scene42 Sudden despair[conversion]
バッドネス・エクスターミネーター社、通称BE社。この会社の統長であるのが、ボート・K・デイトである。日光に当たるときらびやかに光る銀の髪、だが今、彼の居る部屋には、日光は射していない。銀の髪も今は単なる銀色だ。部屋の全ての窓にはシャッターが降りており、電灯の光で、この部屋は明るくなっている。
ボートはこの広い部屋の壁の一面を背にし、コンピュータの画面を見ている。そこにはBE社の株の推移を表したグラフが、表示されている。そのグラフは、ある時を境に急上昇している。ボートはその境をみて、口許を緩ませた。
「……いい感じだ。やはりあの時から、株価は倍になった」
この境界線は、ファイヤーがボートによって殺されたときからだ。世間には、窃盗帰りのファイヤーにたまたま出合ったボートが襲われ、正当防衛で誤って殺した、と言うことになっている。この情報から、BE社の株を買う者が急増した。あの世紀の大泥棒ファイヤーを、取り去った英雄として。
「しかし、どこだ?」
だが捜査しきれていないものもある。その後の調べでファイヤーのアジトを掴んだのだが、そこには盗んだ金品等はなく、アジト自体もぼろぼろでどこかに隠している様でもなかった。彼が盗んだ約八億ゲルクもの大金は、全く行方知れずなのである。
そして、所持していた炎の真魔石も――。
(まあいい。別の真魔石を探せばいいだけのこと)
ボートは立ち上がると、部屋の隅へ行く。壁際に立つと、壁の中からクローゼットがせり出して来、勝手に扉が開く。ボートは上着を脱ぎ、クローゼットの中から別の上着を取り出し、今脱いだものをそれにしまうと、また自動的に扉が閉まり壁に収納される。
「さて、準備は整った。あとは真魔石を手に入れるだけか……」
上着を羽織り、ボートは部屋の出口へと歩みを進めた。
「まずは第三一番界タロットスにでも行って、目安を付けておくか」
彼は部屋から出、すぐ前に設置されているエレベータに乗る。
その巨躯で、街中ではボートは目立たないはずがなかった。しかし誰も、彼がBE社統長だとは知らない。世間に知られているのは名前だけで、顔写真や身体的特徴などは一切公開していないからだ。
(第三一番界タロットス、その世界一有名な占い師。久々だな、訪れるのは)
歩き辿り着いたところは、ワープポイント。ボートはゆっくりと中に入り、セントラルを出て行った。
(……ろぅ……。……の野郎ぅ……)
この声は誰にも届かない。
(あの野郎、絶対に、ぶっ殺す!)
この声も、誰にも届かない。いや、届かないのが当たり前だ。これは声には出ていない。今の心情だ。
「必ずだ! 覚悟して待ってろよ!」
今度は叫んだ。腹の底から、全身全霊の力で声を出す。生まれてこの方、これ程の大声を出すのは初めてだ。しかしこれも、誰の耳にも届かなかった。そして思い出す、その時。見えたのは、身体から出て来た刃。聞こえたのは、嫌気が差すあの声。
”それ”は、自分でも飲み込んだ出来事。しかしまだ、遣り残したことがある。その”それ”を、自己に与えた者。
”それ”とは、”死”である。
その死を自分に与えたのが、BE社統長のボートである。彼の剣は自分の身体を貫いた。それによって、ファイヤーは確かな死に、追いやられた。今ファイヤーは、誰にも届かない声で、叫び続けている。そして、やがて境地に至った。
「現世に……降りてやる。そしてキル、お前を殺す……」
ファイヤーはボートのことを、キル、と呼んでいた。ボート自身も、そのことは知っている。しかし彼が何故こう呼ぶのかは、二人しか知らないのだろうか。
ファイヤーは自分の体を見て、再び失意に落ちる。眼下に見えるのは、第一番界セントラルの最大の都市、セントラルシティ。足場はない、浮いている。そして自らの体を通して、景色が見える。明らかに彼は、この世に存在しない。
だがもう、絶望している暇はなかった。彼には復讐と言う言葉があった。それに背中を押されて、それのために動き始めた。
(霊体にになったからには、それをフルに活用しなくちゃな。やはり、憑依がそれらしいか……)
ファイヤーは尚も考え続ける。
(とは言っても、キルの野郎に取り憑くのは無理だ。あいつの強靭な精神力を、支配できるはずがねぇ。となると、そこら辺の奴に入って、それで殺すしかねぇか? だがそいつにそれなりの身体能力がなけりゃ、操っても身体が付いて来ず、返り討ちにあうのが落ちだ。そしてそこそこ身分も高くなけりゃ、会うことすら無理だ)
結論が出たところで、ファイヤーは難儀さを感じた。その様な人物は、高額賞金首くらいしか居ない。もしくは権力者、実力者、共に誘導し、適宜使い分けることくらいだ。
(敢えて権力も無く、実力も発展途上。単にシンクロする奴に憑くか?)
そう、例え地位が高く、実力も兼ね備えていようとも、憑依したときの感触が悪ければ上手く支配できない。
(ま、権力者に片っ端から憑いてやるか。いけ好かねぇ奴らばっかだが、仕方ねぇや)
しかし人に取り憑くのは容易なことではない。対象が気を抜いている時でないと駄目だ。その人物が気を張り詰めていると、魂は非常に強固になる。霊感を持つ人ならば、取り憑くのはほぼ不可能に近い。だが睡眠中も憑依することは出来ない。睡眠中は魂の出入り口が閉じており、中に入り込むことが出来ないためである。憑依とはなかなかタイミングの難しいものであり、気を抜く瞬間を見極めなければならない。それが訪れるのは、やはり安心できる場所・人と一緒に居るときだ。
街中ではそのような光景は、余り見かけることは出来ない。単に住宅に侵入して憑依するのは簡単だが、ファイヤーはそれを好まなかった。外を歩いているときも、常に油断しない人物を、彼は狙っていた。そして、その人間が油断を見せる瞬間を――。
(流石に簡単には見つからないが、出来るだけ早く探してやる。――出来るだけ、早く)
ファイヤーの霊魂は、セントラルシティの上空を飛び去っていった。
「マークルさん、是非、占って欲しいのですが」
ボートはテントの幕をめくる。そこには既に、マークルが待機していた。
「えらく久々じゃの。来るのは分かってたよ。何を占って欲しいんじゃ?」
「真魔石の在り処だ」
マークルは席に着きながら、軽く笑う。
「あんたもか。真魔石探しは」
ボートはその言葉に反応する。
「私も? どういうことだ、私の他にも真魔石探しをしている者がいるのか?」
ボートの目線よりも一メートル以上は低いであろう、マークルはそれに物怖じすることも無く、ああ、と答える。
突然、彼の威圧感が上がった。しかしマークルは動じない。
(そうか、私の他にも真魔石を探すという、莫迦な輩が現れたか)
「マークルさん、その者の特徴は?」
「あの子らを潰す気なら、わしは教えないよ」
「そんなことはしませんよ、この私は」
「どうじゃろな……。まあいいじゃろ、大きな試練もあの子らの為。黒髪で長髪、青髪で長身、茶髪の女の子、子供三人さ」
子供――と、ボートは呟く。
「あの子らの旅路を妨害するのは、社会勉強として大目に見るが、決して手を出さんでくれ」
「ああ……」
ボートの表情は変わらず、その願いを受け入れたのか、拒絶したのかは、分からなかった。そしてマークルは、真魔石の在り処を占う。
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