scene33  Sudden despair[dark] -後編-

 脚のことも考えて、片手に持てるくらいの量だけを盗んだ。
「全く情けねぇ。二〇〇億の家からたったこれっぽっちか……」
 保管庫の出入り口の反対側の壁を焼き切り、邸宅の裏口へ歩き出す。行けるところまでは屋敷の壁伝いに歩き、後からは片足で進むしかなかった。スポットガンの効果は、短くても半年は続く。
「治せる奴探して、治療してもらわなきゃな」
 スポットガンは、着弾したところには全く痛みは無い。麻酔が掛かったような感覚しかしない。
(邪魔だな。いっそもぎ取るか? ハハ)
 冗談を交えつつも、確実に屋敷の出口に近付いて行く。裏口の戸は開いている。ここの戸は、侵入前に緊急用として鍵を外しておいた。日常的に使われている感じがしないその戸を抜ける。
「!」
 ファイヤーは外に人が居る気配を感じる。目で確かめて、確かに誰か居た。しかしそれは、想像よりも大きかった。それを見て取って初めて、気の大きさも窺った。
「やはりお前はここに居たか……」
「てめぇは……キル――!」
「おっと、それは昔の名前だ。今はボート・K・デイトで通ってるんだ」
「うるせぇな。どっちでもいいだろ。少なくとも俺はお前をそう呼ぶぜ」
 ファイヤーの前に現れた男、ボート・K・デイト。バッドネス・エクスターミネーター(BE)社の創始者であり、現統長である。身の丈は二メートルをゆうに超える。銀のロングヘアを携え、不気味に光る眼。
(しかし、何故ここに奴が居る?)
 ファイヤーは考えた。屋敷の者がBE社に通報したとしても、その場合やってくるのは派遣員のみで、統長自ら出てくることは有り得ない。それに限らず、滅多なことでは人前には姿を現さない。
「ふっ。どうして私が居るのか、って顔をしているな。私は私の意志で、お前を殺すためにやってきた。別に通報が来たわけではない。派遣員には出動せぬように命じた。通報が来たのは、私がこちらに向かっている途中だからな」
「俺を殺しに、か。――ふざけんなよ。俺が簡単にやられるかよ」
 大口を叩いたものの、当分は右脚は動かない。今も壁に寄り掛かった状態で居る。脚のことが知られたら、いや、知られなくても、ボートは力を抜いてファイヤーを殺しにくるだろう。
(やべぇな。キルには万全の状態でも、勝つ見込みが数パーセントしかねぇってのに)
 ボートはゆっくり間合いを詰めてくる。しかしここでボートは、ファイヤーの脚の異変に気付く。
「お前、その脚はスポットガンに――」
「違ぇよ!」
 ボートが言う途中に口を挟んだ。元々警備員用の護身銃として開発されたスポットガンは、被弾者に後遺症が残らぬよう弾は化学物質の塊で出来ており、体内に一度取り込まれると全て血液中に溶けて無くなる。見た目からは撃たれた痕は残らず、全く分からない。しかしファイヤーの脚はまるで力が入っておらず、それは明確だった。
 ボートは素早く銃を取り出すと、ファイヤーの右脚に撃ち込んだ。ファイヤーは咄嗟のことに避けられず、転倒した。しかし彼は、感覚を取り戻したことに気付く。
(脚が――動く)
「脚の動かないお前を殺しても、面白くないからな。解毒剤を撃った。これで私を退屈にさせるなよ」
 ファイヤーはおもむろに立ち上がる。そして紅い瞳でボートを睨み付ける。
「ひとまず礼を言っておこう。だが、今の行為がお前の有利を無くしたぜ」
「そういうことは、私に勝ってから思ってくれ給え。まあこれから死ぬお前に、そう言っても仕方が無いか」
 ボートが台詞を言い終わる刹那、ファイヤーは飛び掛かる。雄叫びと共に殴りかかるが、呆気なくかわされる。
「何だ、脚を治してもこの程度か。来て損したな」
「ファイヤーボール!」
 着地したファイヤーが、振り向きざまに炎弾を放った。それは自身の中でも、最高に近い威力だった。
「酷いな」
 呟いたボートの周りには、一瞬にして暗緑色の円形の膜が現れた。表面には電気が走っているのが分かる。
「お前の力はこの程度か。炎の真魔石を持っていながら、たかが火の玉。お前に真魔石を操る資格は無い」
 するとボートを取り巻いていたバリアが集束を始め、彼の差し出した右手の上に、小さな球として留まった。その球から放射される凄まじいエネルギーは、ファイヤーには到底超えられないものだった。
「この程度の攻撃だが、どうかな?」
(よく見ろ。あれは小さい。どんなに破壊力があっても、直撃を免れれば致命傷は避けられるはず)
 まるで闇のようなエネルギーの球を、視線から一切逸らさず、どこから来ても対応できるよう構えた。
「まだまだ考えが浅いな」
 目の前には切先が見えた。それは心臓を貫き、自身の胸から出ていた。不気味に輝く剣には、眼と同じ紅い血が付いていた。
「エネルギーボールを出したからといって、実際にそれを使うとは限らない。現にお前はそれに気を取られて、私に背後を許した」
 ファイヤーの体を貫いた、僅かに湾曲した片刃の剣を引き抜くと、ファイヤーからはおびただしい血が噴き出した。それと同時に彼は前方に倒れた。
「さて、炎の真魔石を頂こう」
「やら、ねぇ、よ……」
 ファイヤーはボートを見返す。
「お前に、これは、渡さねぇ。……悪霊に、なってでも……。例え、来世でも……。必ず、これを持って、キル、お前を、倒……」
「これは!」
 ファイヤーの執念か、はたまた真魔石の神秘か。彼が命を失ったと同時に、炎の真魔石は消えていった。
「一つ、取り損ねたか……」
(まぁいい。どこかへ行ったか、消えたかはどうでもいい。他の真魔石を手に入れれば……)
 バッドネス・エクスターミネーター(BE)社の統長ボートは、ファイヤーの亡骸を放置したまま、その場を去った。

 翌日、セントラル界全土に、世紀の大泥棒ファイヤー・エドウェイズの死亡のニュースが流れた。内容はこのようなものだった。
「ミケランジェロ宅で窃盗を犯し、屋敷を出たところで、偶然にもBE社統長、ボート・K・デイト氏と遭遇し、もみ合いの末ファイヤーの胸部に剣が刺さった。ボート氏は正当防衛が働き、刑罰は発生しない」

 このニュースを知らぬものは、数時間で居なくなった。瞬く間に広まったニュースは、世界を越え、第二番界、第三番界と、他世界にも届いた。他世界でファイヤーを知る者は少ない。しかし誰も知らないという世界は存在しない。第三五番界に居たレイトの耳にも、これは届いた。

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