scene64  潜入 グラウンドアーサー -後編-

 まるで巨大な蛇に睨まれたかのように、三人の体は硬直した。ボートの強烈な威圧感に、動くことが出来ない。
(何だ、この男の迫力は――……)
 ボートはトオルの目の前で止まる。
「子供は外に出ておいてください。このような場面を、見るもんじゃありませんよ?」
 口調は穏やかだったが、彼が近づくごとに空気が重たくなってくる。明らかに意識している。
「さあ――」
 ドアは開けっ放しだ。だがいくら促しても脚は動かない。帰れと言われなくても、彼がこちらを見たときに感じたオーラで、すぐにこの場に居たくなくなったのは事実だ。体が硬直しているのをボートは察したのか、少し笑う。
「では、私が帰してあげましょう」
 ボートは胸の前に手を持ってくると、猫を追い払うような動きをする。彼が一回手を払うと、尋常じゃないほどの気で体が飛ばされた。本来眼に見えない、感じないものだが、彼の場合は違った。手を払った瞬間、熱を持った靄が大量に吹き込んでくる。トオルらが部屋の外に投げ出されたのを確認すると、ボートはドアを閉じる。その瞬間、三人の背筋からは大量の冷や汗が流れ出た。
(何なんだ、あの気は……)
「ボート・K・デート、BE社統長。噂では、地上最強の魔法石を持ってるって――」
 山積みされたダンボールに寄りかかっているメイリが、小さな声で説明する。彼女の額にも大粒の汗が流れ出ていた。立てた右膝を抱え込み、少し怯えた風だった。
「地上最強の魔法石……」
 つまり、存在する魔法石の中では最強だということ。賞金稼ぎとして、数多の魔法石所持者と戦ってきたメイリでさえこれ程の戦慄を感じるということは、ボートの持っているであろう魔法石は、相当強力なものであることが予想できる。いや、確実に持っているだろう。生身であれ程の迫力を生み出せるものが実際に居るだろうか。

 外で待っている数分の間、中の様子は全く分からず、もどかしい時間を過ごした。するとドアが開き、数名のBE社の派遣員と、連行されるブリックが姿を現した。トオルらはここでようやく、何故BE社の者が居るのかを考え、そしてすぐに、ディユーシュの遺体を発見したものが通報して、捜査の手が及んだのだろうと予測した。最後に出て来たのは、統長、ボートだった。
 彼が出て来た瞬間、身構えたが、今の彼からは気が放出されていなかった。
「ボ、ボート――統長……」
 恐る恐るトオルが話しかける。相手は世界に名を轟かせる大企業の、BE社のトップだ。いくら図太いトオルでも引けを取る。
「――何だい?」
 ボートは笑顔で応える。しかし、その含みを持たせたような笑顔が、逆に不気味だった。これ以上、敬語で話すことが苦手なトオルに話し続けさせて、無礼を言っては申し訳ないと、エミが続きを引き継ぐ。彼女も寒気を感じていた。
「ボート統長。お、教えていただけませんか? ブリックが持っていたのは、魔法石だったのですか?」
 先程浴びた気迫による震えが、まだ止まってなく、強張った表情をすることしか出来なかった。ボートは返答する。
「ああ、魔法石だったよ。極めて強力なね。かなり上級の魔法石だったよ」
 この言葉にエミら三人は肩を落とす。カーシックの提供してくれた情報は間違っていたのか。彼が嘘を言うはずはない。かなり上級の魔法石だったならば、間違った情報が流れたのも考えられる。
 疲弊している三人を見下ろすボート。頭の中に一つの記憶が蘇っていた。
 ――黒髪で長髪、青髪で長身、茶髪の女の子、子供三人さ――。
 いつか第三一番界タロットスに行って、マークルに占ってもらった時に訊いた、真魔石を探している輩の特徴だ。
(黒髪で長髪、茶髪の女子。この二人は一致しているが、青髪で長身の代わりに、マジェンタの髪の女子――)
 ボートは暫く考える。
(先程、ブリックが持っていたのは魔法石だったかと聞いた。それは奴がそれを持っていると前提しての問い。まさか真魔石を探している輩というのは……)
 何も情報が無い状態で、ブリックの魔法石について尋ねるのであれば、ブリックは魔法石を持っていたのですか、と、尋ねるのが普通だ。エミの尋ね方は、所持を前提としている。しかしここで彼女が、真魔石を持っていたのか――と、訊かなかったのは、邪魔が入るといけないという考えからだった。
(そうか、この輩か。何だ、この程度の者なら、妨害する必要も無い)
 ボートは背を向け、歩きながら三人に向かって言葉を吐いた。
「余り首を突っ込むと、善悪の使者が現れるぞ――」
 その言葉は三人に届いたが、咀嚼しようとはしなかった。それは理解する間も無く、脳裏に刻まれた。

