scene39  腕利きの占い師

 ようやく、目の前にテントが現れた。それは思ったよりも大きく、中では数人が充分暮らせそうな感じを抱かせた。ここまで来るのに、どれだけの時間を掛けたか分からない。これは予定よりも早く、用事を済ませなければならない。
「すんませーん」
 入り口に垂れ下がった幕をめくり、三人は中に足を踏み入れる。そこは狭い個室になっていた。入ってすぐに机があり、その上には奇妙な図形が描かれたマットと、ガラス玉や小石などが混ざったものが、ビンに入れられている。
 はいはい――と、優しそうなお婆さんが、仕切っている幕の向こうから姿を現した。
「ごめんなさいね、今うちはやってないんだよ」
「え、やってないんすか!?」
「ああ、暫く休みをとっててねぇ。視て欲しいのだったら、別のところへ行ってくんないかねぇ」
 苦労かけてようやく辿り着いてこれか――。トオルは胸の内でそう思った。確かに、ここに来るまで二時間以上歩いたことは間違いない。
「あなた達、詳しく視て貰いたかったら、マークルさんのとこへ行ったほうがいいよ」
「マークル?」
 レイトが聞き返す。
「ああ。この世界じゃ有名な占い師だよ。当たるって評判でねぇ、ちょっと気難しい人なんだけど、視る時はちゃんと視てくれるさ」
「マークルさんは、どこに?」
「ここからずうっと向こうの、一番高い山の麓に居るよ――」

 彼女に教えられた通り、周りから頭一つ背の高い山を目指し、三人は歩き出した。しかしその山はかなり遠くにあり、恐らくそこそこの高さはあるだろうが、今は霞みがかって、とても小さな山にしか見えない。先程かなりの距離を歩いた三人は、既に疲れの色が見え始めていた。
「なあレイト、もしかして昼飯の時間なんか、とっくに過ぎてんじゃねぇのか?」
「そうだね、どこか切りのいい場所で休もうか」
 しかし切りのいい場所と言っても、ここは荒んだ平野。所々にある枯れ木で休むことになった。
「あー疲れた。一体いつになれば着くのか……」
「そうね。流石にこの距離は応えるわ」
 疲労の意思を口々に発しながら、手荷物の中から昼食を取り出す。その横で、レイトは二人から分からぬように、時間を確認する。時刻は十五時三〇分。予定より大幅に遅れている。日帰りの予定で平野に繰り出したが、どう考えても時間が足りない。
(あの山まで、目測で大体十二キロ。一キロ十五分と計算して約三時間、到着は十八時半。帰りは倍以上かかるとして――)
 試算すると、とんでもない時刻での移動が必要になる。こうなるのであれば、乗り物でも手配しておけば良かったと思っても、もう遅い。
「行こう、レイト君」
 話しかけられて振り向くと、トオルとエミは既に昼食を摂り終え、再び出発することが出来る態勢だった。レイトは軽く頷くと、自分は昼食をまだ摂っていないことを告げず、その場所を離れた。

 空には黄昏が落ち、所々にテントの隙間から漏れる光が、妙に美しかった。
 三人は同時に足を止める。眼前に聳える高い山。高さは一〇〇〇メートルは超えているだろう。その麓に、マークルという腕利きの占い師が居ると言う。辺りを見回して、そのテントを見つけた。
「すみません」
 エミが率先して入っていくと、最初に尋ねたテントとは違い、既に人が机の前に着いていた。入ってすぐの部屋の造りだけは同じだが、道具と見られるもの、カーテンの色、机の形、少し違和感はあったが、三人とも中へと入る。
「あんたらが来るのは分かっていたよ。早く用件を言いな」
 小太りでしわの寄っているおばあさんだった。先程の人よりは年上に見える。最後尾に居たレイトがスッと前へ出て、内容を述べた。
「僕たち、真魔石を探しています。是非、ありそうな世界がどこなのか、占ってください」
「ほぉ、真魔石ねぇ。お前らそんなものを探しているのか、それは難儀なことじゃ」
「ええ、だから、是非」
「それでわざわざ、わしのところへ来たと言うのじゃな。いいじゃろ、占ってやろ」
 三人から笑みがこぼれる。
 マークルはカードを取り出した。一から十までの数字が書いてあり、五色に色分けされたカードであった。マークルは手早くカードを切り、目分で半分に分ける。両方の山から、一番上のカードめくり、表に返して手前に置く。それを三回繰り返す。残った二つのカードの山は除外し、取り出した六枚のカードを、縦三枚、横二枚のさいころの六の目のように並べる。すると豆を数粒握り、上から落とす。撒かれた六粒の豆は、カードの四方に散る。そしてマークルは、その結果を凝視する。
「出たよ」
 レイトらは身構える。
「まずここより番号が大きな世界には無い。可能性があるのは、第一番界のセントラル、第十九番界トーラー、そして……第三六番界ハリケーンスパイラル――?」
 ちょっと待てよ――と声を上げたのはトオル。
「ばあさん、ここより大きい番号の世界には無いんじゃねぇのかよ!」
「無い、とは出ているが、可能性の中にはこれが含まれておる。何故なのかはわしにも分からん」
 だが――と、マークルは続ける。
「一番不可思議な結果が、これの他にある」
「え?」
「何の属性かは知らんが、真魔石の一つは今、無い」
 三人に衝撃が走り、思わず声を上げる。見つからない、ならばまだ分かるが、無い、というのは、どう考えても納得の行く道理が見つからない。破壊された訳でもない。魔法石は破壊されることはあっても、真魔石を破壊することは不可能だ。
「どれ、考えても無駄じゃろ。あんたら、飯でも食っていかんね?」
 緊張を解き払うような緩んだ声。考え込んでいた三人は拍子が抜ける。
「これから帰るなんてのは無謀じゃ。盗賊が出るやも知れぬ。今夜は、うちに泊まっていきなさい」
「え、いいのか、ばあさん?」
「ええと言うとるじゃろ。あと、ばあさんなんてぬかすな」
 マークルはカーテンをめくって、トオル達に来るように促す。外は既に暗い。確かにろくな食料も持ってきておらず、盗賊に襲われることがあるのならば、外は出歩かないほうが賢明だろう。ここは、マークルの厚意に甘えることにした。何より占いというものは、随時結果が変わってくるものだから、いつでも占ってもらえる環境というのは、都合が良かった。

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