scene48  全てのものが大きい

「さあ、行こうか」
「オッケー」
 二人は立ち上がり、隣の部屋をノックする。ドアはすぐに開き、中から少女が出てくる。
「出発ね」

 時刻は朝の十時。昨日はあれから休んだ。昨日の話し合いで決まったことは、次の行き先は第十九番界トーラーであること。持ちうる情報から導き出せる、最善の選択肢。他の選択肢は、不確定要素が多かった。
 第十九番界トーラーは、その名の通り、”背が高い”がキーワードである。三八界では、名前で特徴の分かる世界がいくつもある。第十二番界スモーラーは、その名の通り”小さい”である。トーラーとは逆の特徴を持っている。他にも、第二五番界サニー”雨が無い”、第二六番界レイニー”晴れが無い”など、先の例と同じように、対極の特徴を持った世界も数パターン存在する。
 第十九番界トーラーの正確な特徴は、全てのものが大きい、ことである。

 今までに何度か訪れているワープポイント。この施設は、殆ど使用された形跡が無い。セントラルシティだけでも六ヶ所のワープポイントが存在するが、使用頻度は一週間にどれかが一回使われるだけと言っても、過言ではないだろう。それほどワールドトラベラーは少ない。
「第十九番界トーラーっと」
 いつもの手順で、レイトが操作をし終える。
「にしてもメイリさん、ワールドリンクトラベルの資格を持ってるんなら、何でそれでレイト君たちを追わなかったんです?」
 ワープ直前のエミの唐突な質問により、メイリは集中力を途切れさせられる。彼女は一瞬考えて、顔を背ける。
「き、機械とかって、苦手なのよ……」
 顔を向こうへ向けながら喋ったのは、恐らく照れ隠しなのだろう。そうなんですか――と、エミは笑う。
「さあ、行こうか。設定は終わったよ」
 レイトの声に反応し皆は目を閉じ、集中する。最早この程度は出来て当然。世界番号の数字が小さいほど文明が発達している三八界で、一番を持つセントラル。ここまで来ると機械はかなり優秀である。大した集中も要らずに、ワープすることが出来る。最初は十一秒掛かったワープも、今では四秒だ。

 ワープ機械は高性能が故、ワープ時の衝撃が無いため、いつ到着したかが分からない。到着したら合図の音が鳴る。
 高音の細い音が鳴ると、眼を開ける。そこはもう、移動先の世界だ。
「……何か、でかくねぇ?」
 トオルはそうこぼす。それは、言わなくても皆分かった。
 ワープする前の、セントラルのワープポイントは丁度いい大きさだ。通常の二階建ての建物と同じくらいの大きさで、勿論二階は無く、五メートルの高さに天井があった。しかしここは違う。どう見ても天井は、七メートル程度の高さがある。
「成る程、トーラーか。全てのものが大きい、って言うのは、こういうことか」
 辺りを見回せば、このワープポイントの建物自体も、通常のものより一回り二回り程広い。
「ということは、お菓子も大きいの!?」
「もしかして値段は一緒だったりして!?」
 エミとメイリは想像を膨らませて、二人で眼を輝かせていた。トオルはあからさまに無視して、ドアのほうへと歩き出す。行こう――と、レイトが声を掛けて、ようやく二人も付いて来る。
 一際大きな自動扉が開くと、そこには巨大な建物が並んでいた。自分達が暮らしている世界とは、およそ比べものにならなかった。建物、喫茶店のテラスにあるテーブルや椅子、そこに置かれた料理。そして街を歩く人々、手に持っている飲料水の容器。どれもとてつもない大きさ、と言うわけではないが、自分たちが子供に戻ったのではないか、という錯覚を引き起こさせる。
「な、何じゃこっ――」
 トオルが言葉を発した途端に、何かにぶつかった。弾かれ転倒するトオルの向かいには、もう一人、しりもちを付いている人物があった。丁度自動扉から出て来たレイト達が大丈夫かと声を掛ける。
「あっ、済みませんっ、ごめんなさい、ちょっと本に夢中になってて……!」
 相手はぶつかるや否や、突然地面に手を付いて謝りだす。今のはトオルも余り前を注意していなかったので、彼が悪いわけではない。
「悪ぃ悪ぃ。俺も前見てなかったから、謝る必要ねぇよ」
 そう言いながらトオルは立ち上がる。そしてトオルの言葉に、土下座を続けている彼はゆっくり顔を上げる。そして彼は瞬いて、首を傾げる。
「あれ……? 何で?」
「へ?」
 突然何故と訊かれても、一体何に対してなのか分からない。トオルも戸惑ってしまう。すると彼は突然立ち上がる。そして完全に立ち上がったとき、目の高さはトオルより上にあった。
「ぼくより小さい……」
「……!」
 彼はとても背が高かった。そうだ、ここはトーラーなんだ。”全てのものが大きい”という。彼は優に一九〇センチを超えているだろう。
「あの……」
「え?」
「許して貰えるんですか?」
「あ、ああ。俺も悪かったって」
 妙に焦りながらも受け答えすると、彼は一息つき、安堵の表情を見せた。外見とは違い、気の弱そうな少年だ。その様子を見たトオルは、おい――と声を掛ける。彼はそれにわななきながらも、はい、と返事をする。
「お前何でそんな体してんのに、そんなに弱気なんだ?」
 彼は怖気ながらも、ちょっと意外な質問に驚きつつ答える。
「それは……、ぼくがチビだからです……」
 その答えにはトオルならずとも、レイトらも目を丸くする。何故なら彼は、全く小さい体などではないからだ。
「お前、身長いくつだ?」
「え、一九三センチですけど……」
「充分あるじゃんかよ。そんなんでチビだっていうのか?」
 彼は目線を落とし、悲しげに語りだす。
「ワープポイントの建物から出て来たってことは、皆さんこの世界の人じゃないということですよね。――トーラーでは、この身長でもチビっていじめられるんです。二メートル以上ある人ばっかりですし、この世界の平均身長は二メートル二十センチなんですよ。ぼくは、だから、チビで……」
 話が進むにつれて、彼の表情が暗くなっていくのが分かった。これ以上彼を落ち込ませるわけにも行かず、話をここで止めた。
「悪ぃな、何か変な話までさせちまって。俺達はもう行くから」
「あ、そうなんですか……?」
 トオルは軽く手を振り、歩き出す。レイトは軽く会釈をし、その後ろを付いていく。エミとメイリは微笑んで通り過ぎる。彼はその列を見送り、前を向いて歩き出す。
(心地よかったな。あんなに優しい人達と接したのは、久しぶりだな)
 この世界では中々、人から優しくしてもらうことなど少なかった。それは大抵、両親からしかなかった。この出来事は彼に、この世界は情が無い、と、軽く思わせてしまった。

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