scene50  文献 -女神伝説- レイトの側面

 この世界の特徴通り、その少年の背は高かった。だが、周りと比べると見劣りする。
「あ、お前は……」
 トオルはすぐに気付いた。この世界に来たときに、ワープポイントの出口付近でぶつかった彼だ。
「お前、真魔石知ってんの!?」
「は、はい……」

 それぞれが強大な力を持つ真魔石。それゆえ持つ者に悪意があれば、いかなる災いも起こすことが出来、非常に危険な鉱石である。その為街中で話しにくく、二人は彼の家に招待された。彼の住まいは、お世辞にもいいとは言えないアパートの二階。階段の一段一段が高く、上るのに苦労した。
「あら、いらっしゃい。珍しいわね、お友達を連れてくるなんて。どうぞ上がってくださいな」
 家には優しそうな彼の母親が居た。別に友達と言うわけでも無いのだが、そこは訂正しなくても良い点だ。玄関先にあった靴の大きさに驚きながらも、彼の部屋に入って行く。トオルでさえ足の付かない高さのベッドに座り、彼の話を聞くことにした。
「えっと、まずは……、ぼくの名前はカーシックです。よろしくお願いします」
 丁寧に挨拶をされ、妙に改まった空気になる。
「ああ、俺の名はトオルだ。よろしくな」
「私はメイリです。よろしくね」
 一通り挨拶が済み、トオルとメイリは気になっていたことをカーシックに尋ねる。
「ところでカーシック、お前、幾つだ?」
 この世界は皆が身長が高い。勿論年齢によっては、トオルらと同じくらいの身長の者も居る。だが彼がいじめられるということは、同年代の者より背が低いということになる。
「十四歳ですけど……?」
 トオルとメイリは思わず呆然としてしまった。背の高さからはとても十四歳には見えなかった。しかしこれでも背が低くていじめられると言うのならば、十四歳の平均身長は考えるだけで恐ろしくなる。要らぬ考えはここまでにして、本題に入る。
「ところで、カーシック。真魔石のことを教えてくれ」
「はい」
 いよいよトオルがその言葉を発すると、今までのうろたえてる姿からは想像できないほど、カーシックは落ち着いた。その真剣な眼差しには、迫力さえある。
 すると彼は、座っている机の引き出しから、眼鏡を取り出して掛ける。そして立ち上がると、隣の本棚に向かう。その大きな本棚には、膨大な数の書物が収められていた。中段のバインダーに手を掛け、一気に八冊ほど取り出すと、それを机の上に置く。どうやらこの膨大な量が、全て真魔石のデータらしい。その内の一つを取ってページをめくりだし、あるところで手を止める。そしてそれを二人に渡した。
「そこに女神と言われた少女の話が載っています」
「女神と言われた少女?」
 一体それが、何故真魔石と関係があるのか。疑問を抱きながらも開かれたページを覗き込む。記された日付はつい最近、一年半前だった。
 ――その小さな村を救ったのは、十六歳の少女だった。彼女はある時、真魔石を手に入れた。そこからが女神伝説の始まりであった。当時村では伝染病が流行っていたが、彼女が真魔石に祈ると、たちまちその病は村から消えた。だがそのころから彼女の体は、原因不明の病魔に侵され始めていた。日に日に体調が悪くなっていくにもかかわらず、それを隠し、村人達に力を奉仕し続けた。三日間大雨が続き河川が氾濫を起こしたときも、真魔石の力で太陽を現せさせた。害虫が大量発生して農作物に甚大な被害が出たときも、その生命力を復活させた。しかし彼女は無理が祟り、歩けない体になってしまった。体は痩せ細り、肌の色も徐々に白くなっていった。レッドクロスから優秀な無国籍医師団のメンバーを、彼女の親友が連れてきて診てもらっても、原因は分からなかった。それでも彼女は力を使い、数多の災厄から村を守った。彼女の許へ自ら尋ねれば、小さな怪我でも、力を使い治癒力を向上させた。しかし真魔石取得から三年後、偶然をあたかも自らの力に見せて村人を誘導した、として、処刑された。これは第十四番界フェアリーでの出来事である――。
 読み終わった頃、カーシックが口を開く。
「文献や他界への報道ではそうなってますが、地元では、事実が歪曲されている、と、デモまで起こったそうです」
「実際はどうなの?」
「分かりません。両者の証言は真っ向から対立しています。世界規模で言えば、そちらの文献のほうが支持されています」
 トオルは書類から目を上げる。
「処刑したのは誰なんだ?」
「誰とまでは分かりません。しかし処刑を行えるのはBE社か国家警察のどちらかで、この場合は前者のようです」
 ふーん――と、トオルは再び文献に目を通し始める。そしてメイリは、カーシックの母親が持ってきた大きなティーカップに口を付ける。トオルはもう一通り文献を読み直すと顔を上げる。
「なぁ、これのコピーってくれないかな?」
「はい、構いませんよ。ちょっと待っててください」
 カーシックは立ち上がり、その文献の書類を持って部屋の隅にあるコピー機へ向かう。この世界の文明レベルでは、コピーに関しては地球と同等のようだ。
「あのコピー、レイトにも見せるのね?」
「ああ、三八界について一番詳しいの、あいつだからな」
 いつも一緒に行動している四人の中で、三八界出身なのはレイトだけ。トオル、エミ、メイリは、その三八界に属していない三九番目の世界、地球の出身なのだ。そんなことを話してる間にも、カーシックがコピーした書類を手渡してきた。サンキュー、とその紙を大切にしまいこむ。
「と、とりあえず、情報はそれで全部です……はい」
 見るといつの間にか気の弱いカーシックに戻っていた。どうやら資料に関する話題になると、性格が変わってしまうらしい。眼鏡を外してゆっくりと引き出しにしまう。
「んじゃあ俺らそろそろ行くな」
「あ、そうですか」
 三人とも立ち上がり、カーシックが玄関まで見送りに来る。
「色々と世話になったな、カーシック。また機会があったら会おうぜ」
「カーシック、元気でね」
「はい、またいつか」
 最後に彼は、満面の笑みを浮かべて手を振った。

