scene41  新しい創造

 そう、確かにこの辺りで右に曲がった。
 平原とは違う、大きな岩が点在する地帯。岩肌が見える急な山々が目の前を覆う。馬に乗った二人組みが右折したのは、この四方を崖に挟まれた辺り。三人は足を踏み込んだ。
 そこは空き地のような場所で、切り立った崖は数メートルのところで段を作り、また空に向かう。受け皿のような円い形をしているこの空き地は、地球のサッカーコート半面くらいの広さがあった。しかし周りを見回しても、さっきの二人組みの姿がない。
「あいつら、どこへいったのよ」
 トオルの足下に、拳大の石が転がってきた。トオルはそれを拾い上げると、転がってきた理由を考える。しかしその理由は、すぐに分かった。
 いつの間にだろうか、崖の数メートル上の段のところに、男が立っている、それも一人じゃない。見回すと、丸い広場の縁、均等な距離を置いて、六人もの男たちが石を手に持ち、構えている。
「どうやら、取り囲まれているようだ」
 レイトが言うと、この広場の入り口から、その通り――という声がした。振り向くとそこには、例の二人組みが居た。恐らく広場を取り囲んでいる男たちは、仲間だろう。
「ダサいな、お前ら。まんまと罠に引っかかりやがって」
「ここにおびき寄せる作戦だなんて、考えられないとこが、まだお子様だな」
 テンガロンハットを被っている男が、先に発言した。もう片方は顎鬚を生やしている。
「俺たちは人を殺したって構わねーが、面倒臭い。取引しねぇか? お前らの持ち物、全て置いていったら、解放してやろう。無理だと言うならば、大人しく言うことを聞くまで、そいつらが石を投げ続けるぜ」
「冗談じゃないわよ。私たちは魔法石を取り返しに来たんだからね」
 エミの言葉に、バオフォンとエストはくつくつと笑う。そしてピタッと止み、バオフォンが指示を出す。
「お前ら、投げな!」
 その言葉と同時に、大量の石が三人に投げつけられた。親指の爪ほどの小石から、拳大の大きさの石までもが、止め処なく飛んできた。防御の手段のないエミを中に入れ、トオルとレイトが石を弾く。トオルは剣を出し、レイトは腕に空気を纏って。それを広場の入り口から見ていたバオフォンとエストは、他の二人も魔法石を持っていること確信し、口の端を上げた。
(くそ、剣の使い勝手が良くはなったけど、攻撃できなかったら意味無ぇじゃねーかよ)
 そしてトオルは対ロドリー戦の時のように、想像によって変形することを考えた。切先を伸ばし、そのまま崖の上の奴を攻撃することも考えたが、想像する前に押しとどまり、てこの原理で剣が持ち上がらない自分が容易に思い浮かべられ、この案は却下された。
 レイトもまた、いい案が無いかと模索している。他の二人に比べれば、自分の移動速度は比べ物にならない。それを生かし、自分だけここを抜け出し、盗賊団の頭を捕らえ、脅迫し、広場に連れて来れば、投石を止めざるを得なくなることは必至だ。しかし、頭を連れてくることは、彼でも少なくとも二分は要するだろう。その間、トオル一人で、六人の投石からエミを守ることは余りにも難しい。そう、まだトオルは実戦経験も乏しく、エミは恐らく外部の敵とは戦ったことは無いだろう。
(風の結界を作ろうにも、中心に立てる僕以外は、風の影響を大いに受ける……)
 広場の入り口に立っている、盗賊団の頭と思われるバオフォンとエストは、再び話しかける。
「どうだ、降参する気になったか?」
「ふざけんな! この程度で誰が降参するか!」
 トオルの言葉に何の興味も示さず、バオフォンは再び状況を見つめ始めた。
(あの野郎、後で殴ってやる。投石なんかで俺が降参するか! 地球に居た頃はナイフ持った奴とも喧嘩したことあるんだぜ)
 トオルは心の中でそう思いつつも、為す術のないこの状況に、腹が立って来ていた。
(畜生! ボールさえありゃ崖の上の奴撃ち落としてやんのによぉ! ――!)
「――何でもっと早く気付かねぇんだよ、俺」
「え?」
 エミにはこの声は聞こえた。トオルは少し、微笑っていた。
「レイト、ちょっと一人で守っててくれ!」
 レイトはやや戸惑いながらも、承諾する。そしてトオルは、想像し始める。今度はトオルにとって身近な物、剣よりは速く創造出来るが、この行為自体に大変な集中力が要るので、やや時間が掛かった。十秒近く経つ。トオルの差し出した右掌には、球体のものが現れてきた。徐々にそれは、リアルさを増していき、最後にはゴムの質感、色の違いまでもが再現された。
(出来た、まさにサッカーボールだ)
 トオルはボールを足下に置く。盗賊はその具現化の過程よりも、現れた見たことのないボールを不思議そうに見る。その瞬間、投石が止まった。
「喰らえ!」
 力強く蹴りだされたボールは、横に弧を描き、崖上の一人に命中した。強烈なシュートを顎に受け、盗賊の一人は気絶し倒れる。ボールは消える。軌跡の変化する球にたじろぎ、投石隊は慌ててどこかへ走り去ってしまった。攻撃も止み、三人はバオフォン、エストのほうに向き直る。
「もうお前らしか居ねぇみたいだぜ」
 彼らはおののきながら、こちらを黙ったまま見つめている。するとバオフォンはおもむろにベストのポケットから、エミの魔法石を取り出した。
「あたしの魔法石――何をする気よ!」
 バオフォンは無言のまま、それをエミに投げ返す。エミは落としそうになりながらも、何とかキャッチする。
「返してやるよ。負けると分かっている争いはしねぇ」
 そういうとバオフォンは背を向け、歩き去って行く。エストはやや慌てた感じで、彼を追う。
「やけにあっさりだったけど、ま、返って来たからいいや」
「なんだぁ。あいつらにも、シュートの威力を体感させてやろうと思ったのに」
 安堵するエミとレイトの横で、トオルだけが物足りなげな顔をしている。だがこれも、勝利の後だから出来るものだ。

