scene37  あるのは体力と…?

 レイトが胸の前に手をかざすと、強烈な風がまとわり付いた。鋭い音を立て、刃のようなそれは目に見えた。
「この空気の刃は鋭いから、ちょっと触れるだけでも結構切れるよ」
「そう、別にそんなことどうでもいいわ。先に行かせてもらうわよ」
 地面に亀裂が入る音と同時に、トオルの目の前にメイリが飛び掛る。トオルは剣で思い切り振り払う。タイミングが合いトンファに当たり、メイリを弾き飛ばした。
「力には自信がありそうね」
 そういうとメイリは、トオルの背後を取る。そして背中に打撃を叩き込んだ。打たれ強さにも自信のあったトオルだが、その一撃は非常に重かった。しかし、大ダメージを受けるほどでもなかった。
(このくらい――!)
 耐えたのも束の間、全身に閃光が走った。体中が痺れる。
「甘いわね! 放電も出来るのよ!」
 レイトはすかさず攻撃を仕掛けるが、一瞬遅れたメイリの反応も、尋常じゃない移動速度によって避けられた。
(速い! 不意を衝いたのに)
 隣では、意識はあるが、しゃがんだまま立ち上がれないトオルが居る。暫く体は動かせないだろう。
「何だ、あなた弱いのね」
「くっ」
 メイリはそれを言い放つ時も、レイトへの集中を怠らない。そのままレイトの方へ向かい、トンファを突き出す。レイトは避けながら刃を振り掛かるが、彼女の速さの前には間に合わなかった。
(危なかったわ。良く見ると、あの空気の圧縮は半端じゃない)
「よっしゃぁ!」
 その叫びにメイリは驚いた。トオルが立ち上がっている。電圧は下げているが、一撃を喰らえば確実に気絶するくらいの強さ。うずくまっただけでも、そのタフさに驚愕したというのに。
「もう体は動くぜ。もう一度来な」
 トオルは構えてメイリを睨みつけ、薄く笑みを浮かべながら、人差し指でこっちへ来いと挑発する。
 今までメイリの電撃を受けて立ち上がった者は数少なく、それは明らかに実力者ばかりだった。彼のような、鍛練が未熟そうな者に立ち上がられたことは、彼女にとっては衝撃だった。
 その刹那の動揺を、レイトは見逃さなかった。瞬時に駆け出し、刃を纏っていない左腕で手刀を繰り出す。
(っ!)
 隙を突かれたメイリは避けることが出来ず、咄嗟にガードする。だがレイトの手刀は予想以上に重く、ガード弾かれメイリは数歩後ろに下がった。
(重い! あの細い身体からは考えられないほど。恐らく体重移動や腰の回転を、うまく使っているんだわ)
 メイリは一瞬怯んだ。そこへトオルが拳を振りかざし、走ってくる。だが今度は彼女も対処する。振り下ろされた拳を素早く避け、右足をちょんと前に出した。
「女の子にグーはいけないわよ」
「んなっ!」
 その瞬間トオルは、微笑んだメイリの出した足につまずき、地面に滑り込んだ。
(タフなだけ、ね)
 そして瞬時に照準をレイトに合わせる。しかしメイリは、そこで異変に気付いた。レイトから手刀を受けた際にガードしたトンファが、明らかに凹んでいた。外見がプラスティックにそっくりなそれは、攻撃を受けた場所にしっかり窪みが出来ていた。
(そんな、魔法石のトンファなのに、どうして!)
「不思議? ただ、空気も一緒に当てただけだけど?」
 メイリは瞬時に理解する。これ程の破壊力を、人間が持つわけが無い。レイトは空気圧を巧く利用し、攻撃を加えた。
 構えた際にミートポイントの気圧を下げ、真空に近い状態にする。そして自分の手の周りを、薄く通常の大気で纏い、手の周りの気圧を急上昇させる。それにより、低気圧のほうへ空気が補充されるために、高気圧から大量の空気が吸収される。その気流に手刀を乗せることによって、速度が急激に高まり、ミートポイントへ強烈な一撃を加える。その瞬間、打撃している部分の間の気圧を急激に高める。よって圧縮された空気が拡がるために、大きな破壊力が生まれる。
「もう一発、加えようか……?」
 その時レイトの眼は、いつもと違っていた。
(この破壊力……やばい!)
 メイリは直感でそう思った。この戦いは、これ以上続けると本気のレイトを出してしまう、と。その前に終わらせようと考えた。
「レイト、今日はここまで。次に会うときは、本当に捕らえるからね」
「逃げる気かい?」
 彼の目付きはとても鋭くなっている。
「馬鹿言わないでよ。これは私から始めた戦い。終わるも続けるも、私の都合なんだからね」
 メイリはレイトに背を向ける。
(対策を講じないと……)
 そのまま、脚力を生かし、五階建てビルの屋上まで飛び上がると、その姿は消えた。
 それを確認すると、レイトは急いでトオルの元へ駆け寄る。トオルは倒されたままの姿勢であった。
「大丈夫かい?」
 むくりと起き上がったトオルは、素早く立ち上がる。
「大丈夫だ!」
 レイトからは背中しか見えなかったが、その背中からは、悔しさが滲んでいた。

「離れなさい!」
 二人の後方から、叫び声が聞こえた。二人が振り返ると、今にも掛け出さんという恰好のエミが居た。トオルは完全にエミのことを忘れていた。そのため、咄嗟の弁解の言葉が組めない。
「少しでも動いてみなさい。私があなたを倒すんだから」
 レイトはその言葉を聴きながらも、しゃがんでいる姿勢から立つ。エミはビクついている。筋の通った話を作っていたトオルだが、どうしても居た堪れなくなり、一言発する。
「レイトは仲間だ」
 突然トオルから出た言葉に、エミは理解が出来なかった。
「仲間……? でも、レイトはトオルのことを知らなくて、利用したんじゃ……」
 確かに戦闘中、レイトとトオルは会話も交わしていないし、メイリも二人が一緒に行動してたかのようなニュアンスの言葉は、発していない。
(そういえばトオルが助太刀するとき、仲間、みたいなことを言っていたような……)
「エミ、落ち着いて、良く聴けよ。俺とレイトはだな――」

「ごめんなさい!」
「いいよ、別に。分かってくれたなら」
 レイトに深々と頭を下げるエミ。事のあらましを聴き、謝罪している。
「トオルが、教えてくれなかったの」
(聴いてねぇのはお前のほうだろ!)
 直接口に出して言わないのは、エミにあしらわれるからであろう。そしてエミは、トオルのほうを振り向く。トオルは心の中を読まれたかのようにおろおろする。
「ところでトオル。最初に訊いた答えは?」
「え? あ、どこに行くかって?」
「そう」
「レイト、どこに行く?」
 質問を振られレイトは考えるが、もともと考えが決まらなかったものを、ここで瞬時に纏めるのは難しい。とりあえず、決まってない、と伝えた。しかしここでただ立っている訳にも行かず、ワープポイントに向かって歩き始めた。

<<<   >>>