 レイトらがおばあさんに言われて来た場所は、ディユーシュの事務所。聴くところによると彼は政治家らしい。真魔石情報の所持者が政治家であるならば、上層部からの圧力で事実を揉み消されてしまうのではないかと、それだけが心配である。
「失礼します――」
 自動ドアを通り抜けると、中には一人の男性が居た。
「どちらかな?」
 見た限りとても柔らかそうなプレジデントチェアに座った老人が、椅子の向きを変えて話しかけてきた。前頭部の髪は薄くなっていたが、長い後ろ髪と、立派な白鬚を貯えていた。
「おや、大分小さい子達だね。異世界から来たのかい?」
 ゆったりとした口調で喋る。優しい声をしており、細いが垂れ目が一層それを強調させている。
「はい、お聞きしたいことがありまして」
 二人は中まで足を踏み入れる。彼が手招きをしたからだ。
「ディユーシュさんでよろしいのですよね?」
「ああ、そうじゃよ」
 近くに寄ると、彼の大きさがよく分かる。他の世界では考えられない、この歳にして二メートルを超えているのだから。
「んで、訊きたいこととは何じゃ? 出来る限りのことは答えてあげようと思うが」
 彼が協力的な姿勢を見せたところで、早速レイトは問いを投げかけた。
「真魔石について情報があると伺って来たのですが、何かご存じないですか?」
 その瞬間、ディユーシュの白い眉毛が確かに反応した。レイトはそれを見逃さず、何か知っていると確信した。するとディユーシュは感嘆の声を漏らす。
「ほぉ、若いのに真魔石というものを知っておるのか。なかなか博識じゃの」
 感心したその後、ディユーシュは、知っているよ、と一言こぼして、話を続けた。
「わしも所在までは知らん。だがのわしの友人がポツリとそのことを話したことがあるんじゃよ」
 レイトもエミも、思わず息を飲んだ。その友人が、真魔石の所持者か、少なくともつながりがある可能性があるからだ。
「その友人とはな、クレニケロ――」
 ディユーシュが名前を言った途端に、密室のこのオフィスに強烈な風が舞い起こった。突然の出来事にディユーシュとエミは驚いたが、レイトは冷静だった。そしてエミのほうへ向く。
「ごめんエミちゃん。今のは僕なんだ。――ところで外で待ってくれないかな。僕が一人で内容を聴くから」
「え、でも……」
「お願い」
 レイトの目は、心から物事を頼んでいる目だった。エミは納得しないながらも渋々了承し、事務所の外で待つことにした。エミが建物を出て行くのを確認すると、レイトは再びディユーシュの前に寄って行き、話を聴く態勢になる。
「あのお嬢ちゃんはいいのかね?」
「いいんです。僕一人で聴くので、続けてください」
 ふむ――と右手で長い顎鬚を撫でながら、少々上を見上げて話を続ける。
「彼の名前はクレニケロ。確か政治家のはずじゃ」
 レイトは、はい、と頷く。
「彼は第一番界、セントラルの議員じゃ。あまり表に姿を現さんタイプでの――」
 ――わしに真魔石の話をしてきたのはほんの一週間前じゃ。あ奴がこちらに来て、一緒に飯でも食わんかと誘われたんじゃ。そんでその時にその話が出たんじゃ。奴はわしにこう言った。――真魔石、実物を見たがありゃもの凄いぜ。――
「後にも先にも口にしたのはこの一度きりじゃった」
 レイトは唇を噛み締める。
(間違いない、セントラルの議員が見れる真魔石は、ファイヤーの持っていた炎の真魔石しかない!)
 気持ちが少々昂ってきたの感じ、それを抑えながら訊く。
「あなたはクレニケロさんとは、どういう関係で……?」
「何、わしはただの友人じゃ。以前この世界で会食があって、そこで知り合ったんじゃ」
 彼は嘘を言ってる風ではなく、本当のようだ。しかしレイトが知りたいことはまだあった。それは彼の居場所だ。居場所が分かっていなければ、何も無い状態から情報を探していかなければならなく、アクションを起こすのに時間がかかる。そのことをディユーシュに尋ねる。
「第一番界セントラル、てのはさっき言うたな。セントラルシティのパーチハワードビル。そこに奴の事務所が入ってる筈じゃ」
(パーチハワードビル……)
「ありがとうございます――」

