scene58  Separation

(いや、いねぇってのは本当かも知れねぇ)
 簡単なコンピューターぐらいなら、腕時計サイズのものを持ち運び出来るのは当たり前の、第一番界セントラル。勿論通信機能も付いている。ただ地球にあった電話と変わりのないものが主流だ。それは、例え文明がいくら進歩したとはいえ、離れた相手と連絡を取るのは、声さえ届けばいいという考えがあるからだ。確かにそれ以上のものでも、相手の顔が見える画面くらいしか必要ない。要するに通信に関しては、地球と大差はないのだ。
 その電話を、ある男はいま切ったところだった。
(というかその方が現実味がある。この状況であいつがのうのうとここに、とどまり続けることのほうが不思議だ)
 ある程度頭の中で道筋を組み立て、そして頷く。
「間違いねぇ。あいつは探しに出たんだ。俺の真魔石を」
 金色の髪に赤い眼。首からは真紅に輝く鉱石。この外見の特徴を満たす者は、この世界には恐らく彼だけだろう。数週間前、BE社統長、ボート・K・デイトによって殺害された連続窃盗犯、ファイヤー・エドウェイズ。
「こうなったら、片っ端から異世界に行ってみるしかねぇな」
 真魔石を持つ者は、ワープポイントではないところからでも、ペナルティなしでワープできる。
(そういや初めてだな。異世界に行くのは)
 こうして世紀の大泥棒ファイヤーは、初めてこの世界から姿を消した。

 数日前、トオル達以外に、異世界から訪れたものが居た。彼は驚くほどの巨躯であったが、その世界の雑踏に紛れると、何ら違和感はなかった。BE社統長、ボート。彼の背の高さは常軌を逸脱していたが、第十九番界トーラーにさえくれば、周りよりちょっと頭が飛び出るだけ。たまに居る長身、その程度のものしかなかった。
(まさかこの世界に真魔石が存在するとはな。私の出身世界に――)
 先日、第三一番界タロットスでのナンバーワン占い師、マークルに占ってもらった結果、真魔石はこの世界に存在すると言う結果が出た。
(私の他に真魔石を探しているという輩。まさか先を越されるということは無かろうが、急ぐに越したことは無い。そして、どんな莫迦者どもか、確かめておく必要もある)
 ボートは真っ先にあるところへ向かった。それは、BE社のトーラー支部であった。BE社はセントラルだけにとどまらず、多世界に渡って事業を展開している。しかし別に多方面の業界に手を出しているわけではない。あくまで犯罪者撃退組織として、展開している。

 突然訪れた統長に、BE社トーラー支部は混乱した。この会社の中では、神に等しく尊崇すべき存在だった。統長が現れたことは、緊急時の連絡を伝えるときよりも早く、社内全体に伝わった。そしてどんな時よりも早く社員全員が、ボートの居る一階に集まった。ものの数分という時間だった。
「素早いな。良い部署だ」
「お褒めに預かり光栄です!」
 同じフロアに集まった社員約二〇〇名が、一斉にボートに向かって頭を垂れる。
「本日は、どのようなご用件で?」
 支部長が、ボートに圧倒されながら言う。ボートはそちらのほうをちらりと見やり、薄く笑みを浮かべる。
「指令だ。この世界のどこかにある真魔石を捜索せよ。なお、この任務は、一般市民及び、異世界のBE関係者にも漏らしてはならない」
 全員に伝わるような大きな声が響いた後、フロアにはどよめきが起こった。この指令は、完全にトーラー支部の秘密任務だ。BE社員でも、トーラー支部の者以外に内容を話してはならないというのは、前代未聞だった。
「機密を漏らした者は、即刻処刑する。慎重に行動せよ」
 この言葉によって、更に任務の機密性、重要度が上がる。これは各々の派遣員に重大なプレッシャーを与えたが、裏を返してチャンスと思うもの多数居た。
(さあ、これで大丈夫だろう。真魔石の先取については問題ない)
 後は人相の確認か――と、口の中で呟く。その対象とは、彼のほかにも真魔石を探しているという、少年少女の三人組のことだった。ボートは既にこの施設に用は無いが、支部長に案内されて、最高級応接室に通された。

