scene59 入り混じる思案
手紙を一通り読み終わった後、メイリは一足早く部屋に戻った。トオルの許にはエミがまだ残っている。体を投げ出すようにベッドに仰向けになると、じっと天井を見つめる。
(自分から誘っておいて……!)
この言葉の対照は、勿論レイトである。
(それで身が危うくなったら一人で逃げるの!?)
彼はそこには居ないが、その言葉はすぐ傍に居る者に向けて言い放ったような勢いがあった。メイリはそこで考えるのをやめた。既に居なくなった人間に向かって怒鳴りつけるのも、それを自分の頭の中だけで行っていることも、ばからしくなったからだ。
暫くそうしていると、次第にレイトへの侮蔑が込み上げてきた。
(私の見込みは違っていたの? あいつは、あの程度の奴だったのね)
体を起こしたところに丁度、エミが帰ってきた。
「何か話してたの?」
エミにそう尋ねると、彼女は軽くうん、と頷く。
「今後、レイト君を探すか、真魔石探しを続けるか――」
「そんなの、真魔石のほうに決まってるじゃない」
メイリが半ば無責任に言葉を言い放つ。エミは、そう決まった――とだけ返した。すると急に声音が軽くなり、エミは質問を投げかけた。
「メイリさん、他の世界のこと、知ってますか?」
唐突な質問に、え、としか言葉が出なかったが、少し間を空けて口を開く。
「し、知らないわ。ほら、言ったじゃない。機械操作がダメで、ワープしたことが無いって」
「あ、そうか――」
「それがどうかしたの?」
エミは化粧台の椅子に座ってから、メイリを向いた。
「大きな問題ですよ。レイト君が居なくなって、私達のグループに三八界に詳しい人が居なくなったんですよ」
メイリははっとする。そういえばそうだ。ここに居る三人は皆地球から来た”漂流者”なのだから。単純に考えれば、大した問題ではない。全員言葉は喋られるし、エミとメイリは字も読める。異世界に行っても特徴を知る手段はいくらでもある。
だが、文明が未発達な場所はいいとして、高い文明を持つ世界はどうだろうか。第一番界セントラルには居住経験はあるものの、そこでも知ってるのは生きていく上での必要最小限。トオルとエミは、ユカやレイトに依存していた。それにメイリは、賞金稼ぎとして活動するための知識しかない。高度文明での掟やしきたり、表社会での生き方を知らない。レイトの離脱は、思った以上に厄介な問題を残していた。
ドアをノックする音が聞こえた。トオルの入室の許可を求める声がしたので、それに応えた。入ってきた途端、話しかける。
「どうする、マジで。この世界と、次に行く予定の十四番界はいいとして。マークルの占いではもっと文明が発達したとこにも行かなきゃなんねーし」
三人は黙り込んだ。
一人でワープを終えたレイトは、ワープポイントを出て、遠くを見やる。巨大なビル群が視界に入ってくる。ここは第一番界セントラルだ。
(今頃皆、何をしているんだろうか。本当にいけないことをしたな)
ゆっくり歩き出し、セントラルシティの中枢へ向かう。その足取りはいつもより速かった。今は共に行動する仲間は居ない。誰の速さにも合わせる必要は無い。二、三週間一緒だっただけだが、彼の中ではそれが当たり前になっていた。そして突然途切れた。自己の離脱によって。
(あの時はそう思ってなかったのに。本当に――マークルさんの占い通りになってしまったな)
マークルの許を訪れたとき、彼女がレイトを占った結果。――そう遠くない未来、あんたは自ら孤独を選ぶときが来る――。当初レイトは、こんなことはあり得ないと考えていた。しかし、現実は当たっている。改めて彼女の偉大さを感じる。
(これが当たるんだ。トオル達なら真魔石を見つけられるだろう……)
一息つく。
(今生の別れだ。皆……)
陽が傾き始めている都会は、高層ビルの窓に反射した陽光が、眩しく照らしていた。
「カーシック!」
突然上がったメイリの声に、トオルとエミは驚いて思わずのけぞる。メイリは手を打っている。
「トオル、カーシックなら、三八界のことをよく知ってると思うんだけど」
「でもあいつは連れて行けるのか? ワールドリンクトラベルの資格を持ってるのか?」
メイリは軽く首を横に振る。そしてゆっくり立ち上がる。
「行けなくてもいいの。問題は世界の知識でしょ? 情報だけ聞けば、別に連れて行かなくても問題ないでしょ」
そうか――と、トオルは頷く。そこにエミが、カーシックが一体誰なのかを尋ねてくる。それに対してはトオルが説明した。
「ほら、ここに来たとき、ワープポイントの前で俺とぶつかったでっかい奴」
ああ、と、エミは思い出す。
「けど何でその子に訊くの?」
「別行動したとき、俺らが女神伝説の話を仕入れてきたろ。あれはあいつが教えてくれたんだ。あのようだと、他にもいろいろ詳しく知ってそうだ」
カーシックの部屋にあった資料は、三メートル程もありそうな本棚を三台埋め尽くしていた。あれだけの量があれば、様々な世界についての情報があるはずだ。
その場で、カーシックの自宅へ向かうことが決定した。しかし外は未だ雨が降り続いている。それは勢いが衰えず、雷も先程鳴った。この日のうちに行くのは、相手にとっても迷惑になるので、日を改めていくことも、その場で決まった。
翌日は、昨夜の雨が嘘のように雲ひとつない天気となった。前日に決めたとおり、カーシックの自宅を訪ねることになった。
お昼時が過ぎた頃、カーシックの自宅へ向かうため、三人はホテルを出る。初日に二手に分かれた三叉路に差し掛かると、そこでエミが提案する。
「ねえ、トオル、メイリさん。ディユーシュって人のところに寄っていかない?」
突然の行き先変更を提起するエミに、二人はただ、え、と返すしかなかった。
「あの日、私とレイト君でその人に会いに行ったんだけど、その時からなのよ、ちょっとおかしくなったのは」
「何かあったのか?」
「うん。話を聞いてるとき、ディユーシュさんが誰かの名前を言ったら、レイト君、いきなり風起こしたのよ。で、私は外で待ってて、って……」
明らかに不可思議な行動だった。誰かの名を喋った途端に風を起こしたということならば、その人物について調べれば何か分かるかもしれない。
「エミ、その名前って分かるか?」
「ううん。覚えてない」
そうか――と、トオルは呟く。
「んじゃあとりあえず、そのディユーシュって人のとこに行ってみようよ」
メイリの言葉にトオルとエミは頷き、急遽行き先を変更した。先にディユーシュの事務所に寄り、その後カーシックを訪ねることとなった。カーシックの自宅は道を左に曲がる。だが今はディユーシュの事務所へ行く。その分岐路を右に曲がった。
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