scene70  BAD FEELING

 そこには、大勢の精霊らが群れを成していたのだ。容姿の違う、特徴のある姿の精霊たちが集まっていた。
『あなたは――』
 その中には、村まで誘導してくれた、草木の精霊ラディーンや岩石の精霊ウォクロスの姿もあり、広場で出会った水の精霊ネイフィオの姿もあった。
「ラディーンさん」
 メイリは精霊たちの許へと駆け寄る。
『ラディーン、このお嬢さんは、一体誰だい?』
『そうだぜ。いきなり見慣れない人間が寄って来たんだ』
『セリオス、ジナーヴァ、お主らは少し黙っておれ。娘への説明を先にする』
 声を上げた見慣れない精霊二人が、ウォクロスによって咎められた。声が止んだところで、ラディーンが説明を始める。
「一体何があったんですか? 私は、ただならぬ気配を感じて来たんですけど」
『あなたも感じましたか……。私達もそれで集まっています』
 ここに来て、一層その気配は増した。さらに時が経つごとにその気配は増大していっている。精霊たちがここに集まった理由が分かった。この気の出所が、森の入り口なのだ。
『おい、もういいだろ! こいつは誰なんだよ!』
 逆立っている赤髪が特徴の、見た目十七、八くらいの精霊が声を上げた。服の隙間から見える腹筋は、いかにも鍛えられていそうだった。
『ジナーヴァ』
 ラディーンは彼のほうを見てそう言った。この精霊の名前はジナーヴァと言うらしい。
『彼女は都会からやって来た、清い心の持ち主よ』
『え、都会から来て!?』
 ジナーヴァはその言葉を聴いて、相当驚いている様子だった。都会から来る人間が清い心を持っているのは、珍しいことなのかもしれない。
『そうですか。なら、僕たちは警戒しなくてもいいのですね?』
『ええ』
 ジナーヴァの後ろから、背の高い痩身の精霊が現れた。顔は美形で、銀の髪も綺麗に整っている。
「この精霊さんは? ラディーンさん」
『彼はセリオス。空気の精よ。さっきのあの赤い髪の子はジナーヴァ。炎の精』
 ジナーヴァが炎の精霊だということは、外見や性格から何となく分かった。精霊は、外見から属性がなんとなく判断できる。ラディーンの葉っぱの髪や、ウォクロスの灰色の肌。ネイフィオは水色の髪に、子供が雨の日に外に出るような恰好をしている。
 そうこうしている間にも、森の奥からする気配は、増す一方だった。それはまるで、強大な魔物がゆっくりと近づいてきているようだった。
(来る――!)
 木々の隙間から、人影らしきものは既に確認できる。向こうからこちらにメイリが居ることは確認できるはずだ。しかしなおも歩調を緩めずに、淡々と近づいてくる。それは、そこに誰が居ようとも気にしないということなのだろうか。日陰と日向の境から、脚が現れた。黒いズボンを穿いたその者は、下のほうから姿が鮮明になっていった。全てが陽に晒されたとき、その場に居た誰もが禍々しい気を浴び、そしてメイリだけはその正体に驚愕していた。
「ファイヤー……!」
 森の出口で立ち止まった彼は、間違いなくファイヤーそのものだった。
「よぉ。偶然だな」
 姿を現した、ただならぬ気配の持ち主に、その場に居た精霊たちはどよめいた。
『人間の気だったのか!?』
『信じられん!』
『有り得ない……こんな――』
 精霊たちは皆、この気配の持ち主が人間であることに、相当のショックを受けているようだ。
 ファイヤーはおもむろに顔を少し空へと傾けると、信じられない一言を発した。
「変わった奴らが居るな」
 その言葉に、その間に居た全員に緊張が走った。視線の先には明らかに、精霊たちの姿があった。ファイヤーは精霊たちの姿が見えるようだった。
『何故、俺たちのことが見える!?』
「何故って言われてもねぇ。――見えるもんは見えるんだから、別にそれでいいじゃねえかよ」
 ファイヤーが現れる前、あの気配の中で唯一平気そうで居たジナーヴァが、ファイヤーと目を合わせて恐怖を感じていた。
(何だ、こいつ! 目を合わせるだけで背筋が凍る!)
 ファイヤーはぷいとジナーヴァから目を外すと、精霊たちを一瞥する。
「人じゃないな。宙に浮いてるし、容姿も変だ。魔法石を使ってるわけじゃねぇ」
 彼は口篭る。するとウォクロスが口を開く。
『お主は何者だ? 清き心を持っておるようには見えぬ。だが何故、わしらのことが見えておるのだ』
「何だ? お前らは普通は見えねえのか? それだったら話が合わねぇな。この女もお前らのことが見えてるじゃねぇか」
『それはこの娘が清き心の持ち主だからだ』
「何だそれ?」
 ファイヤーは始終軽い口調だったが、腕を組んで見下ろしているウォクロスのほうが、額に汗をかいて明らかに疲労していた。
(なんだ、こいつのこの威圧感は。話しておるだけであるのに、空気を奪われておるようだ)
 ウォクロスはそれ以上話すのが辛くなったようで、目を逸らすと少し後ろに下がった。強烈な気に圧倒され、喋ることすら難しい精霊たちは、それから一言も出なくなってしまった。そして今度はメイリが問いかける。
「あんた、今度はここに何しに来たの?」
 ファイヤーは気付いたようにメイリに目を向けると、くつくつと笑い始めた。
「本当に詮索好きだな。それに、単独でここまで俺に強気な奴も初めてだ」
 彼は腹を抱えこむと、メイリの質問にも答えずに笑い始めた。その笑いには、嘲る感じは無かった。
「答えて」
「分かった。分かった。――前にも言ったろ? キルを殺すためだ」
「誰だか知らないけど、人一人殺すために、何故わざわざ世界を移動して、そしてこの村に来るのよ」
 ファイヤーは一瞬黙ると、俯いて頭を掻く。
「――あいつは今どこにいるか分かんねぇんだよ。それで奴を探してるんだ」
「どこに居るか分からない?」
 ああ――と、彼は頷く。
「今は世界を転々としているらしくてな。正確な所在は掴めねぇから、奴の現れそうなところを回ってるんだ」
 その言い方に嘘を言っているような感はなく、正直に話しているようだった。それと同時に、復讐といえどあの大窃盗犯でも、一つの目的のために長期間を費やすひたむきさがあったのだと、意外な一面を垣間見た気がした。
「それに、真魔石一つで殺せるほど、キルは弱かねぇんだよ」
(え!?)
 メイリはその言葉を疑った。真魔石一つ程度で殺せない相手。それ程強い相手なのか。しかし、真魔石で殺せないということは、そのキルという者も真魔石を持っている確率は非常に高い。
「ちょっと、そのキルっていう奴! 真魔石を持ってたりするの!?」
「当たり前じゃねーか。だからこんなに苦労してるんだろ」
 ファイヤーは当然のように切り返す。
「そのキルって誰――!?」
 この唐突な問いに、彼は再び頭を掻いて俯くと、視線だけをメイリに向けた。
「何だ。知らねぇのか。――なら教えてやろうか――?」

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