scene53 別行動の意味
翌日、彼女らはやってきた。
「トオルー、レイト君ー」
「エミか、何だ?」
ノックをして部屋に入ってきた彼女は、二人の前で立ち止まる。
「外に訊きに周りましょう」
「ええー」
彼女の提案に間髪を入れず、あからさまに嫌な顔をして、トオルは拒否の姿勢を取る。それに対しエミは一つ溜息を付くと、人差し指を立てて口を開く。
「あのね、私達は一刻も早く帰らなきゃならないのよ。グズグズしてたら時間が経つだけよ」
そりゃそうだけど――と、トオルは言うしかなかった。彼女の説教染みた口調には、――説教もだが――トオルは弱い。対抗しても結局は丸め込まれてしまうからだ。昔はよく抵抗しては返り討ちに遭っていたが、それは分かっていることなので今はもう言葉に従うだけだ。
「へいへい。で、どこで訊くんだ?」
「そうね。昨日はワープポイントから西側しか行ってないから、東側ね」
「そうするか」
そう言いながらトオルは、握った手をかざして伸びをする。そしてそのまま振り向き、レイトに話しかける。
「レイト、行こうぜ」
しかし彼は背を向けたまま何も答えない。先程電源を入れたテレビからは、ニュースの音声が流れている。暫くしてから声が聞こえた。
「トオル、エミちゃん。――セントラルに戻らない?」
レイトの発言に、二人はきょとんとしてしまった。突然何を言い出すのかと。トーラーにやってきてから二日目、まだまだこれからという時だ。
「何言ってんだよレイト」
「そうよ、まだこの世界の真魔石情報は訊きだせてないのよ」
「うん、でも……」
レイトは傍目から見ても元気がない風だった。その理由が、トオルにもエミにも分からない。暫くレイトが押し黙っていると、あるニュースが流れ始めた。
『続いてのニュースです。昨夜未明、エルミック繁華街脇の違法地下賭博場で無差別傷害事件がありました』
それに反応し、レイトは目を見開く。ニュースは続く。
――この賭博場は、閉業したバーの地下で違法で行われていたもので、賭博行為が始まってから少なくとも三ヶ月は経っていると見込まれています。今朝そのバーから通報があり、BE社派遣員が駆けつけてみると、中に居た二三名の男達が血を流して倒れているところを発見しました。中には意識不明の者もおりましたが、全員命に別状はないとのことです。被害者の話によると、突然乱入してきた少年が、無差別に刃物で斬りかかったとのことです――。
ニュースの途中でレイトが口を開く。
「そう、僕はインターネットを使って調べようと思うんだ。だから、手分けしよう」
インターネット? ――と、トオルは頭を傾ける。
「たくさん調べて見つかんなかったじゃんか、この間」
確かに彼は空いた時間を使い、こまめに情報を検索していた。僅かでも真魔石についての情報が掲載されていないか、第十九番界トーラー関連のウェブサイトをいくつも調べたが、真魔石を扱ったサイトの中にも所在のヒントになるような記述は見つからなかった。そしてそれをしっかり、他の三人にも逐一報告していた。
「ああ、うん、もう一度たくさん調べてみようと思ってね」
「ふーん……」
トオルは完全に理解していないながらも相槌を打ち、体をドアのほうに向ける。
「じゃあ、俺らは三人で外探してくるな」
「うん、よろしく頼むね」
レイトは申し訳ない気持ちを持ちながら頷く。
「ちょっとまだー?」
「もう大丈夫ですよ」
ドアの向こうから待ちくたびれたような声で、メイリが音を上げる。エミが丁度ドアを出たところで、メイリは、やっとか――という表情をした。ドアが閉まった後、レイトは来ないのか尋ねている声が聞こえた。
(済まない、皆……)
レイトは俯き加減に歩き出し、部屋を出て行く。このホテルには各部屋にコンピューターは常備されておらず、この世界自体もまだ各家庭にまで普及していないので、専門店へ行く必要があった。
レイトが入った所は、コンピューターが十数台並べられ、カフェも兼業されている店、いわゆるインターネットカフェと言われるところだった。一番奥の席に座り、早速インターネットを接続する。最初に現れるのは検索エンジンサイト。そこに最初に打ち込んだ単語は、”パーチハワードビル”だった。
「済みません、真魔石って知ってますか?」
「何だそれ」
昨日とは違う方向へ向かい、様々な人に聞いても、真魔石に関しての情報は出てこない。それもその筈。今まで広範囲を調べてきたつもりで居るが、実はそうではない。この世界の全てのものが大きいならば、比率だって大きい。人間の一歩の距離も長い。要するに距離までもが数倍。大人と子供では、同じ距離でも掛かる時間が違うのと同じこと。今まで大した範囲は調査できていない。
「駄目だな。全く見つからない」
「この世界広すぎるわよ。あり得なくない?」
ここで三人は方向転換。聞き込みが済んでいるほうへ向かう。もしかしたら、昨日の行動によって、人伝に何か情報が伝わっているかもしれないという、僅かな可能性を思い立ったからだ。
するとやはりと言うべきか、歩くにつれ人が多くなって来た。それは、人から人へ話が伝わった結果。異世界から来た小人が、何かを訊き回っているという噂が人を集めた。その噂通り小人が歩いているのだから、初日以上に周りからの視線を浴びる。そして更に多くの人目に晒される繁華街へと差し掛かった。きらびやかな装飾の店舗が立ち並ぶここでは、大きな人間が視界一杯に入ってくる。
「はぐれんなよ」
「あんたに言われたか無いわよ」
「はい、二人ともはぐれないようにね」
実質エミが主導権を握ってる中、人込みに三人は紛れる。ここまで人が多いと、小さな三人は逆に目立たない。時々すれ違う七、八歳の子供と目線が合うだけだ。暫くすると人並みに流されて、列の際まで追いやられる。
「うわっと」
そしてはじき出されたのは一本の脇道だった。
「逆に出れて良かったかも知れないわね。これだけの人じゃ、聞き込みなんて出来なかったかもしれないわ」
「こっからどうする? 私はこの道行くのは賛成できないけど」
「そうですね。迷ったら大変ですし……」
エミとメイリが相談している時、トオルはそっぽを向いていた。メイリはそれに気付く。
「トオル、何余所見してんの。相談してるんだからあんたも考えてよ!」
「あれ、なんだろうな?」
「は?」
トオルはゆっくりと脇道の奥を指差す。その先には人だかりが出来ている。
「何だろうね。――行ってみようか」
「ああ」
メイリとトオルは駆け出して、群集のほうへ向かう。突然走り出した二人を見て、エミは声を上げる。
「ちょっ、メイリさーん、トオルー!」
こうなったらもう追いかけるしかない。半ば呆れながらも、トオルが発見、メイリが扇動したということは想像が付いた。
現場を取り囲む人々はざわついていた。その現場はまさに、戦時中の病院のようだったからだ。店の奥から次々と出てくる負傷者。立って歩いてくるものは僅か、殆どが担架で運ばれてきた。既に十数名が出てきたが、まだ止む様子はなかった。
「酷いな……」
「誰も死んでねぇのか?」
「全員生存なんて奇跡ね」
それは群集ではなく、野次馬と呼ぶに相応しかった。そこは事件現場。周りから放たれる言葉は、皆被害者の身を案じている。
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