scene34  ただいま休業中

 ロドリーとの、初めての戦いを終えたトオル。本人にとって、命を賭した戦いというものは初めてであった。
「今だから話すけど、俺めちゃめちゃ怖かったんだぜ。俺も、ロドリーも、本物の剣使ってんだから」
「そっか、トオルは争いの少ない世界から来たんだっけ」
「んー、やっぱ争いは絶えないけど、俺の何かが賭けられてることじゃなかったから、介入する必要が無いんだよな」
「そんなことがあるの?」
「ああ、まぁ」
 他愛も無い会話をしながら、先程帰って来たセントラル界最大の都市、セントラルシティの街中を歩く。
 こちらの世界も一日は二四時間で回っている。地球と進むスピードが違うかは分からないが、地球以外の三八の世界は同じ速度で動いているという。何にしても一日に経つ時間が全く一緒なので、時制について迷うことは無い。そしてこちらの時間は、昼の一時過ぎ。
「レイト、そろそろ昼飯食わねぇ?」
「そうしようか」

「あーあ。どこかに賞金首はいないかなぁ」
 繁盛している喫茶店の、窓側のカウンター席。高い位置から二つに分けて括ったポニーテールが揺れる。目の前の残り少なくなったサンドウィッチを見つめながら、コーヒーをすする。
 すると唯一空いていた、右隣の二つの席が埋まった。片方の男は、彼女と同じサンドウィッチセットを持って来ている。
(とりあえずレイトはどこへ行ったか分からないし、そこら辺で小物を見つけるしかないよなぁ)
 彼女が大きな溜息をついたときだった。
「あっ!」
 急に隣に座った男が大声を上げた。驚いて右に振り向くと、見覚えのある黒の長髪男。
「お前は昨日の!」
「ああ、確かレイトに騙されてた奴ね。ということはレイトは居るの?」
 トオルの更に右隣に座っている青い髪の持ち主は、間違いなくレイトだった。二人は明らかに警戒した。
「君は、昨日僕の正体をトオルにばらした奴だね」
 あれはまだ昨日のことだった。サウンズキープにトリップする前のこと、小さな町グリンバールから、セントラル界第二の都市リースランに向かう途中のことだった。突然目の前に現れた彼女が、隠していたレイトの正体を、トオルの前で白状させてしまったのだ。
 今日はあの時と同じ服装で居る。
「何身構えてるのよ。今私は休業中、捕らえようなんかしないわ」
「えっ」
 意外な言葉にレイトは動揺する。
「それ、本当?」
「二度も同じこと言わせないでよ。本当よ」
 レイトは彼女の言葉に安堵する。トオルは、最初に休業中と聞いた時点で、ランチセットを頬張っている。
 休業中ということではあるが、流石に次の行き先のことを話すわけにもいかず黙り込んでいたが、トオルがセントラル界の名所をレイトに尋ねて、話は進んだ。しかし名所を聞いてもこの世界の根本が分からないトオルは、色々なことを訊き返し、一問一答のような形になっていた。二人のその様子を見ていた彼女が、突然話す。
「レイトって、普段は意外と普通なのね」
 すっかり彼女のことを忘れていた二人は慌てるが、しかしすぐに落ち着きを取り戻してレイトが、そうだけどそれがどうしたの? ――と訊き返す。
「あれだけ人殺して賞金も高いのよ。とても恐ろしい人物だと思うわよ。素性を調べて入手した写真だって、今より形相が鋭いわ」
「まあ対象の人物が目の前に出て来ると、殺すことだけを考えてしまうから」
「ふーん。普段とこれだけ違ったら、そりゃ捕まらないわよね」
 賞金稼ぎの女性と賞金首のレイトはまるで自然体で、友達のように会話をしている。トオルは会話からはみ出し、二人の会話を聞くしかなかった。機を見てトオルが口を開きかけたとき、女性は急に立ち上がった。
「じゃあ、私はこれで。次に会った時は捕らえにかかるわよ」
「あ、ちょっと待って。えーっと――」
 向こうを向いて歩き始めかけた彼女を、レイトが呼び止める。だが名前を呼ぶつもりだったが、それは知らず、言葉に詰まってしまった。そして彼女は振り返った。
「私の名前はメイリ。覚えておいても結構よ」
 レイトは頷き体の向きを変え、脚と腕を組んで、鋭い目で微笑んだ。
「僕たちは暫くこの街に居る。捕まえたければいつでもどうぞ。ただ僕は、そう簡単には捕まらないよ、メイリさん」
「分かってるわ」
 微笑んでメイリは店を出て行った。
 トオルはレイトに言葉を投げる。
「いいのかよ、情報教えて」
「いいのさ。そう簡単には捕まらないって言ったでしょ? それに今日は多分攻めてこないよ」
 何故今日は大丈夫なのが分かるのか――と、トオルは訊く。それに対して、勘だよ、という答えしか返ってこなかった。そこには同じ類の者にしか分からない感覚があるんだと、トオルは理解した。

 レイトの勘の通り、その日彼女、メイリは襲ってこなかった。
 その夜は簡易ホテルに泊まった。午後十二時、トオルは部屋で既に寝ている。二人で借りたその部屋には、コンピュータが設置されている。セントラル界では一人一台のコンピュータは当たり前だ。情報、通信、教育、売買など、全てコンピュータ一台が担っている。本体は掌と同じくらいの大きさで、ディスプレイは投射式である。
 レイトはそのコンピュータで、ファイヤー・エドウェイズについての情報を集めていた。
(サウンズキープに居るときに入ってきた、死んだという情報は本当なのか……)
 結果はすぐに出た。該当情報一覧には、それに関しての情報が数百億件羅列された。どの情報も『dead』の文字が記されている。
(あの晩にすれ違ったのは間違いなくファイヤーだった。ファイヤーが真魔石を所持していることを、僕は知っていた。くそ、あの時が最後のチャンスだったのか。――殺したのがBE社統長のボート・K・デイトなら、確実に証拠物件として押収されている)
「仕損じた……。あの日あの時だけだった」
 ふとレイトは自己の矛盾に気が付く。今まで他人のことで、これまで真剣になったことがあっただろうか。自分の目的は、両親を殺害した犯人の究明と復讐。真魔石を必要としているのはトオルなのだが、それを手に入れる千載一遇の時機を失して、心から悔しい。
(それ程僕は、彼に惹かれているのか)
 不思議な気持ちで、寝ている彼を見つめる。
(本当に、知らぬ間に一緒に行動していた。最初の僕は最悪だったのに)
 二人の最初の出会いはエレベーターの中。レイトは、政治家のトリニーノを殺し、トオルにも手を掛けるところだった。今思えばあの時、トオルを一緒に乗せなければ、何も無かったかもしれなかった。何故一緒に乗ることを許したのか、自分でも分からない。
(とりあえずもう寝よう。明日以降はいつ彼女が襲ってくるか分からない)
 コンピュータの電源を落とし、レイトはベッドに入った。

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