scene68 女神伝説の少女
「私の家でよかったら泊まってください」
その女性は優しい口調で話しかけてきた。わざわざ家から出て側まで来てくれている。”おばさん”というよりも、”おばさま”という感じだ。
「いいんですか?」
「ええ。一人暮らしだから、人数が多いほうが楽しいし」
女性はその言葉を言うと同時に、とても嬉しそうな顔をしていた。毎日が寂しかったのだろう。
『じゃあ決まり! テネシーさんとこに泊まってね』
ネイフィオは空中から降りてきて笑う。彼女によるとどうやらこの女性はテネシーと言うらしい。気の弱そうな彼女は、深々と一礼する。これに三人も会釈をする。そしてエミはおもむろにネイフィオのほうを向く。
「ネイフィオちゃん。さっきラディーンさんに私達のこと聞いたって言ってたけど、どうやって聞いたの?」
『精霊はね、皆精霊同士でテレパシーが出来るの。それでラディーンに聞いたんだ』
ネイフィオは何故だかとても嬉しそうにしていた。その理由は定かではないが、しきりにエミらのことを確認するので、多分、村の外からやってきた心の清い者が珍しくて仕方が無いのだろう。
「じゃあ早速、私の家に行きましょうか?」
テネシーはにっこりと微笑むと、その身を翻した。
『バイバイ! 次会ったら一緒に遊ぼ!』
「うん」
返事をすると、メイリらは彼女のあとを付いていった。
テネシーの家は他の家より僅かに大きかった。二階建てのその建物は、純粋なイメージを持たせるように白が基調で、白の門構えがそれを際立たせた。
「ひゃー大きい」
メイリは思わず声を上げた。トオルやエミは、自分の家とあまり大きさは変わらないが、メイリにとってこの家は大きいと感じるらしい。辺りを窺いながら、案内されるままに家の中に入った。テネシーはリビングのテーブルに案内する。そして全員座るのを確認すると、キッチンのほうへと歩き出す。
「皆さん夕ご飯はまだでしょう? ちょっと待ってくださいね、今すぐお作りしますから」
彼女は奥の部屋へと入っていった。そしてすぐに食材を切る音が聞こえ始めた。
「なんかテネシーさんてさ、年下に対しても言葉遣いが丁寧じゃない?」
「そういえばそうですね」
メイリはテーブルに身を乗り出して、小さな声で話す。その間もキッチンからは料理をする音が聞こえていた。
「皆さん出来ましたよ」
テネシーの声がすると、次々とテーブルの上に料理が運ばれてきた。エミらが手伝おうとすると、お客様だからと、制止された。結局テーブルの上に並べられた料理は、六品にも及んだ。
「久々のお客様だったから、たくさん作りすぎてしまいましたね」
テネシーは笑って言う。
「テネシーさんって、料理上手なんですね」
「あら、ありがとうございます」
彼女は軽く頭を下げる。
「――ところでテネシーさん。そんなに私達に敬語なんか使わなくていいですよ?」
「あら、すみません。ついクセで」
テネシーは謝っておきながらも、その言葉の中にも敬語が入っていた。横ではトオルが既に料理に手を付けている。
「うまっ! すげぇ美味ぇ! 何これ!?」
「お気に召したようで」
テネシーは笑ってトオルを見やる。
「テネシーさんは、何の仕事をしてる人なんですか? 料理も上手だし、敬語も使うし――」
メイリが尋ねると、彼女は両手を膝の上に置いた。先程の楽しそうな表情から、懐かしげな顔に変わった。
「私は、ホーリーさんのお宅に仕えていた者なの」
ホーリーと言う名は、三人とも全く聞いたことがなかった。そして訊きなおすと、彼女は説明を始めた。
「あなた達は、女神伝説をご存知?」
「はい、それを知ってここに来たんです」
「その伝説の少女の名はリシア・ホーリー。私が仕えていたホーリー家の一人娘さんなの」
この発言に、メイリらは目を見開く。驚きを隠すことは出来なかった。
「え、じゃあ、ということは、女神伝説について詳しいんですか!?」
テネシーはゆっくりと頷く。そして口を開く。
「今この村以外で伝わっている女神伝説は、間違っているの。リシアお嬢様は罪なんか犯していない――」
呟いたその言葉に、メイリらは敏感に反応する。カーシックのところでも聴いた、他世界への伝承の虚偽訂正デモ。当時から今までずっと、この村ではリシアは冤罪で殺されたと訴え続けている。
「この村の名前、メイル・リシアシルファって言うの」
彼女は顔を上げると、ぎこちない笑顔で話題を切り替えた。
「元々はメイル村という名前だったのよ。それがあるきっかけで”リシアシルファ”って付け足されたの」
「あるきっかけって?」
「精霊たちの言葉で”シルファ”というのは、助ける、救う、と言う意味があるの。それで”リシアシルファ――リシアが救った――”と付いたのよ」
つまりこの村は、彼女が救ったからこそ今も存在しているというのである。そこには、彼女に対する揺るぎない信頼と崇拝が含まれている。
ここでトオルが質問する。
「テネシーさん。そのリシアが持っていた真魔石の属性って分かりますか?」
「属性――ねぇ。よく分からないけど、確か”光”だったんじゃないかしら?」
テネシーは手を頬に当てて、記憶を探って答えた。彼女にとってはその程度の思考で済み、他愛も無い労力を消費しただけだ。しかしこの答えは、トオル達にとっては、秘宝の在り処を発見したと同等の価値があった。レイトが提唱した真魔石分散図が一つ埋まるからだ。
(光――。マークルさんの占いではそれはここには無い。レイト君の考え方からだと――)
エミは一通り思考を巡らせた後、テネシーにもう一つ疑問を投げかける。
「その光の真魔石は、今どこにあるんですか?」
テネシーは再び手を頬に当てた。
「それは、BE社の統長に没収されました……」
思わずエミら三人は同時に声を上げた。つまりこれで、二つの謎が解けた。リシアを処刑したのはやはりBE社。光の真魔石の所在は、第一番界セントラルのBE社。占いの結果を元に考証すれば、第一番界に存在している真魔石は、炎と光の二つ。第十九番界トーラーは別物。第三六番界に水か地。そして属性不明のものが無い。これが現時点での推測だ。
しかしメイリの考えは違っていた。
(ここまで情報がはっきりしてきたら、むしろ私の持ってる情報を教えないと、誤った方向に進む恐れがある……)
彼女の持っている情報とは、ファイヤーの蘇生と炎属性の真魔石に所在だ。実際、”無い”と言われている真魔石の属性が炎であるという仮説を立てれば、もう一つ別の推測が立つ。
(私は、どうするべきか――)
情報を提供したことで、自分や周りの身に危険が及ぶ恐れは否定できない。だがしない場合は、迷走するに決まっている。
脳内で右往左往しながらも、今夜は情報を聴きながら、美味しい食事で明日に備えることとした。
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