scene38  占いの世界

 ワープポイントの建物の中に入った時点で、レイトは気が付き尋ねる。
「そういえばエミちゃん、ワールドリンクトラベルの免許は持ってる?」
「勿論よ」
「良かった」
 ワールドリンクトラベルとは、異世界を行き来するために必要な資格。この資格を取るためには、試験を受けることが必要である。だがこの時点では、三人ともこの資格を取得している。
「どこへ行くの?」
「そうだね、どこにしよう」
 エミの問いかけに対し、投射機によって目の前に列挙された世界名を見ても、レイトはまだ決め兼ねていた。
「ロドリーの野郎は、第三五番界以降は無いって、言ってたよな」
「ああ、そう言ってたね。だとすると、第三四番界以前の世界になるね」
「誰? ロドリーって」
「三五番のサウンズキープの界王だよ。そいつが教えてくれた」
 事情を知らないエミにそう言うと、界王に会ったことに驚くのは、当然のことだった。驚くエミに、トオルが概要を話しながら、隣でレイトが考えていた。投射機によって映し出されている画像には、全世界名が羅列されてある。だがその世界の特色や説明などは一切無く、情報が無い中でワープする世界を決めなくてはならない。各世界の情報を手に入れたければ、専用のショップか、インターネットの有料サイトに行かねばならない。
 エミに説明が終わったとほぼ同じ時、レイトは、決めた――と声を上げる。
「第三一番界タロットスへ行こう。ここは確か、占いの世界の筈だよ」
 元々行き先を決めて無かったため、その一言でそこへ行くことが決まった。

 ワープ後、ワープポイントの外に出てみると、そこは広大な草原が広がっていた。しかし草木は少なく、草原というには物足りなく、荒野というにはそこまで荒れてもいなかった。だが建物らしい建物は無く、やや大きめのテントが点在しているのだけは確認できた。そしてすぐ、背の方に大きな街があるのに気付いた。
「ここ、本当に占いの世界なのか? あのテント、モンゴルのゲルみたいだぜ」
「ゲル? 三八界(『さんじゅうはっかい』地球以外の世界の総称)の共通通貨は『ゲルク』だし……」
「レイト君、気にしなくていいのよ。レイトサイト(この地球以外の世界での地球の呼び方)のことだから」
 そう? ――と返事し、街中へと三人は歩き出した。
 街は至って普通であり、セントラルと比べると勿論のこと文明は劣るが、別段変わったことは無かった。
「レイト、もしかしたらここは、占いの世界じゃないかもな」
「そうだね、僕の記憶違いかもしれない」
 街には道路が奔り、車も地上を走っている。一九九〇年代の地球に似ているが、決定的な違いは、列車が通っていないことだった。
「とりあえず、朝食でも摂る? もう十時だ」
「そういえば何も食わずに出てきたっけ」
「エミちゃんは、何か食べてきた?」
「いえ。私はトオルと合流した後に、何か食べるつもりだったから――」
「じゃあどこか探そうか」
 大通りを歩きながら、手近な喫茶店を探す。そして、一番近くにあった店へ入った。
 軽い鈴の音がし、店員が定番の声を上げる。導かれるままに席に着くと、早速メニューを選ぶ。選ぶと間も無くして、軽い食事が運ばれてくる。オーダーしてから出すまでが非常に早く、この店は手際の良さが売りらしい。
「これからどこへ行こうか」
「やっぱこの世界の特色を知らなきゃな」
「どうやったら分かるのかしら」
 トーストや日替わりメニューを食べながら、この世界の特徴をどうして知ろうかと思案しているときだった。トオルの口の中に、何か食べ物以外のものが入っている。
(何だ? 飯の中に入ってたのか?)
 口の中からそれを取り出すと、青い球形の小さいカプセルが出てきた。
「何それ?」
「知らねぇよ。飯食ってたら口ん中から出てきた」
 よく見ると切れ目が入っている。パチンコ玉程度のその玉を開けてみると、圧縮された紙が出てきた。更にその紙を広げてみると、何やら文字が書かれている。トオルはまだ三八界の文字が読めない。
「今日の運勢……」
 一言呟いたのは、紙を覗き込んでいたエミ。エミは既にこちらの文字が読めるようだ。
「今日のあなたは、至って普通。いつも通りに過ごして」
 すらすらと、エミは文字を読む。読み終わった後に三人は顔を見合わせ、思わず吹き出してしまう。
「何だ、やっぱ占いの世界じゃんか」
「そうね。案外簡単に分かったわね」
「メニューにまで占いが入っているとはね」
 一転、ほんわかとした空気が流れ、軽い朝食を済ませると、一行は早速情報収集へと移る。
 この三八界は、文明が進歩している順に、一から三八までの番号が振り当てられている。トオル達の住んでいた地球は、こちらではレイトサイトと呼ばれる。地球はワールドリンクトラベルの対象外界であるため、三八界には含まれていない。その代わり、人間界と認められているために、三九番目の世界として成っている。しかしそれは前にも述べたとおりなので、文明的な順番ではない。実際地球が加わり、三九界になった場合、上位番号を背負うだけの文明はある。
 ここ第三一番界のタロットスには、インターネットという仕組みは成立しておらず、聞き込みによる情報収集が主な手段になる。
「ところでよ、占いの世界って言うけどさ、占いの店っぽいところ、全然ねぇな」
 確かに辺りを見回しても、そのような宣伝をしている場所は無い。レイトは通行人に尋ねる。
「すいません、占いをやっているところは、どこにありますか?」
「君たち、占ってもらうのか? なら旅支度をしなさい。ここからは結構距離がある」
 愛想の良さそうな中年男性はそう言うと、更に続けた。
「占いは、この街の外のテント、全てがそうだよ」
「えー!?」
 トオルとエミは思わず声を上げてしまった。ワープポイントを出て、最初に見たあのゲルのようなもの――あれが占いのテントであったのだ。
 三人は男性に言われたとおり、旅支度を始める。距離はあるが、まだ昼にもなっていない。急げば再び街に戻ってこれるだろうと踏み、軽装で出発することとなった。持っていくものは最小限、昼食と、予備に一食分。更に応急手当のための包帯や薬。セントラルでは万能薬があるが、タロットスでは多種多様な薬があり、選別にはかなり手間取った。

「よっしゃー、出発だ!」
 右手を掲げ、大声で叫ぶトオル。にこやかに見るレイトと、他人の振りをするエミ。トオルの声は、障害物の無い平原の空に吸い込まれていく。
 点在しているテントは、三方を山に囲まれ、一方に街が広がる盆地の中にある。とはいっても、その広さは半端ではなく、北海道が納まりそうである。これではテント地帯が盆地なのか、街のある場所が丘なのか、分からないくらいだ。
 三人はまず、一番近くに見えるテントへ歩き出す。それでも数キロメートルはありそうだ。何時間歩くかは、予想がつかなかった。

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