scene60  理由は無いけど

 エミが先導して歩き、暫くしてディユーシュの事務所に到着する。三人は自動ドアを抜けて中に入る。そして一番に目に入ってきたのは、そこには不自然な二人組だった。いや、不自然どころではない。彼らの一方は今、拳銃をディユーシュに向けている。
「お前らも動くな!」
 低い声で言われ、三人の体は硬直した。突然目に入ってきた状況を理解できず、ただ状況を把握するのが先決だった。一方ディユーシュはゆっくりと視線を、来訪者に向けて目を見開く。見覚えのある少女が一人居たからだ。
「君達、早く逃げなさい!」
「おーっと、逃げたらお前らもどうなるか分からないぜ?」
 ディユーシュの叫び声に間髪入れず発されたその言葉に、その場を動くことは出来なくなった。そして拳銃を持っている男は、対象に話し掛ける。
「さあ、教えてもらおうか。書類はどこだ?」
「そんなもん知らん」
「この期に及んで、まだそんなことを言うか。――丁度いい。場所を話さなかったら、あのガキどもの命も無いぜ?」
 そう言って男は、銃口をゆっくりと三人のほうに向けた。
「何を言っておる! あの子らは関係ないじゃろうが」
 すると奥の扉から、仲間と思われる男がもう一人出て来た。
「あったぜ、机の引き出しだった!」
 その男の手に握られた茶封筒を確認してにやりとすると、男はディユーシュに向き直す。
「もう用はねぇや。内容も知ってるし、お前には死んでもらう。じゃあな」
 男は引き金に手を掛けた。その目には全然躊躇う様子は映らず、日常的に人を殺している風であった。そして静かな音が耳に聞こえた。ディユーシュの胸には穴が開き、大量の血が溢れてきた。
「いくぞ! お前ら!」
「え、ガキはどうするんですかぃ?」
「放っておけ! 内容を知らないんだ!」
 ディユーシュを殺した男はカウンターを飛び越えて、事務所を出て行く。残り二人もそれに続いた。ディユーシュの生死の確認をする必要はなかった。心臓を打ち抜かれていて、もう微動だにしない。
「あいつら!」
 途端、トオルは三人組の男を追って走り出した。
「トオル!」
 エミとメイリは、急いでトオルの後を追う。

 トオルは何も考えずに追っていた。ただ、捕まえたい、そういう気持ちが支配していた。レイトの時も、同じ気持ちだったのかもしれない。後ろからエミとメイリが追ってきているのが分かった。
「トオル、トオル!」
「何だよ!」
「いいから止まって!」
 犯人から目を離さないように、ゆっくりと減速を開始する。しかし、止まるつもりは全くなかった。追いついてきた二人に走りながら、何だよ、と問う。
「追うなら、気付かれないように追わなきゃ。ばれたらまた何されるか分かんないわよ」
 エミの言わんとしていることは、すぐに分かった。相手に撒いたと思わせて、気付かれないように尾行をする。確かにこのまま追っていても埒が明かない。
 犯人グループが前の角を曲がったところで、その作戦を開始した。わざとそこを通り過ぎ、油断させる。その作戦通り、角の陰から隠れて監視していると、犯人はスピードを落して、ついには歩き出した。まだ辺りを見回してはいるが、トオル達には気付いていない様子だった。
「よっし、作戦成功! あとはあいつらを追って、機を見て捕まえる!」
「バカ」
 握り拳を作った途端にそんなことを言われ、思わず力が緩む。
「捕まえなくてもいいの。潜入先さえ分かれば、あとは色々方法を考えられるでしょ」
 そうか――と、トオルは頷き、犯人らの動向を見て少しずつ歩を進めていく。
 ある程度のところまで追うと、いよいよ人の気配がなくなってきた。余りにも閑散としており、少しの物音でも気付かれそうな、狭い路地だ。そしてその頃だった。一番後ろについているメイリは、ポツリと疑問を漏らした。
「ところで何であいつらを追ってるの?」
 その言葉に、思わず三人は顔を合わせた。そしてエミはトオルのほうを見る。
「あ、いや、何となく……」
 曖昧な動機に思わず声を上げそうになったエミとメイリだが、息を呑んで変わりに大きな溜息をついた。だがここまで追ってきて、途中でやめるわけにはいかない。それにこれをきっかけに、何かの情報を得られるかもしれないと、根拠なく望む。

 追跡を開始して十数分。奥まった路地の、周りが廃工場に囲まれ、袋小路になっている場所に辿り着いた。そこには学校の体育館ほどの、古びた建物があった。犯人の三人組は、そこへ入っていった。
「どうする? 行くか?」
 エミは少し考えて、首を振る。
「やめておきましょう。まだ人数が居そうだわ。私達ではどうしようもないかも」
 トオルとメイリは黙って頷く。
「じゃあどうする? 今から作戦でも考えるのか?」
「いいえ、引き返すのよ」
 トオルは思わず小声で、え、と声を上げる。
「元々私達が彼らを捕らえる理由は無いわ。ディユーシュさんを殺した犯人だけど、それはBE社に居場所を通報すれば済むことだわ」
 その言葉に納得し、トオルとメイリは今まで来た道を逆に辿るために後ろを向く。しかしエミだけは未だ前を向いたまま、どこか一点を見つめている。
「どうしたの?」
 メイリが尋ねると、エミはゆっくりと左手で建物の上部を指差した。それは屋根のへりにぶら下がっていた。適当に拾ってきたような木の板に、手書きで二重丸が描かれていた。一見この建物が使われていた頃の産物かと思ったが、その建物と比べてぶら下げている金具があまりにも新しかった。これは最近付けられたものだと、それから分かった。
 エミはそれを頭に収めると、後ろを向く。
「何でもないよ、行こう」
 うん、と頷いて、メイリも後ろを向く。

 一つ一つの段が高い階段を登り、カーシック家の呼び鈴を押す。すると間髪を入れずカーシックが応対した。
「トオルさん、メイリさん――丁度良かった!」
 用件を言う前に、カーシックが気になる言葉を放つ。酷く慌てた様子で彼は話そうとするが、なかなか舌が回らない。
「何なんだよカーシック。落ち着いて話せ」
 カーシックは手を胸に当てて息を整える。
「――丁度良かった、皆さん。ものすごい情報が手に入りました」
 その時の彼は、舌を噛まない冷静な状態になっていた。この状態になったということは、彼が興味を持つ資料のことについて話し出すということだ。三人は期待しながら次の言葉を待つ。ただエミだけは初対面なため、その性格の変貌ぶりに驚いていた。
「カーシック、その情報を言うって事は、私達にとっても有益ってわけ?」
「はい」
 深く頷くと、口を開く。
「真魔石についての情報が手に入りました――」

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