scene67  精霊の棲む村

「あなたは……一体……」
 エミらは思わず絶句した。
『あなた方は、私達のことを知らずに来たのですね』
 銅像の手前に居るその声の主は、人間ではなかった。姿形は人間の姿をしているが、背中からは羽が生えている。更に髪の毛の変わりに葉っぱがたくさん頭に乗っている。よく見れば背中の白っぽい羽も、薄く緑がかった葉で出来た羽だった。彼女が”私達”と言ったのは、本人の他にまだ居るからなのだろうか。
『私は草木の精霊、ラディーンと言います』
 彼女は礼をする。エミらはただ呆気にとられているだけだった。この姿を見た彼女は、どうやら説明したほうが良さそうですね、と、笑顔を作った。
『この第十四番界フェアリーには、精霊が棲んでいます。そしてその精霊は、心が清い者にしか見えません』
 彼女は胸の前で手を握りながら説明した。この言を聞いて、メイリは言葉を発する。
「じゃああなたがラディーンで、私達は心が清いから見えて、話せるってこと?」
『その通りです』
 ラディーンは再び微笑む。この微笑みは、心を安らかにさせた。すると彼女は言葉を続ける。
『私達の姿が見える方々は、この村の人以外では久しぶりです。――村の中心までご案内いたしましょう』

 草木の精霊ラディーンに連れられて、村への一本道を進んでいった。この間彼女は身体を浮かせたまま、地上の僅か上を平行移動していた。宙に浮くのだ、まさに精霊だ。魔法石を持っていても、自然の理に背くことは出来ない。出来たとしてもそれは真魔石くらいだろう。
 村の中心部まではそう遠くない距離だ。駅は村の端にあるようだが、集落は確認できる程度の距離だ。目測で一、二キロメートルというところだろう。その間も周りの景色は殆ど変わらなかった。両脇とも巨大な牧場が支配していた。そして三方を囲む巨大な山脈。村に行く途中、ラディーンはこの村について色々なことを教えてくれた。人口が一〇〇人に満たないこと。一方だけ山が無くて、その先は未開の地であること。精霊は他にもたくさん居ること。
 そして途中、前方に人影が見えた。
「お、あれは、村人かな?」
『いいえ、あの方は岩石の精霊、ウォクロスです』
 すぐさまラディーンは返答する。徐々に近づいて姿がはっきりしてくると、精霊であることが分かった。彼もこちらに気付いたらしく、視線を向ける。そして一行は、彼の前で立ち止まる。
『なんだラディーン、こやつらは? 一緒に行動しておるところを見ると、儂らのことが見えておるようだな』
『ええ。村の外から来たの。余りに久しぶりだったから、案内しようと思って』
 ウォクロスの外見は、ラディーンよりも人間に似ていたが、身体の色が灰色で、瞳もそうだった。だが流石に身体が石で出来ているということではなさそうだ。筋肉がしっかり付いたような身体をしており、背も高かった。鋭い目をしており、一見恐そうだが、瞳はとても優しそうだった。
『そうか、ならばここからは儂が案内しよう』
 ラディーンはこれを了承し、案内人――もとい案内精霊はウォクロスに変わった。

 ウォクロスは喋り方はかなり年上に聞こえるが、見た目は人間で言うと三十代だ。大きな背中に付いて行きながら、暫く沈黙が続いた。どうやら彼はあまり喋らないタイプなのかもしれない。この沈黙に耐えかね、メイリが質問する。
「ウォクロスさんは幾つなんですか?」
『”いくつ”とは?』
 振り向かずに真面目な声で聞き返してきたウォクロスに、メイリは一瞬躊躇する。
「えーと、何歳ですか?」
『齢のことか。もう細かいことは覚えてはおらぬが、この地に生まれてから三〇〇年は過ぎた』
「三〇〇年!?」
 三人は声を合わせる。ウォクロスは静止して振り返る。だがなおも表情は崩さない。
『何をそれほど驚く?』
 メイリらが驚いている理由を、彼は本当に分かっていないようだった。

 やがて集落に着くと、ウォクロスは三人の許から去っていった。ラディーンによるとこの村の人口は一〇〇人に満たないと言う。それを証明するかのように、人影を殆ど見かけない。空が暗くなった所為もあるが、都会に比べると街灯というものが極端に少ない。ここでエミが重要なことを思い出す。
「そうだ、この村に宿なんかあるのかな?」
 トオルとメイリも、気付いたように顔を見合わせる。入り口付近で立ち止まっていても仕方が無いので、とにかく歩を進めることにした。砂利だった道は石畳に変わり、家々は西洋を感じさせた。やがて集落の中心部であろうところに辿り着いた。そこは大きな広場になっており、中心には大きな噴水があった。そしてその中心部にも、駅のロータリーにあったものと同じ銅像があった。
「これ、駅にあったものと同じだわ」
「え、これ、駅にもあったのか? 見てねーや」
 二人がそれを見上げている間、メイリは広場の周りの家や店を見回す。まだ日が沈んだばかりだというのに、既に店は閉まっている。家の窓からは明かりが漏れているが、窓の外を見る様子はない。漂ってくる料理の匂いから夕食時だと分かるので、今訪ねるのは失礼に当たる。そして視線を銅像に戻そうとすると、視界の端に人影が映った。慌ててそこに、視線を戻すと噴水の縁に座っている少女と目が合った。
「あ、私達村の外から来たんだけど、どこか泊まるところ無いかな?」
 優しい口調でそう話すと、少女は一瞬驚いた顔を見せ、そしてすぐに叫んだ。
『え!? あたしのことが見えるの!?』
「そりゃ、見えるけど……?」
 その少女はそう言った途端、目を閉じてやや顔を上げた。トオルらも先程の少女の声に気付いてこちらを見ている。少女はすぐに目を開くと、にかっと笑って再びメイリに話しかける。
『あたし、水の精霊のネイフィオ。よろしくね』
「え、精霊!?」
『うん、そうだよ。今ラディーンに訊いた。村人以外であたし達のことが見える人達だよね』
 メイリも笑ってそうだよ、と答える。
 ネイフィオは見た目はまだ幼い少女のようだった。彼女はウォクロスよりもさらに人間の姿に似ていた。フリルのたくさん付いた水色のワンピースを着ていて、ショートヘアの髪には、花飾りをしていた。
『泊まるところ探してるんだったよね。ならあたしが探してあげる』
「本当に!? ありがとう」
 メイリが礼を言うと、どういたしまして、と宙に浮き上がった。地上数メートルのところで静止すると、大きな声で叫んだ。
『皆ー! お客さんだよー!』
 精霊というくらいなのだからどれほど凄い方法で探すのかと思いきや、かなり古典的な方法であることに驚いて、かなりの近所迷惑であるところまで三人の頭は回らなかった。その直後、数件の家の窓が開く。
「ネイフィオ、もう夜だ。静かにしないか」
『だって、本当にお客さんだもん』
 そう言って彼女はトオルらを指差す。窓から彼女を見上げていた住人らは、一斉に三人のほうに視線を向ける。すると皆が声を上げた。
『あの子達、精霊が見えるみたい。そんでね、泊まるところがなくて困ってるんだって』
 また住人は声を上げる。そこへ一人の女性が名乗り出た。

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