scene27  ロドリー・ミリオンの悪政

 ――3ヶ月前。
「私が、界王になった暁には、あらゆる税の引き下げを、公約しましょう!」
 選挙演説用に特設されたステージの上で、一人の男が喋っている。今は彼の放った一言に大衆が沸いている。
「いいぞ、ロドリー!」
「あんたについてくぜ!」
 この候補者の名前はロドリー・ミリオン。頭をしっかり7対3に分け、身だしなみも整えている、40代も終わりに近い小柄の男だ。
「厳しい生活から抜け出したいのであれば、このロドリー・ミリオンに、あなたの清き一票を!」
 大きな歓声に包まれ、演説は終わった。
 界王選挙の集計が終わり、見事ロドリーが界王に当選した。民衆はその当選を大いに喜んだ。
 しかし、民の期待は裏切られた。
『次のニュースです。今日、議会決議で、全ての税の18%引き上げを決定しました』
 サウンズキープの住民たちには、全く寝耳に水の話であり、そして全ての者が立ち上がった。
 翌日、界王が民衆の前に姿を現すということで、現場には数万の人間が集まった。そして城の露台から界王が姿を現すと、大衆からは多くの罵声が飛び交った。だがロドリーは、それを聞いていない様だった。
「うるさいんだよ、愚図が。王に向かってそんな口を利いていいのか考えろ!」
 ロドリーの叫びに大衆は押し黙ってしまった。大きな広場に、人一人の声も聞こえない。
「ふん、所詮一般人さ。俺の言うことには誰一人逆らえない」
 ロドリーはそう吐き捨てると、城内へ引き上げていった。静寂に包まれる広場。ロドリーの鶴の一声か。しかしそれは違った。耐え切れない余りの怒りに、全員が声が出なかっただけであった。

 その出来事から四日経った、昼下がりだった。街は大いに賑わい、この間のことなんて忘れているかのようだった。勿論忘れている筈も無いのだが、音の綺麗さで、民の心はいつも癒されていた。
 それは突然だった――。
「……なんか、変じゃないか? ――音が」
「――……本当だ。とても嫌な音になってる」
「一体どうなってんだ!」
 次第に周囲一帯が騒然としてくる。近所と話し始める者や、慌てふためく者。他人に訊いて回る者も居れば、何度も音を確かめる者も居る。街は既に混乱状態に陥っていた。しかしそこに火に油を注ぐかのような出来事が起こった。
「やあ民たちよ。この音は如何かね?」
 この耳に障る嫌な声。民の脳裏から外すことの出来ない記憶。ロドリー界王が街に下りてきた。
「なかなかいい音だろう。皆、気に入って頂けたかな?」
 この問いに民から起こる感情は怒りのみだった。
「ふざけるな! どこがいい音だ! 前の状態に戻せ!」
「おいおい、私にそんな口を利いてもいいのかい?」
「知るか!」
 民が王を包囲する。ロドリーのボディガードが構える。
「この糞野郎め!」
 一人の男がロドリーに向かって殴りかかった。皆の目線がそこへ集中する。しかしその男性は、ボディガードに殴り返され気絶してしまった。周りの者は助けに行こうとも、ボディガードに圧倒されて向かうことが出来ない。倒れた男性はボディガードによって担がれる。
「おい、そいつを独房に入れておけ」
「はい」
 男性を背負ったボディーガードは城のほうに向かって歩いていった。
「お前らも俺様に反抗すればあのようになるからな。覚えておけよ」
 民衆は血の気が引いていった。
 その後も課税対象は増え、商品を購入した際に発生する消費税は35%。どの道を通るにも通行税が入り、更には仕事に就いたときに支払わなければならない就労税というものまで導入された。ゴミを捨てるだけでも廃棄税、病院に行ったときも診断料と別に検診税が必要になった。
 民の怒りは頂点に達したのだが、為す術も無かった。以降ロドリーに抗う者、ましてや謀反を企てるものなど居なくなった。『音が変わっただけだ。何も言わなければ何もされない』、皆そう考えるようになった。
 それでも何人かが城に抗議に向かったが、誰も帰って来ていない。
 暫くすると、城内でも先代から仕えている諸侯たちが反意を示した。だがその諸侯たちは、捕らわれはしなかったが、官位を剥奪され、街に降りてきた。
 それから状況は、何も変わっていないという。

 女性の話を聞き終えた二人は、いささか嫌悪を抱いた。
「皆も表向きでは笑ってるけどね、内心ではこの音でストレスが溜まってると思うのよね」
 女性は虚ろな顔をする。
「皆、本当は反乱を起こしたいくらいなのですね…」
「ええ、でもロドリーは強力な魔法石を持っているという話だから、誰も何も出来なくて……」
(魔法石――!)
 この言葉に二人とも反応する。
「済みません、時間を取ってしまって」
「いいえ、別に気にしなくていいよ」
 女性は気さくな笑顔を残し、その場を去った。
「ロドリーって奴、酷いな」
「ああ。一見被害は差ほどでもない様だが、3ヶ月もこれが続いているとなると、ノイローゼになってもおかしくは無いね」
 歩き出して暫く黙っていた二人だが、トオルが話しかける。
「俺にとっては音なんかどうでもいいことなんだけどな……」
「ああ、しかし王に魔法石、この組み合わせがどうも気になる」
 歩きながら、ろくに食事も摂ってないことを思い出した二人は、カフェテリアに寄った。
 サンドウィッチをほお張りながら、レイトは提案があると切り出す。
「トオル、界王に謁見してみないかい?」
「ん? 質問の答えの前に、『謁見』てどういう意味?」
 トオルは頭が悪いということを、レイトは知らなかった。
「『謁見』というのは、身分が高い人に会うという意味だよ」
「へぇ、じゃあつまりロドリーに会いに行かないか――ということか」
 サンドウィッチセットに付いてきたコーヒーを、一口飲む。
「俺は別に構わないけど、何で?」
「うん。強力な魔法石を所持している界王なら、あるいは真魔石の情報を持っているんじゃないかと思って」
「成る程な」
 そんな話をしていると、眼鏡を掛けた男が話しかけてきた。
「隣、いいかな?」
「どうぞ」
 トオルの横に座った。しかしこの店の他の席は、結構空いている。
「君たち、ロドリーのところに行くのかい?」
「ああ、まあ。今日は暗いから明日にでも行こうかなぁなんて」
 レイトは男に向かって怪訝(かいが)な顔をする。
「そうか」
 なぜか会話はそこで途切れてしまった。

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