」
「あ、トオルさん、エミさん、よ、よかった」
驚いて発したその言葉により、彼はトオルに気付いて振り向いた。
「あの、ぼく、来ちゃいました……あはは……」
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