この日は朝から気持ちよく晴れた。空には雲一つなく、太陽が意気揚々と光を放っていた。 「そろそろ行く?」 トオルらはホテルのレストランで、遅めの朝食を摂っているところだった。異世界向けのホテルのため、料理まで大きいということは無い。四人掛けのテーブルを囲む三人の他には、客は一組だけだった。 「そうね。そろそろいいかもしれないわ」 既に食事は摂り終わった。食事中も、次に行く世界のことを話し合った。準備は全て整った。 「じゃ、行こう」 「おっす、ちっちゃいの」 商店の店主が、トオルらに向かって手を振っている。三人はそれに応える。いつかディプラーという巨漢を倒してから、一気に街の有名人になっていた。時には気前のいい人が物をくれたりした。今日は緊張しているのを、ことごとく感じ取られていく。すぐ心配そうに声を掛けてくる人も居た。 「有名人てのも、困ったもんね」 「本当ですね。何か後ろめたい気分がしますね」 だが行かなければならない。それは決定事項だ。 「なんか、ここに居た時間が凄く長かったような気がするな」 トオルの呟きにエミが、そうね、と頷く。実際にここに居た時間は三日かその程度だ。この三日間にあらゆる出来事があり、濃密な日々を過ごした。中身の詰まったこの三日間は、彼らにとっては一週間くらいに感じられた。 ワープポイントに着くと、今までとは違って迷うことなく、次の行き先の第十四番界フェアリーを選択した。 ワープすると、急に世界が狭く感じられた。これは前に居たトーラーで、大きいものに慣れてしまったせいだろう。建物を出ると、近代的なビル群が立ち並んでいた。しかしそれはセントラルを想像させるようなものではなく、曲線を主とした建物が多かった。 「うわー。綺麗」 ワープした先はフェアリーの中枢都市クリミセル。町全体がパステルカラーで彩られている。その為か町全体が輝いているように見えた。 「本当。何か、”きらびやか”って感じ」 エミとメイリは街の美しさに暫し見とれていたが、その二人をトオルは呆れながら見ていた。トオルはその分野には然程興味は無く、”美しい”という言葉は、彼にとってはサッカーの試合での素晴らしいプレーに対しての言葉でしかなかった。 「早く行こうぜ」 「ええ――」 エミは頷きながらも、終始景色に見とれていた。トオルは再び息を吐くとメイリのほうを見る。メイリも同じだ。 「俺、一人で行っちまうぜ?」 「いいよ」 思わずよろめく。しかしエミとメイリも、ここで油を売っているわけにもいかないことは分かっている。きりのいいところで観察を止め、歩を進める。 既に行くところは決まっていた。目的地は、女神伝説のある田舎の村。文献には村の名前や場所などは記されておらず、そればかりはここに来てから調べるつもりで居た。この世界ではインターネットは全地域に普及している。しかし三人の中でパソコンを扱える者はおらず、結局は人に尋ねるしかなかった。 「済みません、お尋ねしてもよろしいですか?」 「何ですか?」 「女神伝説のある村ってどこにあるんですか?」 エミの問いに対し、優しそうなおばさんは、優しく答えてくれた。 「ええ、それなら、メイル・リシアシルファって村よ。そこの駅の駅員さんに訊けば、行き方を教えてくれるわよ」 ゆったりと喋りながら、すぐ側にある地下鉄の駅へ続く階段を指差す。エミはお礼をいい会釈した。 仕入れた情報を元に三人は、地下鉄の駅に下り、駅員に尋ねる。彼の話によれば、この駅から四つ先の駅で、そこからローカル列車に乗り換えて五駅先のところらしい。ここからは半日掛かると言う。エミらは早速列車に乗り込み、乗換駅へと向かった。 「えー、嘘ぉー!」 時刻表を確認したメイリが思わず声を上げた。その時刻表には、三時間に一つの割合で数字が書かれていた。 「なんで一日に四本しか電車走ってないのよ。絶対ありえない!」 駅員に言われたとおりの駅で降り、ローカル列車の駅へと向かうとそこは閑散としたところだった。第十四番界フェアリーでは珍しく、自動改札口の駅だった。三人はそれに何も違和感を覚えなかったが、これだけ文明が発達している都市で、切符を通さなければならない駅は珍しい。大抵は電子切符を持っているだけで素通りできる改札だからだ。 「メイリさん、列車、いつ来るんですか?」 「えーと――、一番近いのが十三時二十四分のだって」 今度はエミとトオルが声を上げた。 「それって十分前じゃねーか。じゃああと三時間も待たないといけないのかよ」 「――は? 何言ってんの? こんだけ本数が少ないんだから、三〇分くらい遅れるのは当たり前じゃないの」 この返答にトオルは疑問を顔に表した。いくら田舎のほうへ通じる列車だといっても、時刻がずれることは有り得ない。トオルが考えていると、メイリが言葉を付け足す。 「列車が時刻表どおりに来るなんてところ、日本くらいしかないわ」 この言葉にトオルはますます首を傾げる。どういう意味を持っているのか、彼には理解できなかったようだ。その隣でエミが閃いたように頷いて、メイリに尋ねた。 「メイリさん、どこの出身なんですか?」 「私? 私は中国の生まれだけど……ああ、エミちゃんたちは日本の生まれなんだ」 「ちょっと待て、メイリが中国出身だって言うのは置いといて、列車の話はどうなった」 この言葉にエミは一度溜息を付くと、時刻表どおりに列車が運行される国は日本くらいしかないことをトオルに教えた。そして最後に、世界のことに興味が無いんだから――と、やや呆れ気味に付け加えた。 すると丁度列車の汽笛が聞こえてきた。見ると開けた草原の向こうに、小さく列車の影が確認できた。 駅の入り口側には都会の景色が続くのが見えるが、駅構内に入ってしまうと見渡す限りの草原だ。緩やかな起伏があり、ところどころに木々や、家々が見える。それはとても穏やかで、心を落ち着かせた。そしてその視界を遮るかのように、列車が目の前に停車した。 先頭が機械車両で、客車が二両連なっていた。外見からはローカル列車独特の雰囲気が漂い、スピードの遅さもそれを増長させた。中には思ったよりも多くの人が乗っていたが、その殆どがこの駅で下車した。そしてトオルらはそれを確認すると、列車に乗り込んだ。 列車に乗り込んで車内を見回すと、残った乗客は十数人程度だった。そして大音量の音楽が聞こえてきた。客車の中は、二人掛けの座席が向かい合わせになっている。この車両の一番奥からその音は聞こえていた。扉付近からその音源のラジオは確認できたが、持ち主は手前の座席から後頭部だけが見えていて、顔は確認できなかった。 「間も無く発車致します」 車内放送があり、トオルらは適当な座席に着いた。この車両には十数人しか乗っているが、後部車両は全く人が乗っていない様子だった。何故なのか、理由は分からない。しかしこんなに騒音の酷い車両に居るくらいなら、後ろの車両に移ったほうが、幾分か落ち着くはずだ。 「ママー」 近くの座席から幼い男の子の声がした。母親との会話で、二両目は貸切車両だと言うことが分かった。まだ乗車していないため、まだ立ち入り禁止のようだ。 (にしても、うるさいわね) エミとメイリはこのような、他人の迷惑を顧みない者は嫌いだった。丁度お互いに不快感を顔に表したとき、おもむろにトオルが立ち上がった。