scene47  intention (4)

 ホテルの部屋に設置されている時計が、十五時を示そうとしていた。約束の時間だ。メイリはこの時間に、同じ場所で再開することを約束した。そして、その時に勧誘の返答をすることも。レイトは泊まっていた部屋を出る。中にはトオルが残っている。今日は一人でメイリに会いに行き、返事を聴くことにした。
(果たして、彼女の返事は、可か不可か)

 ホテルの玄関を出ると、すぐ右手に彼女が居た。別段変わった様子はなく、普段どおりのノースリーブとバミューダパンツで現れた。
「結論は出ましたか?」
 レイトが話しかけると、ようやく気付いたらしく、壁に寄り掛かっていた体を立て直した。軽く改まった彼女は、薄っすらと顔に緊張を浮かべていた。
「えっと……い、一緒に行動することに決めたわ……」
「そうですか」
 レイトはにっこりと笑う。そして気付いたようにポケットに手を入れて、キャッシュデータディスクを取り出す。しかしメイリはそれを制す。
「一緒に行動する代わり、こちらの条件も飲んで欲しいわ」
「え?」
 彼の動きは一瞬止まり、しかし話を聴く態勢になった。
「えーと。お金は要らないわ」
 レイトは再び驚く。何故――と問いかける前に、メイリが話を続ける。
「お金は受け取らない、だから、助勢としてではなく、仲間として受け入れて欲しい」
 その言葉は彼を驚かせた。
「私の出した結論、飲んでもらえる? あなたたちにとってもいい条件だと思うけど」
 レイトはゆっくりと瞬きをし、にっこりと笑う。
「勿論。僕たちにとっても、それは願っても無いことです」
「――よろしく」

「……どうなったかな」
 ベッドに仰向けになり、天井を見つめながら、トオルはそのようなことを呟いていた。するとドアをノックする音が聞こえ、続いて開く音も聞こえた。体を起こすとそこへ、レイトとメイリが入ってきた。
「お、助勢してくれるんだな!」
「違う違う。助勢じゃないわ。今日から仲間」
「仲間? どういうことだ?」
 実はね――とメイリがトオルに事情を話し始めると、レイトはエミを呼びに部屋を出た。
「ということは、無償で俺らの仲間になった、と言うことか」
「そういうこと。だから、あなたなんかには使われないわよ」
 丁度話が終わった頃に、エミも部屋に入ってきた。レイトから話のさわりを聞いたのか、落ち着き、笑みをこぼしながら入ってくる。するとレイトが一歩前に出る。
「早速だけど、明日から行動を開始しようと思う。まずは皆の真魔石に関する情報を照らし合わせる。僅かな情報でも、別の情報と組み合わせることによって、大きな手掛かりになることだって有り得るから、なるべく細かく話そう」
 その言葉によって、他の三人の顔が一斉に強張る。持っている情報を記憶の底から掘り返し、話し易いように編集していく。
「特にメイリさん、あなたの情報と、僕らの持っている情報を掛け合わすことが必要です」
「ええ、私も精一杯の情報を提供するわ」
 メイリは深く頷くと、真魔石についての情報を引き出し始める。
 暫くは喧喧囂囂としていた部屋も、徐々に静かになり始めていた頃だった。レイトのある発言が、彼女を悩ませた。
「――そう、メイリさん。ファイヤーについての情報は何か知りませんか? 彼が炎属性の真魔石を持っていたことは調べが付いているんです」
「!」
 メイリは言葉に詰まった。喋ってもいいのだろうか、ファイヤーについての、彼が現世に存在しているということを。しかしそこを思い返す。ファイヤーと対峙した時、強さを感じ取り、そこには口外しないと無意識下に誓ってしまった自分が居るのではないだろうか。ここで喋ることについては、何の躊躇いも無い。ここにいる三人が、他言することは決してないだろう。しかし、万が一にでもそれが洩れてしまったら。それが彼自身に知られてしまったら。その場合を恐れているのか、言葉が口から出てこない。
「メイリさん?」
 心配そうな顔で、エミが話しかける。はっと気付いたメイリは、何でもないような顔をして、何も無いことを示す。もしかしたら、感情が顔に出ていたかもしれなかったが、そこは知らぬ振りをする。
「そうですか、メイリさんも持っていませんか。僕らも、彼らの情報については皆無に等しい。所在の分からない他の四つを探すより、少しでも手掛かりがある炎属性の真魔石を中心に情報を収集しよう」
 三人は深く頷いた。ここで、エミがある情報を思い出した。
「そうだ、マークルさんの占いで出た世界、そこへ行ってみましょう」
 レイトとトオルは思わず眼を見開いた。今までそれを忘れていたことと、その手掛かりがあったことに気付いて。メイリはその場には居合わせては居なかったが、その名は知っていたらしく、何も訊かずにエミを見守る。
「第一番界セントラル、第十九番界トーラー、第三六番界ハリケーンスパイラル、そして、一つは無い――」
 エミは掌をかざして、世界名を挙げる度に一つずつ指を折っていった。最後も、四本目の指を折る。それを見たレイトは手を顎に当て、再び考え込んだ。
「ということは、やはり別の手段で行くしかないな……」
 ポツリと呟き暫く沈黙した後、顎に添えていた手を下げて、再び話し出す。
「多分こうだろう」
 ――現存する真魔石は全部で五つ。その内四つの属性は、炎、水、地、光、そして五つ目の属性は不明。この属性の分からないものが、”無い”ものだとすれば、他の四つが三世界に散らばっていると考えられる――。
 ここまでの推理は、少し考えれば誰にでも思いつくことである。しかし属性不明のものが、”無い”ものだという根拠は全く無い。しかしそれのある世界があるとすれば、高い確率で属性は闡明になる。故にこう考えるほうが、無難なのである。
 ――残る四つの内、炎属性はファイヤーが所持していたと分かっている。だとすると、正当防衛で彼を殺してしまったBE社に、炎の真魔石があると考えられる。BE社がそれを管理しているのだとしたら、どこかに流通するまで奪取は無理。他の三つを探すしかなくなる。そこでマークルさんの占い結果が更に影響する。マークルさんは、”第三一番界以降にはない”と言いながらも、”第三六番界にある”と占った。この齟齬している結果から見ると、第三六番界にあるというのは確固たるものでは無いと言うこと。つまり真魔石を発見できる確率が一番高いのは――。
 レイトはここで一拍置いて、辺りを見回した。
「第十九番界トーラー。今僕達に最も近い真魔石は、そこにある」
 最終的に導き出した捜索場所。今持ちうる情報で出せる結論は、それで精一杯だ。だが世界を限定出来ただけでも、行き先が不透明な彼らにとっては指針が出来たことになる。
(早いわ、確実に。一人で行動するよりも、レイト達に付いて行ったほうが)
 メイリの胸の奥では、今まで殆ど無かった希望の光が、徐々に強さを増していった。同時に、仲間になって本当に良かったのかという後悔の念も消えていった。
「次の行き先は、第十九番界トーラー。真魔石が見つかるといいんだけど……」
「何が”見つかるといいんだけど……”だよ、レイトらしくねぇな。”見つける”んだろ?」
 レイトはトオルの言葉に、そうだね――と頷いた。

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