scene45  intention (2)

 陽は空高く昇り、都会はいつもと変わらない喧騒を帯びている。セントラルでは今、夏を迎えようとしている。初夏の陽気は、最早暖かさを通り越し、少し走ると暑いくらいだ。
 待ち伏せて既に二時間が経過した。レイト一行が止まっているホテルの正面には、同じくらいの高さの無人のビルがある。新旧交代が激しいこの時世に、まだこのような廃ビルが残っていると言うことは、このビルに入居していた会社が、倒産して間もないことが分かる。その屋上から、メイリはホテルの玄関を窺っている。
(今日は長丁場になる覚悟をしといた方がいいかしら……?)
 待ち伏せをし始めた二時間前は、まだレイトの居る部屋の中は見えたのだが、今は陽光が窓に反射して、中の様子が分からなくなっている。丁度レイトがベッドから出た時にそうなった。しかし向こう側からも逆光になるために、こちらの存在に気付きにくくなるのもある。――まだまだ二時間が過ぎただけ、数日続くことを覚悟して待っているのだから、このくらいで音を上げては居られない。

(出て来た!)
 レイトが表に姿を現したのは、十五時を回ってからだった。同時にメイリは舌打ちをする。出て来たのは一人ではなく、三人だったからだ。レイトの他に、トオルと、あの時の少女も居る。
(あの子はやっぱりお仲間さんだったのか)
 そして軽く頷き、屋上のへりに立ち、そして飛び降りた。
 軽やかな音と影が、三人の前に落ちてきた。それは影のままで、何を理解する間も無く、向きを変えてレイトの方に飛んできた。そしてその影はレイトの左腕を直撃した。
「うっ!」
「どうしたの!? レイト君」
「何か飛んできたぜ!」
 その影はエミには見えておらず、トオルも漠然とした回答しか出来なかった。その影はホテルの壁で跳ね返り、再び飛んでくる。
(い、一体、何が……っ!?)
 その正体不明の物体に、レイトの思考回路は鈍った。その物体が何かは分からない。跳ね返りこちらへ飛んでくるのは捕捉出来た。しかし、そこから考えが進まなかった。
「らぁ!」
 トオルがその影に向けて思い切り蹴りを入れた。それには当たらなかったが、方向転換した影が止まり、その姿を現した。
「なかなかやるわね」
「……メイリ!」
(まさかこの子に止められるとは。計算には入れてたけど、ちょっと止められるのが早かったわね)
「てめぇ、何のつもりだ!?」
「何のつもり? 馬鹿言ってんじゃないわよ。私は賞金稼ぎ、レイトは賞金首、捕らえに来ただけよ。今更何言ってんのよ」
(どうやら作戦は成功のようね――)
 レイトは先程から何も喋らないまま、打撃された左腕を押さえている。あの速度で攻撃を加えたので、かなりのダメージがあるはずだ。
「……メイリさん、丁度良かった、少し、話があります」
 レイトは左腕を押さえたまま、顔を上げて、いつもの顔で話し始める。しかし顔には冷や汗が浮かび、気丈に振舞っているだけなのは明確だった。
「話? ただの時間稼ぎなら、攻撃を再開するわよ」
「……――お金、要りませんか?」
「え?」
「交渉ですよ。お金が欲しいんでしょう? ならお金を払います。そうすれば僕を捕らえる手間も省ける。その代わりと言っては何ですが、僕達に助勢はして貰いますけどね」
 その場には、一瞬静寂が訪れた。街の人々の行き交う中で、その四人だけが沈黙だった。
「――ふざけないでよ。確かにお金は必要だけど、賞金首から憐れみを請うほどの屈辱は受けたくないわ。それに、対価に助勢しろですって? 誰があなたに手を貸すのよ。私はね、強くもなりたいの。レイトを倒すだけの実力も欲しいの! じゃないと、何にも意味がないんだから!」
 メイリの目からは、悔しさが僅かにこぼれていた。レイトは依然腕を押さえたまま、メイリのその目を見つめた。
「そんなに強さを求めているなら、尚更僕らと一緒に居て、猛者を探せばいい。一人より、多いほうが……」
「あなた達が言うような強さが欲しいんじゃない。私は、それが無ければいけないの。必要なの。強者の頂上に近づかなきゃ、真魔石に関する情報は手に入らないのよ!」
「真魔石!?」
 三人は同時に声を上げる。メイリはそれを一瞥し、眼を逸らして話を続ける。
「俺らもそれを探してるんだよ、目的一緒じゃんか」
 トオルは少し笑いながら話しかける、しかし彼女はその反応に対して反発する。
「何が嬉しいのよ、あんた達がどんな目的でそれを探しているのかは知らないけど、私には大切なことなの。私は、自分の生まれた星に、帰りたいんだから!」
 それなら魔法石で――と言って、レイトははっとした。魔法石で帰れない星、真魔石を使うしか、帰る方法が無いとされている星。第三九番界レイトサイト、地球である。
 帰るところがあるあなた達とは――と言いかけたところだった。
「私達もよ!」
 突然エミが声を上げた。メイリは思わず、え、と声が出る。
「私とトオルも、地球からやって来て、帰るために真魔石を探しているんですよ……」
 メイリはここでようやく理解した。自分の他に、同じ境遇を持ったものが、目の前に居る。今すぐ飛びついて、泣き叫びたい気分だった。たった一人で言葉も通じない、文字も読めない世界に飛ばされ、孤独と戦ってきた。言葉も話せ、文字も読めるようになってからは、生活の為に賞金稼ぎと言うやりたくも無い危険な仕事を選んだ。そして目を付けた賞金首に、同じく地球からやってきた者が居た。
(こんなところで、こんなところで――)
 こんなところで出会った、地球との繋がり。例え相手も地球から切り離された存在だとしても、それが在る限り、自分が地球と繋がっていると思えるのだ。
 このエミの発言が、彼女の心境を変えた。
「――その話、考えさせてもらうから、明日の同じ時間、また、ここで……」
 メイリは踵を返して歩き出す、ホテルの真向かいの廃ビルへと。
「何だあいつ、真ん前のビルに居たのか」
 トオルはあっけらかんとした表情でこぼす。
「全く気付かなかったね」
 本当に、全く気付かなかった――。レイトは哀しく繰り返す。未だに打撃された箇所の痛みは取れなかった。

 メイリはビルの三階部分の広間の壁際に、力なく座り込んだ。立てた脚を胸の方へと引き込む。今まで我慢していたのに、不意に涙がこぼれてしまった。今までとは違った涙、痛みでも、悔しさでもなかった。それは嬉しさからだった。一旦栓が緩めば、それはもう抑えることが出来ず、止め処なくこぼれ落ちていく。
 返答期日は明日。まだ二四時間近くある。その間に熟考して決めるのが目的であるが、最早その時間はただ持て余すだけのものになった。自己を保つことが出来る大前提を失いかけているところに、彼女と共通の者が現れた。条件を提示されてるところにそれを知った時点で、気持ちは既に決まっていた。恐らくこの気持ちは揺らぐことすらないだろう。これは千載一遇のチャンスなのだから。
(レイトも居るなら、幾分かはマシな旅になるだろうな。それだったら助勢でも下僕でも構わないわ。一人より、全然……)
 そう思いながら、頭の中では最初にこの世界へ来た頃の記憶が蘇っていた。
(トオルと、あの女の子。顔付きがアジア系だったわね。もしかして、国が近かったりして――)
 メイリから笑みがこぼれる。涙は止まった。そして彼女は、いつもの凛とした表情に戻っていた。

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