scene56  レイトの過去 -後編-

 目覚めるとそこには、叔父のノゲイラの顔があった。
「ノゲイラ……叔父さん……」
「レイト、目が覚めたかい?」
 消え入るようなその声を、彼は拾って答えてくれた。改めて周りを確認すると、そこは病室のようだった。体中が重くて、起き上がろうとも考えなかった。
「お父さんと、お母さんは……?」
「……――元気だよ。今は一旦お家に帰っているんだ」
 一瞬ノゲイラは暗い表情を見せたが、作ったような笑顔で返答する。レイトはそれは嘘だと分かった。目の前で斬られてここに居ないのなら、死んだに違いない。本当なら凄く悲しい筈なのに、冷静にそう考えることが出来た。
「そうそうレイト。君のズボンのポケットに入っていたものだ」
 そういうとノゲイラは、握った手を差し出す。いつかと同じように手を皿状にして、落ちてきた青い石を受け取る。その輝きは変わることなく、両親が帰って来たようで暖かかった。
「それは魔法石と言うんだ」
 魔法石? ――と首を傾げる。ノゲイラはそこそこ知識のある人物だった。
「特殊な力を与えてくれるんだ。常識じゃ考えられないようなね。――それは非常に高価なものでもあるんだよ。マルクスとルリカさんは相当、君のために苦労してそれを託したんだろう。それを常に持っているといい。怪我の回復も早まる」
 この人は話す相手が大人であろうと子供であろうと、言葉の言い回しは変えない人だった。そのため小さいレイトには少々難しかったが、不思議と理解できた。
(僕のために、お父さんと、お母さんが――)
 途端に涙が溢れてきた。両親の自分に対する愛情が、これほどまで強いものだったとは。ここに来てようやく、両親の死という現実の悲しみを感じた。しかし、ここで出て来た涙は、両親に対する慈しみのものではなかった。
(それなのに、あいつは――あの大男は!!)
 この涙は悔しさだった。両親を守れなかった自分を、愚かにも姿を現し、むざむざ斬られてしまった自分を責め、かけがえの無い両親を失った悔しさ。そして、その犯人に、何も出来なかったこと――。
(絶対、絶対、――復讐してやる!!!)
 大粒の涙が零れ落ちる。ノゲイラは悲しみの涙だと思い、必死にレイトをなだめるが、それは彼の耳には届かなかった。
「叔父さん!」
 突然叫ぶレイトに一瞬驚いたが、すぐに身を乗り出して、ノゲイラは、何だ? ――と聞き返す。
「これ、どうやって使うの?」
 少し戸惑うノゲイラは、ようやく言葉にする。
「ごめんよ。叔父さんはそれの使い方までは知らない。そこは誰か詳しい人に聞かないと――」
 無情な言葉を聴いたレイト。それでも心は挫けなかった。その時、心に誓ったのだった。
(必ず、あの男の正体を掴んで……――殺してやる!)

 皮製の鞄の持ち手が切れるような音がした。しかしそこに鞄など無い。人が一人立っている。十五歳になったレイトだった。
「次は、ドゴール・シーバイスのところか」
 そう呟く彼の顔には、飛び散った血痕が付いていた。この血は彼のものではない。それでは一体誰のものか。それは、彼の足下に横たわっている人のものだろう。その既に息絶えている彼の、右腕は肘から先が無い。なくなったその部分は、別のところに落ちていた。先程の何かが切れたような音は、腕を引きちぎられた音のようだった。腕からは大量の血が流れ出ているが、致命傷は恐らく胸の刺し傷だろう。
 レイトの殺人は、これで三人目。初めて人を殺めたのは、魔法石の使い方を修得してから数ヵ月後だった。
 彼のやり方はこうだ。両親の犯人と関係のある人物を当たり、脅して関係のある人物の名前を聞き出す。その後、口封じに殺害。この頃はまだ知名度もなく、簡単に聞き出すことは出来なかったが、人間とは自分の命が一番惜しい。傷を負わせ殺意があることを示せば、雪崩の如く喋りだす。そのような犯行を繰り返していくうち、どこから情報が漏れたのか、賞金首リストに名前が載った。この事件は彼を不安にさせたが、別段生活に支障が出るなどは無かった。逆に情報の詰問が楽になった。ある程度名が知れれば、相手も無駄な抵抗は一切せず、レイトの手を煩わせることなく情報を入手できた。その後情報提供者は命乞いをするが、勿論そこで殺害される。
「セールメント家の者だ」
 そう言えば、裏に通じている大抵の人間は、背筋を凍らせる。気が付けば初犯から二年が経ち、十七歳になり、懸賞金も二億二〇〇〇万に達していた。

「早く、医者を呼べ!」
「BE社に通報を!」
 朝、隣人が、いつもはする隣からの料理の音が無いことに気付き、いつも朝食の準備をするルリカの具合でも悪くなったのかと、セールメント家を尋ねたのがきっかけで、三人の無残な姿が発見された。それから村は一気に騒がしくなった。
「おい、レイト君は生きてるぞ! 誰か綺麗な布を持ってきてくれ!」
 不幸中の幸い、一人息子だけは息があった。この幼子を助けるため、村人は尽力した。ある者はタオルを持ってき、ある者は病院まで運ぶための荷車と馬を貸してくれた。村人全員が、子供一人の命を助けた。本来喜ぶべきことなのだが、その”生”が、レイトにとってストレスとなって圧し掛かってきた。
「一人だけ生き残って、可哀想に――」
「両親が亡くなって、子供一人残されるなんて――」
 勿論皆、レイトの行く末を案じているのだが、レイトにはそう聞こえなかった。”一緒にお父さんやお母さんのところに行けばよかったのに”、”何で一人だけ生き残ってるんだ”。レイトには、こうしか聞こえなかった。皆、自分も一緒に死んでしまえばいいんだ、と。
 レイトに師匠など居なかった。魔法石の使い方は、独学でものにした。それで数年の時間を要した。これでも驚異的なことだ。一般的に魔法石の使用法を独学で修得するには、十年から二十年の訓練が必要だと言われていた。これも早く村を出るため、復讐を果たすために必死でやった結果だ。
 その後村人誰一人にも旨を告げず、深夜のうちにこっそりと村を出た。

 最早何人目になったかは覚えていない。次のターゲットは、第一番界セントラルの、中枢都市セントラルシティ内の最大の自然公園、セントラルパークで選挙演説をしているトリニーノ・トリフ議員。この者の行動は調べた。この演説が終わった後、一人でエレベーターに乗る。そこを狙う。
 丁度彼の演説が終わった。公園から出て行く人々とは全く逆のほうへ、レイトは歩みを進めた。途中、一人誰か振り返ったが、気付かなかった。トリニーノがエレベーターに乗るのを認めると、すぐ後に彼も乗る。そしてドアが閉じようとし、密室が完成する目前だった。
「これ、どこ行くんですか?」
「地下駐車場だよ」
「ほぉ、そうなんだ。俺も乗るよ」
 人前ではもう一人の自分を出すレイト。笑顔で受け答えると、黒髪で長髪の少年は、エレベーターに乗り込んできた。
(あっ……)
 密室は出来上がった。ただ、余分な者が紛れ込んでしまった。
(困ったな、余計な者まで入ってきてしまった。――どうする)
 そしてレイトは、トリニーノを殺した。そして、少年も殺そうとしたとこで地下駐車場に着き、ドアの向こうに人が居たため、逃げた。通報から現場到着までが早いBE社に追いかけられながら、しかし自分を追ってくる少年に捕まった。これが、レイトの人生を変えるきっかけだった。

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