 エストは先行する彼に話し掛ける。
「おい、何であそこで辞めたんだ。あのまま持って逃げればよかったじゃねぇか」
 エストは鞍上のバオフォンに問いかける。
「別に負けるって考えたわけじゃない。見ただろ? あいつらは三人ともが魔法石を持っている、対して俺らは持ってねぇ。もし全員の魔法石を奪うことが出来ても、負けはしなくとも、勝ちってのは有り得ねぇんじゃねーか?」
「そんなもの、やってみなくちゃ分からねぇだろ」
「エスト、お前何も知らねぇのか? 対して目立っちゃいねぇが、青髪の男、あいつは賞金首のレイト・セールメントだ」
 鐙に足を掛けたエストは、驚いて声を上げる。そして、お前――と言いながら、鞍にまたがる。
「何で顔を知ってんだよ!? 高額賞金首の奴らは、顔も割らせねぇ程の者なんだぜ?」
「まだ見てねぇみたいだな。昨日だ、ネット上でレイトの顔写真が公にされた」
 何!? ――と、エストはまた声を上げる。
「そんな奴相手に戦うのは、無謀だと思った。だから退いたんだ。――お前も納得したろ?」
「ああ」
 二人は、この場所を拠点にしていたが、別の場所を求め、馬に乗り駆けて行った。

「それじゃあ、早く街に戻って、セントラルに帰ろう」
 レイトはトオルとエミを促す。
「おーし、エミの魔法石も戻ってきたし、俺の新しい技も開発したし……そうか、ばあさんの言ってた、新しい発見ってのはこの技のことか」
「そういえば当たってるわね。――レイト君は何か言われたの?」
 レイトは、言われたけども――と言おうとして、慌てて口を噤んだ。
「僕は、特に何も」
 本当に何も言われて無いか訊かれながら、三人は遮るもののない平原へと出る。街はまだまだ遠い。セントラルに帰れるのは、夕刻になるだろう。

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