 レイトが事務所を出ると、そこにエミの姿はなかった。それに戸惑っていると。
「わ!」
「わぁぁ!」
 背後から突然大きな声がして、レイトは驚いて思わず大声を上げてしまった。咄嗟に後ろを振り向くと、驚いたような顔のエミが居た。
「ビックリしたぁ。レイト君、思ったより凄く大きな声出すから私まで驚いちゃった」
「あ、ああ……うん、ごめん」
 レイトは赤面しながら謝る。待たせたことと、驚かせたことと、恥ずかしさの三つの意味が篭っていた。レイト自身、驚かされて大声を上げることなんて、小さい頃にあったくらいで、とても滅多にあることではなかった。暫く自分の挙動によって、頬が赤らむ感覚が残った。
「レイト君、トオル達と一旦合流しない? まだお昼も食べてないし」
「そうしようか。別れたところまで戻れば会えるかな」
 二人は、巨大な小物件が並ぶ街並みを、自分が小さくなったかのように錯覚させるこの街を歩いて行く。その途中でエミが、ところで――と、話し始める。
「ディユーシュさんのお話。真魔石について何か分かった? 誰か人の名前言ってたわよね、クレ何とかって」
「いや、あれは違ってた。道で尋ねたおばあさんの言うとおり、真魔石のことは知っていたけれども、所在までは分からなかった」
「そう、残念ね……」
 彼女の声から少し元気が抜けたのが分かり、レイトは申し訳ない気持ちでいっぱいだった。本当は喋るべき内容なのだが、彼はエミに、ディユーシュから聴いた情報を教えようとはしなかった。

「レイトー! エミー!」
 二組に分かれた三叉路には、既にトオルとメイリが待っていた。
「トオル、こっちは収穫無しだった。そっちは何か分かった?」
「へっ、飛び切りいいのを見つけたぜ」
 トオルは腰に手を当てて、少々威張った風を見せる。
「レイト、そろそろお昼食べない? いいお店見つけたのよ」
 レイトは頷くと、メイリが見つけたという店に行く。この世界にある店なのだから、大きいお店なのだろう。

 昼食時には、カーシックから貰った情報によって、この世界の次は第十四番界に行くことを決めた。昼食後はこの世界にある真魔石情報を求めて探し回ったが、一向に見つかる気配がなく、この日の聞き込みは一旦打ち切り、途中から観光になっていた。
 陽が落ちて、別世界出身者向けの宿泊施設に泊まることになった。
「んじゃレイト、俺は先に寝るぜ」
「うん、お休み」
 時間は二二時四十分。空は雲一つなく、色とりどりの惑星が見える。セントラルには月と言うものがないが、惑星達が照らす光、いわゆる”星光”が地上を映し出す。電気を消して、それが微かに差し込んでくる部屋。窓の縁に寄りかかって空を見上げるレイト。それは心が落ち着いているのではなく、昂っているからだった。星を仰げば心も落ち着く。そう思ったが全然そうではない。
(クレニケロ、パーチハワードビル。名前と居場所は絶対に忘れない)
 レイトは思い出していた。トオルと初めて出会ったあの日、彼の目の前で人を殺した。殺したのは、その日立会演説会をやっていた議員だった。
(間違いない。トリニーノの言っていた名前だ――)
 このようなことを考えてばかりで、気持ちは落ち着くどころか、益々昂っていく一方だ。
(外に出よう。夜風を浴びて、――これなら気持ちも落ち着くかも……)
 レイトは既に眠りに落ちたトオルを横目に、静かに部屋を出て行った。

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