scene43  考えに考えて

 三人ほどしか寝れないような部屋に、ユニットバス。主に、一時的に宿泊するために建設されたホテル。ここにメイリは泊まっている。もともと彼女は定住しておらず、このような施設はとてもありがたいものだった。
 彼女は先程返って来た、少し息を切らして。今は落ち着いている。この狭い部屋の、半分を陣取って置かれたベッドに、座り込んでいる。息を切らして帰って来たのには、理由があった。それは、レイトと一戦を交えていたからだ。そして、逃げ帰ってきた。あの時はそうするしかなかった。最後に見た彼の眼は、それだけで圧倒されそうな強さを持っていた。だが、その時に解釈したのは、このまま続けると本気を出す――ということ。裏を返せば、あの時に感じた異常なまでの威圧感は、まだ本気ではない、そう直感したのだ。
(……)
 恐らくその直感に間違いはない。事実、初対面の時に、彼自身の体を覆った堅硬な風壁。あれほど精巧なものを作り出せる彼が、手を覆った空気の刃だけが武器だ何て、到底思えない。氾濫した情報からやっと得た正確な情報、魔法石エア・フォースの特性。”大気の力を借りることが出来る”。レイトはまだ、空気の刃を作り出しただけ。例の風壁は空気を圧縮し、固めたもの。大気の力を借りることが出来るため、あれ以上の威力を持った攻撃法を開発できるので、非常に応用の利く魔法石だと言える。彼の出した刃は恐らく、雑魚を追い払うためのもの。
「捕まえられないじゃない……!」
 メイリは自分の決心に、怒りを感じていた。本人の目の前で、何回か捕らえると宣言しており、賞金稼ぎとして退くことは出来ない。
(何か、対抗策を練らないと。その為に戦いを放棄してきたんだから)
 電灯は点いていなかったが、朝日が窓から入り、部屋は明るい。

 考え続けて一日が経った。普段通りの生活をしながら、頭の隅では策を考えていた。しかし何も出てこないことに、無性に腹が立っていた。この日の昼食は喫茶店で摂ろうと、ホテルの周りを歩いていた。数多の移動手段が確立されている中も、真昼のセントラルシティは人が多い。この人込みの中を、メイリは一人で歩く。そしてこの世界にも、街中で他人を誘って遊ぶ習慣があった。
「ねえ、俺と一緒に、昼飯でも食わない?」
 メイリは、またか――と、その男の正面を見据えて言い放つ。
「嫌です、他を当たってください」
 突然正面を見据えられた男は、頬を赤らめた。
(この女、近くから見ても断然いいじゃねぇか)
 メイリはその男の腹の内に気付くわけも無く、そっぽを向いて再び歩き始めた。さっさと男から離れるつもりだったが、道が混雑している上に、男も付いて来ているため、なかなか離れることが出来なかった。すると、左腕を誰かに掴まれた。間違いない、振り向くとさっきから付いて来ている男だ。
「何すんのよ!」
「離さないよ、お昼一緒しようぜ」
 体の大きさは他の人と変わらないが、握力はとても強い。メイリは常時魔法石を所持しているので、基礎身体能力はそれによって向上しているが、その効果は元々からパーセンテージで上昇するため、効果が僅かに、男の握力に及ばなかった。
(離れない、こいつ、力強い)
 メイリが力を込めて振り解こうとしても、男は決して離さず、自分の許へ引き寄せようとしている。
「ほらぁ、行こうぜ?」
 腕を振り解くには、魔法石の力を使い脚力を強化するしかないが、腕の筋肉は強くならないため、自身と男の引き合う力で、腕のどこかを傷めるのは必至で、それを使う訳にもいかなかった。
(仕方ない、このまま付き合う振りをして、人気のないとこでのしちゃうしかないわね)
 諦めて力を抜いて、メイリは男の方を向き直った。
「お、ようやくその気になったか」
 男は喜色を浮かべ、掴んでいた腕を離す。そのまま、俺が案内するぜ――と言い、背を向ける。このまま逃げることも出来るが、男は常に後ろを注意している。この人込みの中では、充分に離れる前に、また腕を掴まれてしまうだろう。それなら先程の作戦がいい。
「僕の彼女に、手を出さないでよ」
 男は突然、すれ違う見知らぬ男に話しかけられた。自分よりも背は高かったが、体の線は細く、自分よりも力はないと判断した。更に怖気づいているのか、顔を逸らしている。男二人は立ち止まる。
「お前の女? 知るか、俺は今から楽しいお昼ご飯なんだよ。邪魔するとぶん殴るぞ」
「――手を……出すな……!」
 男は顔をこちらに向け、鋭い眼光で見下ろしてきた。青い髪に蒼い瞳。その瞳はとても冷たく、男は寒気を感じた。
(こいつは、やばい!)
 そう感じながらも、男は尚も怯まず眼を合わせ続ける。
「レイト……」
 メイリは彼の姿を見て、ようやく一言口にした。レイトはそれを聞き、彼女の許に歩み寄り、右手を彼女の背に回し右肩に乗せる。
「僕の彼女に、手を出させはしないよ」
 男は舌打ちをし、人込みの中に消えていった。
 それを確認すると、レイトは腕を外す。そしてまず、ごめんね、と謝った。
「これが一番安全かと思って。力尽くでやると、ああいうのはやり返しに来るだろうし」
「べ、別に、気にしてないわよ。――それより、何でタイミング良く現れるのよ」
「これは本当に偶然、さっき第三一番界から帰って来たばかりでさ、君が腕を引っ張られているのが見えたんだ。でもこの人込みでなかなか前に進めなくて、助けるのが遅れてしまった」
 レイトは申し訳無さそうに、軽く笑う。それを聞きながらメイリは、肩を組まれたことで自分がまだ赤面しているのに気付き、咄嗟に顔を俯ける。
「じゃあ行くね、トオル達には物を落としたって言って、待たせてあるんだ。――僕の弱点を探ってるようだね、がんばってね」
 今度は顔を上げた。レイトはもう背を向けて、歩き出していた。何故それが分かったのか、聞き出せなかった。もしくは、それ程自分の行動は読まれ易いのか。レイトの姿は見えなくなった。
「レイト、落とした物見つかったのか?」
「見つかったよ」
 レイトは実際には落としていないカードを、トオルとエミに見せる。じゃあ行こうか――と、三人は歩き出す。
(うっかり肩組んじゃったけど、良かったのかな――?)
 メイリはとりあえず歩き出した。賞金首とはいえ、レイトはかなり恰好良い部類に入る。整った身体に、長身。髪の毛にもつやがある。メイリは彼への対抗策を考えようも、肩を組まれた羞恥が邪魔して、まともに考えられなかった。
(不意を突かれたんじゃ、そりゃ恥らうわよ。慣れてないんだから……)
 メイリは途端に思いつく。そう、このような職種や、レイトのように暗殺が生活の一部になっている者は、不意を突くのに慣れている。それを成功させるためには、相手の隙を突くのが常識。不意打ちを受けた相手はいくら手足れでも、一瞬体の動きは止まる。そして先程の自分の様に、不意を突く方が不意を突かれれば、それは余計に効果がある。思い出してみれば今まで二回の襲撃は、正面から堂々と現れた。自分たちの住まう世界に、不意打ちは卑怯、なんてものは全くの逆である。
(どうやらあなたの行動が、私にヒントを与えてしまったようね、レイト)
 メイリは踵を返し、雑踏の中へと消えていった。

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