突然走り出したトオル、その腕を掴んでいる見知らぬ少女。全く訳が解らず、追いかけるしかなかった。簡単に追いつくことは出来るが、正体の知れない相手。無理に追い抜くのは得策ではない。
(誰だ……? トオルの腕を掴んでいるのは?)
いきなり腕を掴まれ走り出し、つんのめってこけそうになるが、立て直した。何が何なのか分からないトオルは、ただ理由をエミに訊いた。
「何だよ、いきなり引っ張って」
「私、来る前に一応こっちの情報を色々調べたの。そして賞金首リストも調べた。後ろを追って来てる青髪の男は、レイト・セールメントっていう懸賞金第二位の賞金首よ。逃げなければ殺されるわ!」
「エミ、あいつは――」
「ここ曲がるわよ!」
言いかける途中でエミに遮られ、ビルとビルとの隙間の細い路地に入った。陽光が届きにくく、薄暗い道を懸命に走る。
「だからエミ、レイトはいい奴なんだよ!」
「言い分けないでしょ、賞金首なんだから!」
トオルは呆れて軽く笑うしかなかった。
レイトは追いながらも、トオルのほうを注視している。あわよくば何か合図でもあればいいと。しかし内容は聞き取れないが、少女に何か懸命に話しているのは分かった。そしてトオルはちらっとこちらを振り向き、困惑したように微笑った。
(何か必死になっているみたいだし、トオルの知り合いか何かかな)
話しかけようとするトオルに、エミは依然取り合わない。
(レイトが分かってくれてるようだからいいものの……)
やがて角を曲がると、目の前に立ちはだかったのは大きな壁、行き止まりになっていた。道自体もそれ程広くなく、後ろからはレイトが追って来ている。壁の向こうからは、人の歩く音や喋り声が聞こえることから、大通りと壁一枚隔たっているだけだとわかった。逆にたったそれだけで追い詰められたのが悔しい。
(こうなったら、戦うしかない!)
「来てみなさい! 私だって戦えるわよ」
立ち止まったレイトにエミは啖呵を切る。こちらを見つめるレイトは、困った風な表情を見せる。
「エミ、よく聞けよ。あいつはな」
「トオル、あいつは強いわよ、きっと。気をつけて」
(駄目だ。今の状態じゃ何言っても通じねぇ)
必死でエミをなだめようとしたが失敗し、トオルは説得をほぼ諦めた。レイトのほうにアプローチを掛けて、どうにか真意をエミに伝えようと考え始める。レイトもトオルから何かきっかけが無い限り、エミに直接何かすることは出来ないし、トオルに話しかけても口を挟んでくることは目に見えていた。
「あ、レイト」
緊張していたエミと、この声に聞き覚えのある二人は、突然の声に驚く。声は上から聞こえた。三人が一斉に上を向いた。五メートルもの高さの壁の上に、しゃがんでいる女性。この前喫茶店で会った賞金稼ぎ、メイリだった。
「偶然ね。ま、一度言ったことだし、捕らえさせてもらうわよ」
(このややこしい時に)
トオルの思うとおり、エミが勘違いし逃げて来、対峙している場に彼女がやってくるなんてタイミングの悪さこの上ない。エミは彼女が賞金稼ぎだということが、すぐに分かった。彼女がレイトを襲っている間に、どうにかして逃げなければならない。
「あなたの現況は構わないで行くわよ」
「道理だ」
メイリは体を倒し思い切り脚で壁を蹴った。前回一瞬で背後を取られたことから、速さには充分気を付けていた。しかし飛び出したメイリの影は、僅かにしか見えなかった。微かに確認した軌道を読み、間一髪のところで交わす。同時に衝撃音が響き、砂塵が立つ。その砂塵からは、再び彼女が飛び出してきた。今度はしっかりと見切り、確実に避けた。
(この間より速い、あの時は本気を出していなかったのか……!?)
見ると先程彼女が着地した場所は、SWPアスコンだというのに窪み、亀裂が入っている。SWPアスコンとは、いわばコンクリートとアスファルトの複合物のようなもので、高強度コンクリート並みの強度と、透水性アスファルト並みの透水性を持つ。
(これ程の脚力、魔法石の力か――)
メイリの方を見ると、両手のミトンの手袋の甲に付いている魔法石が輝き、トンファらしきものが握られていた。それは側面が流線型になっており、赤と白のツートンカラーになっている。
「油断しないでよ!」
メイリはすかさずそれを構え、飛び掛ってくる。彼女は飛び掛るというよりも、その強靭な脚で踏み切って来、飛んでくるというのに近い。レイトはただ避け続けるしかなかった。もう二、三発避けたところで、突然彼女が消えた。あちらこちらからの攻撃を避けている内に、レイトは姿を見失った。
トオルは、彼の苦戦に何か助太刀は出来ないか策を考えていた。
「トオル、今の内、逃げるわよ」
「えっ!?」
「えっ、じゃ無いわよ。せっかくあの女がてこずらせてるんだから、今逃げなきゃチャンスを失うでしょ」
考えが纏まらずふと見上げると、ビルの屋上から落下体勢のメイリを発見した。
「レイト、上だ!」
その叫びと同時に、メイリは飛び出し、レイトは上を見上げた。堕ちてくる一陣の筋を見切り、間一髪で攻撃を避ける。メイリは着地姿勢のまま舌打ちする。エミは、トオルが突然戦いに関する発言をし困惑している。
(――もう我慢出来ねぇ)
トオルはレイトの方へ歩き出す。
「レイト、助太刀してやるぜ!」
増えた敵に、メイリは軽く笑む。
「助太刀? 丁度いいわ、あなたの力も見させてもらおうかしら」
突然争いの場に歩みだし、レイトに助太刀をするトオルに混乱していたエミは、ようやく正気を取り戻す。
「何で! 助太刀なんかすんのよ!」
「仲間だからだよ」
「!?」
エミは理解できなかった。高額賞金首のことを仲間と言ったのだ。いくら考えを巡らせても、決して結びつくことの無いであろう二人。本当に仲間なのかもしれない。しかし、レイトが苦戦している中、有りもしない関係でも自分の味方になってくれるのであればと、彼があえて何も言わないのかもしれない。だがそれだと、トオルにとって何の得も有りはしない。
答えが出ず、エミはただ何もすることが出来なかった。
「前は知らなかったけれど、今は分かっているわ。二人で来てもおよそ問題ないわ」
「言うじゃねぇか。俺だって魔法石は使えるんだぜ」
トオルは、魔法石で剣を具現化する。
「じゃあ僕も、そろそろ魔法石を使わせてもらおうか。いくらなんでも丸腰じゃ敵いっこない」
レイトは掌を胸の前にかざした。
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