scene30 ロドリーの腕
「お前が如何に愚かか、教えてやろう」
ロドリーは不気味に笑う。トオルは身構える。
「さっきの精鋭一人分でな、俺様一〇〇人分の力量があるんだよ!」
堂々と言い切る。
(――それって弱いんじゃ……)
ロドリーは壁際に向かう。金箔が散りばめられたその壁は、上品さが漂う中、どこか界王の趣味の悪さも露呈していた。壁にかけてある、これも宝飾がしてある剣を持ち出す。
「この剣の値段を教えてやろうか。腰を抜かしても知らんぞ? それで斬られるお前は果報者だと思え」
「そんな御託はどうでもいいんだよ。早く終わらせねぇと、機械が壊されるぜ」
「機械? あー、特殊音波発生装置か」
一瞬考えるふうを見せる。
「もう壊していいよ、あの音ヤル気無くすし」
「じゃあ止めろよ!」
「それがどうやって止めたらいいのか」
(おい)
漫才をやっているかのような、奇妙な乗りもそこで途切れ、いよいよ本気モードに入る。
「ここに来て面倒になったな。さっさと片をつけてやる」
「そっちがその気なら、こっちもこれで行くぜ」
トオルの手に握られていたものは、緑に輝く石。意識を統一し集中すると、魔法石の周りに取り巻くものが現れ、それは伸びていく。切先が尖り、鉄色に輝く、槍のようなものが具現化された。ロドリーはそれを見届ける。
「魔法石が使えてこの世界のことを知らない。……そうかお前はワールドトラベラーか。道理で真魔石を知っていると思ったよ。しかし、お前たちだけだ。俺様に楯突く輩は――俺様の力を、知らない奴はな!」
ロドリーは技の名称を叫んだのだろうが、驚きで聞こえなかった。ロドリーの両腕が、瞬く間に伸びていった。それはまるで、骨が入っていないかのように波を打つ。呆然としているトオルに、短兵急に剣を振りかざす。一瞬の反応で、自分の剣ではじき返す。
「腕が、伸びた!?」
「そうさ、魔法石マジックアームのお陰で、腕が伸縮自在なのさ!」
(くそ、俺の世界の某海賊漫画のパクリじゃねぇのか!?)
「そんなフェンシングのサーベルみたいなやわな剣で、何が出来るってんだ!」
大広間の天井ぎりぎりまで掲げられた、剣を持った右腕は、高速で降りてくる。
(っ! ――この世界にもフェンシングはあるのか!)
剣同士がぶつかるその音も、装置によって変音化されている。だがこの二人は、音に慣れてしまったようだ。音が未だ元に戻っていないところをみると、レイトは装置を破壊できていないか、その許に辿り着けていないか。
(ここが最後の扉か……?)
その扉を開くと、物々しい機械が視界に入ってきた。横幅は十数メートルあり、高さもある。これほど頑丈な装置を一人で破壊するのは、到底難儀なことだ。そこら辺に、機械が破壊できるような道具が置かれているはずも無い。だが、レイトには構わないことであった。
(こういうもの程、やり易い)
「二気圧……」
機械室の空気がにわかに変化した。とても重苦しい雰囲気になる。
「三気圧……」
装置に異変が生じた。軋む音が至る所から聞こえてくる。僅かに装置の一部が凹みはじめてきた。計器のメーターが異常な数値を差してきた。初めてこの機械を見るレイトにも、数値は読める。レイトの魔法石、エアフォース。この力で少しずつ機械に気圧を加えていく。
「次が最後か……四気圧……」
その瞬間、装置は音を立てて崩壊した。崩れ去るという感じよりは、押し潰される感じに近い。目の前に残ったのは、スクラップになった装置。試しに靴底で音を鳴らすと、確かにそれはまっとうな音だった。
大広間には、息を切らした音が聞こえる。その『息を切らせた音』というのが、すぐ判断出来た。
(レイト……、壊せたんだな……)
向かいのロドリーも、息を切らしている。
「この俺様の息を、切らせるとは、なかなか、やるな。――だが、攻撃を防ぐだけで、精一杯、なんじゃないのか?」
(畜生。この剣、滑りやすい上に鍔も無い。このままじゃ……)
トオルの握っている剣は、殆どアルミの棒と言ってもいいくらい粗末なものであった。打開策を練る内に、ある記憶が脳裏を過ぎった。
(『魔法石の能力は、”無形物の、有形化”』――)
そうだ――とトオルは思い立つ。実際この剣の具現化被対象物は、記憶。トオルの頭の中のイメージを、魔法石を通して現している。それならば、想像し直してみてはどうか。その場でそっと立ち上がったトオルは、剣を手前にかざし、精神を統一する。
駆け戻ってきたレイトだったが、話しかけられる状況ではなかった。動きは止み、トオルが剣を掲げて目を閉じている。一体何をしているのだろうか。遠くから見守るしか、方法は無かった。
トオルの剣は徐々に歪み始め、捻じれ、曲がり、新しい形へと姿を変えた。新しく現れたその剣は、鍔もしっかり付いており、柄もしっかりしたふうに見える。片刃のその剣は、トオルの想像通りに仕上がった。目の前で進化を見た、ロドリーとレイトの両者は、違う寒気を感じていた。
(トオルの創造した剣――)
「俺の新しい剣だ。今度は俺が好き勝手に想像した。――負ける気がしないぜ」
「ふん! たかが剣の形が変わった程度のことで、勘違いするな。俺様の攻撃を防ぎきれないのは、変わらないぜ!」
ロドリーは両手に剣を握り、また腕を伸ばして、トオルに襲い掛かる。
「お前のの弱点だって見つけたよ」
言うと、間髪を入れず剣を弾く。先程とは明らかに速さが違う。予想よりも大きく、剣を弾かれたロドリーは、バランスを崩した。その隙に、トオルは腕をすり抜け、ロドリーの懐に飛び込んだ。
「お前の弱点は、腕さえかわして懐に入れば、己を護るものは何も無いとこだ」
ロドリーの発した悲鳴が、声になる前に、トオルの剣がロドリーの腹を殴った。然程力を入れずとも振りぬけた剣は、ロドリーに大きなダメージを与えた。
「峰打ちでよかったな」
顛末を見届けたレイトは、トオルの許へ駆け寄る。話しかける前に、剣に目が行く。
(トオルの創造した剣――)
「レイト、装置、破壊出来たんだな」
「ああ、案外楽に壊せたよ」
二人はロドリーを見る。腹部に手をあて、悶絶している。この王には、たくさんのことを訊かねばならない。
「さあ、何から訊こうか」
事を思い出し、質問の順序を揃える。
<<< >>>