scene29 異常聴覚の原因を
ペレスと名乗るその男は、ロドリー専属の機械発明設計士と身分を明かした。それを聞いて、心構えずには居られなかった。
(まずい……)
今までの話は全て聞かれた。――話の入り方からは恐らく聞かれただろう。この話を本人に話されたら、処断は免れない。
「そう身構えなくていいよ。前は、専属だった」
過去形で表し、今は違うことを弁明する。信ずるべきか否かは迷ったが、どちらにせよ、再びロドリーに近づくコネクションを築けるということから、話を聞くことにした。
「てことは、今はそうじゃないんだな?」
「ああそうさ」
「しかし昨日といい今日といい、本人から離れた者が何故それに近づこうとする人間に声を掛けるんですか」
ペレスはその話題に入ると、口をつぐみ、人気の無い路地裏へ来るよう案内した。彼は、いつどこで誰に内容を聞かれないか用心してのものだそうだが、誘き出して罠にはめようとすることも考えられた。だが、そこで付いていくのは、今までの経験や知識から、それを打ち破る自信があったからであった。
四方を囲まれた、狭いスペースにでる。丁度、トオルとレイトが腹を割って、初めて話し込んだ、その場所に似ていた。ペレスが立ち止まっても、どこからも敵が襲ってきそうでなかったし、居そうな気配すらなかった。時間差攻撃も考えられたが、手勢が潜めるような場所は無く、それに向く場所でなかった。これは信じても良さそうだ。
「じゃあ、さっきの続きだが……」
ペレスが理由を話す。
「もう一度ロドリーのところに行くなら、是非ある機械を壊して来て欲しいんだ」
「……機械って?」
「――この異常な音色の原因は、僕の造った機械なんだ……」
二人は驚愕した。異常な音の原因は、ペレスが造った機械によるものだという。
彼の話によると、ロドリーから命ぜられた特殊音波の実験中、人の聴覚に異常を与え混乱させる波長を発見した。その話を聞きつけたロドリーが、『それを利用したテーマパークを造る』という口実で、大型の特殊音波発生装置を造らせた。しかし実際には異なる、町中に音波を発信させ民を混乱させた。その後、用途に激昂したペレスが猛抗議をすると、即刻解雇処分を下されたそうだ。――それが昨日である。
「つまりペレスさんは、用途をごまかされて使われてしまったということですね」
「そうなんだ」
トオルは横で聞きながらも、脳が情報処理しきれず頭から煙を噴いている。
「それでこの頼みなんだ。ここに連れて来たのも訳があるんだ」
そういうと、入ってきた道とは別の道を指差した。そこには更に狭い道が存在していた。道というよりも、建物の隙間というほうが表現が近いかもしれない。
「その道をずっと進んでいくと、城内へ通じる地下道がある。一般人は来ないから、それほど手の掛からない警備員が一人居るだけだ。特に関係者を識別するような仕掛けはないから、容易く進めるはずだよ」
「マジか、そら楽だなぁ。いやぁ、一度悪い奴の住処に侵入とかしてみたかったんだよなぁ」
「トオル。いくら相手が悪党でも、今から僕たちが行うことは不法侵入だよ。気を落ち着けたほうがいいよ」
一息つき覚悟が決まった二人は、ペレスが指した路地へ入っていった。
「はぁ、疲れた。いくら住民の反発が酷いからって、ここばかり使って人ごみに紛れる。毎回毎回身元確認をする俺の身にもなれってんだよ」
細い路地の行き止まり。新米の警備員が愚痴をこぼしている。――行き止まりではない。袋小路のその壁に、扉が設けられている。この扉の中には隧路(すいろ)があり、城の地下へと続いている。この路を通って、皇室関係者は雑踏に紛れ込む。
足音が聞こえてくる。関係者が帰ってきたのか。体裁は整えておかなければ、界王に知らされては解雇処分にされる。丁度人影が見えたときに敬礼する。しかし現れたのは、見慣れない少年二人。呆れて敬礼を解く。見れば十七,八の歳のくらいか。齢二十三の彼にとっては、年の近い相手だけに大人の力は使えなさそうだ。だが敢えて強気に声をかける。
「何だ、君たちは。遊び半分でこんなところに来るんじゃない。ここは――」
木の枝で鉄柵を叩いたような音がした。その瞬間、自分の意識が遠のくのを、彼は感じた。
「いやー。カーンってなったぜ、今。手刀を入れたような音じゃないぜ。ここまで音が違って聞こえるとは……ペレス、やるな」
「さあ、トオル。警備員には眠ってもらって、行こうか」
「あーあ。暇だな。飯は食ったし、仕事は官吏に全部押し付けたし」
閑散とした大広間。壁際には、きらびやかな食器棚や、置物が置かれているが、部屋の中心部には何も無い。しかしこれだけ広いと置くものも無くなるだろう。三〇〇〇人収容の立食パーティーが出来そうなほど広い。その代わりじゅうたんには、色彩鮮やかな絵が描かれており、壁、柱、梁、電飾には、金があちらこちらに散りばめられている。
「ぎゃあ」
「?」
確かに悲鳴が聞こえた。男の悲鳴だった。それが聞こえたほうに顔を向けた。そこには二つの人影があった。
「どーもぉ」
ロドリーには、その二人に見覚えがあった。そう、先程門前で会った二人だ。
「お前らか……。おい、警備はどうした!?」
ロドリーが声を掛けても、警備員が現れる様子は一向に無い。
「警備にはちょっとの間、眠ってもらってますよ」
レイトの言に、ロドリーはうつむく。憮然としたわけではない。口許から薄く笑みを浮かべ、顔を上げてから高笑いする。
「二〇〇人の警備が全滅な訳が無いだろう! それともなんだ、お前らが倒したって言うのか!?」
「――そうですよ」
嘲笑したつもりが、レイトにあっさりと返されてしまった。確かに、堂々と侵入者が居るのに、警備員が一人も来ないのはこの城では有り得ない。しかし、まだ手はある。緊急時にしか召集しない、特別精鋭が居る。
ロドリーはおもむろにポケットに手を入れ、緊急用の召集連絡を入れる。
「――まだまだ、手はあるぜ」
広間の脇にある、二方向への屋路(ろうか)がにわかに騒がしくなってきた。然程待たずに、それは雲屯した。集まった数は一五〇。全てが鍛え抜かれた猛者たちだ。
「この一五〇人の精鋭は、そう簡単には倒れまい。ちょっとは愉しませてくれよ」
精鋭らは二人を取り囲むと、一息も置かずに、邪魔者を排除に掛かる。余程拳に自信があるのか、はたまた携帯を禁止されているのか。全員が己の体だけで向かってくる。しかし、無謀であった。二人の少年によって、数はみるみる減っていく。
「……」
呆けているロドリーの前には、気絶、悶絶している、倒れた多数の男たちだった。ロドリーがその場の状況を理解するには、少々時間が要った。
「あとはお前だけなんじゃねぇの?」
はっと我に返る界王。もう自己の体しか残っていない。
「あと一人、ロドリー界王のみ」
「なあレイト、あいつ、俺に任せてくれないか?」
「――いいよ。じゃあ僕は特殊音波発生装置を破壊してくるよ」
「OK」
レイトは一人で駆け出す。この大広間に佇むのは、トオルとロドリーの二人だけ。無数の男たちは、意識が戻ったものから下がっていく。
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