scene35  再開できない活動

 ここ最近は情報収集に力を注いでいる。しかしどこからも情報は出てこない。主にコンピュータを使っているため、ホテルに籠もりがちになっていた。一週間前、ニュースではファイヤーの特集をしているところがたくさんあったが、最近は大分減ってきた。陽は高く上がり、セントラル界も短い夏を迎えた。
 このセントラル界は、夏が短く、春と秋が長い。冬は無く、温暖な気候の世界であった。一年中半袖の服で過ごす人も珍しくない。
「お、今日の気温は二四度か」
 トオルはベッドに座り、部屋に備え付けのテレビで天気予定を見ている。天候は百パーセント予知が可能だ。ファイヤーが真魔石を持っていたことや、亡くなったことは、この前レイトから聞いた。彼が身に付けていた炎の真魔石は、正当防衛で彼を殺した、BE社のボート・K・デイトに押収されただろうとのこと。ファイヤーとニアミスがあったことも教えてもらい、レイトはそれを悔やんでいたが、それは追求しなかった。
(ここに来て、何日経ったろう……)
 しかし数えようとはしなかった。経過した日数の多さに、耐え切れるだけの自信が無かった。
「トオル」
 レイトが優しく話しかけて来た。何を意としていたかは、すぐに分かった。時計は十四時を過ぎていた。

 遅めの昼食を摂りに、いつかメイリと出会った喫茶店に入った。この数日間、ここにしか来ていない。そして、あの日以来彼女とは遭遇していない。この喫茶店はメニューが豊富で、まだまだ飽きは来なさそうだった。今日頼んでもまだ、メニューを一周していない。
 ふとトオルは、レイトに疑問をぶつける。
「なあ、真魔石って五つあるって聞いたんだけど、俺そういえば炎しか知らねぇんだよ。別のってどんなのがあるんだ?」
 レイトは質問に丁寧に答える。
「うん。まずはファイヤーの持っていた炎があるよね。その他には水と地と光があると言われているんだ」
「へぇ。でも一つ足りなくないか?」
「そうなんだ。古来から伝えられてきたのはこの四つのみ。もう一つは最近発見されたらしい」
「その真魔石は何の力を持ってるんだ?」
「それがね、いくつもの信頼できる場所から情報は出ているのだけども、付属の能力の情報は、いくら探しても見つからないんだ。それは恐らく、所持者がいることを示しているんだと思う。故意に開示しないでおけるのは、そういう場合のみだからね」
 もう一つの真魔石の能力は分からない。それはいか程の能力を持つものなのだろうか。
 レイトは違う話題を切り出す。
「トオル。いくら調べても情報は出てこない。だから明日、別の世界に行ってみようと思うんだけど」
「おおいいぜ。そうだな、何にも見つかってないもんな」
 進展の無いここ最近に、二人は覇気が失われつつあった。だがこれを機に取り戻せるだろう。
 早くも陽が沈みかけている。既にホテルに戻った二人は、久々にバラエティ番組を見た。最近の緊張の所為か、いつもより楽しく感じた。

「ここが泊まっている場所ね」
 二人の泊まっているホテルの前に、人影が現れた。それは女のものに見える。
(明日、いきなり尋ねてやろう。きっとかなり驚くわ)
 トオルはふと窓の外を見た。最上階の四階の窓からは、微かだが人影が認められた。
(ん? 誰だ? 泊まる気配も無さそうだし……女?)
 その人影はその場を去り、そこから一番近い別の宿泊施設に入っていった。
「レイト、今女っぽい奴がこのホテルを一見してたんだけど」
「えっ。――もしかして、彼女に宿泊場所がばれたのかも。そうだったら近い内に来るかもしれない」
「まさか、メイリ……?」
 一抹の不安が頭をよぎった。その影は向かってこなかったので、ひとまず今日はここに泊まり、翌朝早くにチェックアウトすることを決めた。

 早朝七時。ホテルの四〇三号室では、二人の少年が身支度を始めていた。今日早くチェックアウトし、別世界へ行く予定になっている。
「トオル、準備は出来たかい」
「おう」
「よし、じゃあ行こう」
 手際良く支度を整えた二人は、さっさとロビーで手続きを済ませ、ホテルを出る。そこに誰の人影も無かった。
(とりあえずは大丈夫だったか)
 だがいつ襲われるかも分からない。二人は早足で歩き始めると、真っ直ぐ最寄のワープポイントへ向かった。真昼間のような都会独特の喧騒はまだ無いが、既にたくさんの人々が足早に通り過ぎているが、トオルにはそれは異様な光景だった。どこを見回しても通勤通学をするような者は無く、目的が分からない者が多かった。
 いつしか裏道に入った。ここは人通りが少なく、とても閑散とした場所だった。本来はここを通るべきではないが、ワープポイントに行くには近道であり、他の道を選ぶと一時間以上行った場所にしかそれは無い。
「ごめんトオル、ちょっとお金が無いや。ちょっと預金を下ろしてくるから、ここで待ってて」
 裏道に入ったばかり、レイトが突然言い出し来た道を戻って行った。なぜレイトはこのタイミングで思い出すのか。最初からチェックしておくべきことを、あのレイトが忘れていたことに、ちょっと驚きながらも普通の奴だと、少し安心した。
(それにしても街中と比べて、静かっつーか不気味っつーか。何か嫌な感じだな)
「トオル!」
 突然大声で呼ばれ、色々な意味で驚いた。しかしレイトのそれでは無かった。それは女の声。しかし聞いたことの無い声でも、メイリの声でも無かった。確実に聞いたことのある、久しく聞いていない声だった。裏道の入り口から聞こえたそれの、持ち主を確認しようと振り向いた。
「やっぱりな。だと思ったよ。エミ」
「久しぶり、トオル」
 何日ぶりか。この世界へ来て、ユカの家に留まり、自分だけ先に出てきた。あの時はまだエミは未完遂で、先に魔法石を使えるようになったトオルが先に出てきた。
「ここに来たということは、魔法石を使えるようになったんだな」
「うん、勿論。とうとうトオルに追いついたわよ」
「残念、俺もあれから成長したぜ」
 このやり取りも随分久しぶりな気がした。レイト相手だと、気を遣うこともあり間抜けなやり取りも出来ない。
「ところでトオル、わざわざこんな道通るのは、一体どこへ行くからなの?」
「何で出かけるって知ってんだよ」
「だって昨日、簡易ホテルに泊まってたじゃない」
 一瞬トオルは考えたが、すぐさま整理し尋ねてみた。
「昨日ホテルの前で立ち止まって見上げたのって、お前?」
「そうよ」
 あの人影の正体がエミだと分かった途端、ほっとした感もあり、やる気が失せた感もあった。兎も角メイリの下見ではないことが分かった。ならばゆっくり別界へ行ける。だがまだエミは、しつこく行き先を聞いて来る。
「それよりトオル、どこに行くのって」
「ああ、それより今ここで人待ってるんだよ」
 そこへ人影が向かってきた。ゆっくりこちらへ歩いてくるが、逆光で誰かよく分からない。だがすぐにはっきり見えて、レイトだということが分かった。トオルが、あいつを待っていた――という前に、エミは咄嗟にトオルの腕を掴み上げる。
「逃げるわよ!」
「え!?」

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