 精神を落ち着けた後、三人はカーシックの自宅へ訪れた。
「あ、皆さん。ど、どうでした?」
 トオルは首を振る。するとカーシックは、そうですか、と、肩を落とした。
「す、済みません。ぼくの情報が間違って、いたのでしょうか……?」
 カーシックは、不安を顔に浮かべている。
「気にすんな。お前のせいじゃねぇ。どうやら魔法石の中でも上級のものだったらしい。間違えてもしかたねぇ」
 トオルのこの言葉で、カーシックは若干肩の荷が下りた。そしてすぐに言葉を切り返す。
「あの、ところで、これからどうするんですか? ……し、真魔石では無かったですし……」
 この言葉に全員が黙り込んだ。確証のある情報が間違っていた。これはもうこの世界には、真魔石が無いということを意味しないだろうか。占いの結果は刻一刻と変わっていくもの、とマークルも言っていた。
「トオル、エミちゃん、別の世界に行ってみよう」
 沈黙を破ったのはメイリの一言だった。トオルもエミも、この状況を打破するのは、その言葉かここに残るかのどちらかだと分かっていながら、口に出せないでいたのだ。
「メイリさん、何を! まだ分からないじゃないですか」
 反論に意味は無く、同意にも根拠が無いことは、エミは分かっていた。
「俺、賛成」
 トオルは小さく手を上げる。これを見てエミは抵抗をやめた。その様子をメイリは確認する。
「じゃ、今日でこの世界は最後。決定ね」
 この言葉に二人は頷く。その側で、カーシックは寂しそうな顔をしていた。彼にとっては、数少ない友達だ。それが目の前で明日、異世界へ去ることが決まったのだ。旅を応援する気持ちと、行かないで欲しいという気持ちが混在している。
「カーシック」
 突然トオルに呼びかけられ、驚いてそちらへ向く。するとトオルは、笑ってこちらを見ていた。
「俺がおごる。外に飯食いに行こうぜ」
「――は、はい!」
 カーシックは満面の笑みを浮かべた。

 陽は既に落ちきり、辺りは暗くなった。トオル、エミ、メイリの三人はホテルに戻り、一つの部屋に集まった。カーシックと遊んでいたときの笑顔とは程遠く、その目は物事を真剣に考えているようだった。その通り、三人はこれから、次に行く世界のことについて話していた。
「とりあえず、前に決めたとおり、次に行く世界は第十四番界フェアリーね」
 エミの言にトオルらは頷く。普段なら行き先を決めてそれで終わりなのだが、今回はそうじゃない。今までは新たな世界へ着いてから何をするか決めていたが、今度は行く前に目的を決め、円滑に旅を進めようという魂胆だった。かと言っても、フェアリーについての情報は乏しく、話し合いにならない。だが三人は強引にでも仮定を持ってきて、それで決着させた。
 マークルの占いに寄るとその世界には真魔石は無い。しかし、女神伝説の文献を読み、そこへ行くことが決まった。目的のものが無いにしても、女神伝説の少女が真魔石を持っていたという事実に変わりは無い。ゴールに行き着くための標識程度はあるだろう。それを見つける。今回の目的はそれだ。

<<<   >>>