scene61  突き刺さる衝撃

「し、真魔石の!?」
「はい、とりあえず上がってください」
 三人はカーシックに促されるままに家に上がる。彼の母親が、いらっしゃい――と、再び息子の友人が訪れたことで嬉々としている。
 カーシックの部屋に入ると、エミの紹介もほどほどに、早速真魔石についての情報を聴きに掛かる。
「で、カーシック。どんな話だ?」
 カーシックは間を取る。この間が期待を更に増幅させる。
「この世界に、真魔石があります――」
 三人は一斉に目を見開いた。確実にあるという情報が、初めて手に入った。今まで不確かな中捜索してきて、ここでようやく裏付けが取れた。彼はマークルの行った占いを知らない。連絡手段も無いから彼自身が聞いたことはまず無い。お互いに知らない中で同じ情報が出た、これは確証だ。
「場所まで分かるか?」
「ええ、分かりますよ」
 そう言うとカーシックは机の上のメモを手に取る。
「所持者は、闇取引組織グラウンドアーサー社長、ブリック」
 三人はその名前には聞き覚えは無い。その様子を察したカーシックは、淡々と説明を始める。
「この組織はドラッグの闇取引が主な活動です。他にも諸々と小物を取り引きしていますが、主要物はドラッグです。他にも取引の仲介業もやっていたりします。表向きは普通の企業と変わりませんが、店舗に納入されるはず製品の一部を偽物と入れ替え、本物は裏ルートで売買していたりもします」
「カーシック君、何でそこまで分かっているのに、そんな業者が存在しているの?」
「それは、この第十九番界トーラーでは、公正取引法違反の罪は現行犯でしか立件出来ないんです」
 エミの問いに答えると、一呼吸置いて、話を続ける。
「この組織の特徴は、上下共に黒い服、二重丸の社章」
 あ――と、エミが声を上げる。
「どうしたんだ? エミ」
「あいつら、あいつらの入ってった建物にそのマークがあったわ」
 トオルらは一斉に声を上げた。トオルとメイリも驚いているが、それ以上に驚いていたのがカーシックだった。
「グラウンドアーサーの社屋の所在を知っているんですか!?」
 三人は黙ったまま深く頷く。カーシックがこれ程までに驚いたのには訳があった。グラウンドアーサーが検挙されないもう一つの理由。それは、本部の所在が明確でないこと。今まで様々な憶測が氾濫し、真の所在が割り出されていなかった。それに一つ一つ調査していくには、手間も資金も掛かりすぎたのだ。
「ディユーシュさんがそいつらに殺されて、私達が追っていたったら二重丸のマークの描いてある看板がぶら下がった建物に入っていったの」
「ディユーシュさんが!? え、追って、え。た、建物を!?」
 そのエミの言葉に、カーシックは二度も三度も驚かされた。最初にどれから問い質すべきか迷って、ディユーシュの話題を選ぶ。
「ディユーシュさんが、殺されたんですか……?」
「ええ、私達の前で胸を打たれてね。トオルがすぐに追いかけてったから、私もエミちゃんと一緒に追ったのよ」
 カーシックは、グラウンドアーサーの所在が判明したことよりも、ディユーシュが殺されたことにショックを受けていた。黙ったままカーシックは立ち上がり、部屋の隅にあるテレビの電源を入れに行った。机の椅子に帰って来るときにトオルが覗くと、彼の顔は蒼白としていた。
 テレビでは緊急特別報道番組をやっていた。ニュースキャスターはディユーシュの事務所の前で、慌しくリポートを続けていた。その背後では野次馬が事務所を包囲している。更にその隙間から、BE社の派遣員が現場検証を行っているのが見えた。
「ディユーシュさん……」
 カーシックは顔を伏せる。ニュースキャスターも幾度も、ディユーシュの功績や人柄を伝えていた。それに寄ると彼は、とても民に慕われていたようだ。カーシックの今の状態を見ても分かる。家の奥のリビングからはすすり泣く声が聞こえている。カーシックの母親だろう。功績を伝えるキャスターは、貧困者への支援制度を確立したのはディユーシュだ、と、伝えていた。
「――皆さん、犯人を追ったんですよね……?」
「ああ」
 カーシックのその時の声は、いつもよりトーンが低かった。
「そしてそのアジトには、二重丸の社章があったんですよね? エミさん」
「ええ」
「間違いなくそれは、グラウンドアーサーのアジトです」
 カーシックは顔を上げることなくそこまで言うと、すっと立ち上がり、本棚から一冊のファイルを取り出してばらばらとページをめくる。そして一枚の写真を取り出して、トオルに手渡した。そこには一人の男が写っていた。
「その男が、社長のブリックです」
 カーシックはようやく顔を上げた。その写真に写っている男は、体躯もよく、強面だった。
「皆さんは真魔石を探して旅をしているんですよね。ならば実力があると見込んでお願いします。どうか、ブリックを、捕らえてください」
 カーシックは椅子から下りて、平伏する。
「カーシック君、そこまでしなくていいって」
「い、いえ、ここまでしなきゃ……ならないんです」
 その時の口調は、いつもの彼に戻っていた。
「これは多分、この街の人全員の願いです。ぼくが代わりに頭を下げます。足りないかもしれませんが、是非――」
 トオルはカーシックの肩を軽く叩く。
「やってやるよ」
「ほ、本当ですか!?」
 カーシックは頭を上げる。
「やるさ。ブリックは真魔石を持ってる。俺らの目的も、皆の望みも、そいつなんだ」
「ありがとうご、ございます」
 トオルはカーシックに起きるように促す。
「ところでカーシック、そのディユーシュって人は、グラウンドアーサーの秘密でも握ってたの?」
「え?」
 メイリの問いにカーシックは首を傾げる。だがすぐに思い立ったようで、手を打つ。
「ディユーシュさんが施行させた法律の中に、仲介税制定法というものがあります。それでいくらかの損失は被ったかもしれません」
 カーシックは再び鋭い口調になり、それのことについて説明を始めた。
 ――要は、製造業から販売業までの会社の間に問屋があり、それの他にも仲介屋というものがあった。安く品物を仕入れることが出来るのは問屋だが、とても手続きが面倒くさく、しばしば愚痴が聞かれた。しかし仲介屋というのはやや関税は高いが、面倒な手続きは不要で、サイン一つで納入、仕入れが出来る。その仲介屋が設定できる税の割合を定めた法律が、仲介税制定法だということだ――。
「それがどうかしたんですか?」
「うん、グラウンドアーサーの連中、ディユーシュさんから何かの書類を持って逃げたから」
 書類をですか――と、カーシックは首を傾げる。
「ということは、その中にグラウンドアーサーの仲介税制定法に違反した、証明書でも入っているんじゃないかと思ったわけですね? ――充分考えられます」
 前触れなく、トオルが立ち上がる。
「早くそのブリックのとこ行こうぜ」
 エミとメイリも黙って立ち上がる。カーシックは落ち着きがなくなっていた。
「み、皆さん、もう行くんです……か?」
「当たり前だ。このままだとBE社に先越されるだろう。その前に真魔石を手に入れなきゃならねぇ」
 カーシックはトオルを見つめたままでいる。はっと我に返ったのか、立ち上がって三人を見送る。
「気を付けてくださいね」
「ああ。――済んだらもっかいここ寄るぜ」
 はい、と頷いて、カーシックはアパートの階段を降りる三人を見送った。

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