 ワープポイントからホテルにトオル達が戻って、濡れた体を拭く暇も無く、エミとメイリの二人はトオルに詰め寄る。
「トオル、レイトはどうしたの! どこかに一人で行ってしまったわけ!?」
「教えてよ。私達は何も知らないんだから」
 怒りと戸惑いが入り混じった二人の顔が、トオルの目に大きく映る。早々に説明したほうがいいと判断し、トオルはレイトが書いた手紙を見せる。それを受け取った二人は、それに目を通す。
「レイトは、一人でどこかへ行った。行き先は俺も知らない。あいつは――独りでワープした」
 二人が手紙を読んでいる間に、そのことを話す。目を向けると、二人の顔色が明らかに変わっているのが分かった。トオルは文句のラッシュのために、心構えをした。しかし手紙を読み終えた感じの二人からは、何の反応も無かった。あまり状況を理解していない風だった。
「行かなきゃいけないとこって? あいつ、何を考えてるのかさっぱり分からない」
 メイリは口を開いたが、エミは黙ったままだった。その手紙の内容に、トオルは補足する。
「俺達が見かけた、賭博場での傷害事件。あの犯人がレイトらしいんだ」
 二人は揃って驚く顔をした。
「その時、殆どの奴に意識があって、多数に顔を見られた。捕まるのも時間の問題だから、さっさとこの世界を離れたい、だとよ」
「それであいつ、行き先は言わなかったの?」
「さっき言ったろ。俺も何も聞いてない。ちょっと出てくるっつって、ワープしちまった」
 メイリはそれには反論しなかった。いや、トオルに何を言っても意味がないと、何も言わなかったのだろう。トオルはまだ何か言おうとしたが、何故か言葉が出てこなかった。だが、ここは言わないでもよかったところだ、と心の中で頷く。
「私、ちょっと部屋戻る」
「メイリ」
 トオルの呼びかけにも応えず、メイリはそそくさと部屋を出て行ってしまった。残ったエミは、トオルの顔を見た。
「これからどうするの?」
「え?」
「これから。――レイト君が居なくなって、私達はどうするの? レイト君を探すの? それとも、真魔石のほうを優先するの?」
 何気ない疑問だが、現状では一番大きな問題だった。一人で消えたレイト。真魔石。トオル達にとっては、どちらも不可欠なものだった。急いで帰るために、早く真魔石を手に入れなければならない。しかし、レイトがいない今、三八界を熟知しているナビゲーターを失くしたことになる。トオル、エミ、メイリ。全員地球から訪れた者。特にトオルとエミは、こちらに来てまだ一ヶ月も経っていない。
「これから……。俺は――」
 トオルは考え込んで黙ってしまった。エミはトオルの横に座る。トオルの体は濡れていて、座り込んだベッドの掛け布団も水を吸っていた。何を考え込んでいるかは分からないが、とりあえず何か声を掛けようと、エミが口を開いたときだった。
「行こう」
「――ど、どこへ?」
「真魔石探しに――」
 突然の決定に一瞬戸惑ったが、すぐに冷静を取り戻す。
(そっちを優先するのね。やっぱり――)
 やはり自分達が元の居場所へ帰ることが優先かと、エミがそう考えていた。だがトオルの言葉はまだ続いた。
「あいつは、絶対戻ってくる」
 エミは顔を上げる。
「確かにまだ仲間になって二週間ぐらいだ。深みを知ることは無理だけど、それでも、考え方や性格を知るには、充分な時間だ。レイトは帰ってくる。敵に対しては容赦しねぇが、仲間は絶対裏切らない」
 言って顔に薄く笑みを浮かべる。その表情を見て、エミは安心する。
(落ち込んでない。そうよね。トオルは、精神がしっかりしてるから――。……でも”かたき”って一体?)
 一つの単語に疑問を感じながらも、その場は気にしない振りをした。

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