scene62 潜入 グラウンドアーサー -前編-
真魔石を手に入れること、ディユーシュの敵討ち。二つの使命を担ったトオルらは、今度は堂々とグラウンドアーサーのアジトの前までやってきた。学校の体育館のようなその建物は、一見すると二階建てのようだった。一階の正面玄関前にやってきたが、見張りなどはなく、誰もやってこない。
「随分警備が薄いな。このまま入っても大丈夫かな?」
トオルは取っ手に手を掛け、ゆっくりと扉を押す。だがてっきり思い込んでいた、警報装置などは鳴らず、すんなりと建物の中に入ることが出来た。これ程容易だと、逆にこちらの動向が把握されているのではないかと、心配になってくる。
玄関の前は広いロビーになっていた。受付の窓からは、電灯の光が漏れている。物音がした。人が居る。
「どうする? このまま突っ切るしかないかしら?」
ロビーにはこの受付の前を通る道しかなく、その奥で通路が二手に分かれていた。
「だな、でも、なるべく静かに行こうぜ」
素早く駆け出し、受付の前を走り抜ける。人は一人しか居なく、その瞬間は後ろを向いていたようで、気付かれずに通り抜けることが出来た。しかしここで安心してはいけない。左右に分かれる通路の、どちらを行くかだ。少し迷っていると、両方の通路から声が聞こえた。咄嗟に、受付からも、通路の向こう側からも見えない位置まで後退する。三人はロビーの出口付近から、動けなくなってしまった。
(どうする……?)
三人共、この状況を切り抜ける手段を考えたが、策は見つからない。
「誰だ!」
両側の通路から出て来た組員に見つかり、そう叫ばれると受付からも組員が飛び出してきた。通路からやってきた組員の中には、ディユーシュを殺害した犯人のメンバーも居た。
「こいつら! ディユーシュの現場に居たガキだ! 尾けてきやがってたか」
(仕方ねーな)
この状況になったからには、もう手段は一つしかない。
「行くぜ、エミ、メイリ!」
「OK!」
「あんたに言われなくても行くわ!」
トオルとメイリは組員の群れに飛び出す。三人を取り囲んだ十余名の、二メートルを超える大男達。力尽くで突破しなければ、こちらがやられる。エミはもと居た場所から動かないでいる。
メイリはトンファを具現化すると、一人の組員に向かって攻撃を加える。すると組員は数メートル飛ばされた。しかしその男はよろめきながらも立ち上がる。
(私の力でこの大男と戦うと、どうやら私のほうが力が無いらしいね)
剣を具現化したトオルは、一人の男に突進し、それを振りかぶった。だが、何故かそこで動きが一瞬止まった。その隙を見逃さなかった組員は、トオルの腹に強烈な一撃を加えた。思わず腹を抱えて後退る。
「トオル、何やってんのよ!」
エミの声にも、トオルは苦しくて返事が出来なかった。トオルの手が一瞬止まったのは、思い出したからだ。あの日、牛を斬った感触を。体勢を立て直そうとしたが、相手がその間を与えるはずも無く、目の前まで迫ってきて足を上げていた。このまま蹴られれば、爪先は顔面に当たるだろう。その時だった。
「インサイドディフェンド」
その声と共に、トオルの周りに薄青の透明の膜が張られた。トオルを蹴り上げようとした組員はそこに足をぶつけ、かなり痛がっている。
「エミ……」
「私の魔法石、バリエティフィルムの力。主に防御用で、用途に応じて応用可能」
「サンキュ、助かった」
トオルは立ち上がって、剣を消す。
「こいつら、全員魔法石を使えるのか――」
組員は三人を見据える。
「うぐっ!」
また一人、倒れる音がした。メイリが三人目を倒したのだ。
「トオル、やられてないで、さっさと手伝ってよ!」
「分ーかったって」
そう言うとトオルは、タロットスのときに編み出した、サッカーボールを具現化した。そしてエミがバリアを解くと、トオルはすぐさまボールを蹴りこんだ。猛烈な速度で宙を走るボールは、一人の組員の顔に突き刺さると、男は十メートル余り飛び、壁にぶつかる。
「ナイスシュート」
独白して、引き寄せたボールを足元で弄ぶ。そしてにやりとする。
「さあ、これからだぜ」
トオルはボールを蹴りこんだ。
ロビーには男達が倒れこんでいた。黒い服を着たその全員が気絶していた。
「よっし、終わり。行こうぜ」
「途中倒れたくせに、自分で片付けたような言い方しないでよね」
「ははは」
実際倒した人数は半々くらいだ。エミは傍観していただけだが、防御用の魔法石なので仕方が無い。
派手な戦いをしたこともあって、いつここに人が来るかも分からない。早急にこの場を離れる必要があった。しかし通路は二手に分かれている。
「よし、左だ!」
「何言ってんのよ! 右でしょ!」
トオルとメイリはどちらに行くかでもめていた。
「どっちから行っても同じだったりとかしない?」
エミの言葉に二人の動きは止まる。
「それマジか?」
「うーん、多分……」
「じゃあ右に行きましょう」
「何言ってんだ、だったら左でいいじゃねぇか」
再び二人の口論が始まった。すると後ろから声がした。皆気絶してるはずと振り向くと確かに全員気絶していたが、声がしてたのは、その組員が所持している無線機からだった。
「応答せよ、応答せよ。くっそ、ロビーか!?」
間も無く人がやってくる。その状況は確定した。一刻の猶予も無く、口論している場合などではない。
じゃあ右に行こう、とメイリは促す。トオルはエミを見ると、彼女も頷いた。
「じゃあ右だ」
トオルも渋々納得して、三人は右の道を走り始めた。
結局エミの推測通り、左右に分かれた通路は奥で合流していた。人が三人並ぶのがやっとなこの通路を走っていても、組員に遭うことは無かった。途中に個室へ続くような分岐を通り過ぎた。組員の大半はそこにいるのだとしたら、今まで殆ど組員と遭遇しなかったのが、合点が行く。通路合流後すぐにある角を曲がると、二階へ上がる階段が目に入った。
「よし、やっと二階へ上がれるぜ」
ここからは走るのを止め、歩いて階段を上る。いつ誰が襲ってくるか分からないからだ。特に階段は、非常に戦いづらい場所であり、普段から使い慣れている者であればあるほど、動きやすさが変わってくる場所でもあるからだ。
しかしここも何事も無く二階へ上がりきった。ここまで何も無いことが逆に不気味だった。二階のフロアへ入るには、ドアを抜けないといけないらしいが、はめ込んである擦りガラスの向こうには、番をしているであろう人影がくっきりと見えていた。
「ここは、一気に突破するしかないようね」
最後尾のメイリが小声で言う。確かに外開きのこのドアを、向こう側に凭れかかっている組員に気付かれずに通ることは不可能だった。
「じゃあ俺が思い切り蹴り飛ばすぜ。そしたら即、戦闘だ」
先頭のトオルが伝えると、エミもメイリも頷いた。
トオルは二歩下がると、少し反動を付け、思い切りドアを蹴り飛ばした。
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