scene26  第35番界 サウンズキープ

「…驚いたかな…。僕が賞金首だなんて…」
 女が去った後、レイトはトオルにゆっくり尋ねてみた。
「いや全然!」
 元気良く答えたトオルに、レイトはほっと一安心。だがトオルは言葉を続けた。
「――ってのは嘘で、正直ちょっと驚いた」
 レイトは少し反応した。
「でもあれだ。さっき言った通りそのくらいのことでレイトを信用しないとか、レイトの側を離れるとか、それは絶対無い。いくら賞金首でもその中、極少数にはただ犯罪を楽しんでいる訳でなく、何らかの思いがあって罪を犯している者もいると思うんだ。レイトはそれに当てはまる、そう思った」
 トオルはこう淡々と話した。実際トオルにも喧嘩のことで考えた時期があった。自分は何のために喧嘩をしてきたのか、何の意味があるのか。それを考えてからはトオルは意味の無い喧嘩はすっぱりやめた。
 それ以降トオルは誰かをいじめていた奴、誰かをダシにして喧嘩を売ってくる奴としか喧嘩をすることは無くなった。正しくないが、自分の出来る、人の守り方。前者、後者共に根底から叩きのめし、且つ怪我をさせないように気遣う。自分の出来る最大限のこと。整合な矛盾。それがあったからこそ、レイトの微妙な立場に少し理解が示せる。
「そう言えば、レイトは何でそんなに掛かっている賞金が高いんだ?」
 二人が再びセントラルシティに歩き出したとき、トオルが尋ねた。トオルの唐突な質問に一瞬答えるのを躊躇ったが、フッと笑みをこぼすと口を開いた。
「…人を殺した、沢山。30人近い人が僕の犠牲になった」
 トオルが驚いて訊き返す。
「30人…!?でも何で…」
「これは弔い合戦。僕の両親の」
「!…どういうことだ…!?」
 レイトが賞金首だったという事実以上に驚いた。
「あれは10年前、僕がまだ7歳の頃だ。いきなり家に男が押し入ったんだ。大男だった。そしたら、そいつが虚偽の逮捕状を提示してきたんだ。僕の両親は勿論抵抗する。そしたら奴が待ってましたと言わんばかりに『公務執行妨害と正当防衛だ。』と言いながらあっという間に両親を殺したんだ。僕も襲われたけど、奇跡的にも僕だけ助かってね…」
「…」
 哀しそうに話すレイトにトオルはいけないことを訊いたと感じていた。トオルの両親も亡くなったとはいえ、あれは不慮の事故。心の衝撃が違いすぎる。
「そして両親の形見のこの魔法石、『エア・フォース』で関連のあるものを連鎖式に殺して行って犯人を辿っている」
「『エア・フォース』…?」
「ああ、まだこの魔法石のこと教えて無かったね」
 レイトは気付いたように言った。
「魔法石『エア・フォース』。これはある程度の大気を自由に操ることが出来る。風を起こしたり、気圧を変えたり、色々出来るよ」
 トオルもまた納得したかのように左の掌を右手の拳でポンと叩く。
「そうか、さっきレイトの体の周りに現れた風は自分で作ったのか」
「その通り」
「うっわー。いいなー便利そうな魔法石」
 トオルは羨望の眼差しを向ける。それを一瞥し、レイトは先を見据える。
(再び、いつか来るのか…?)

 セントラルシティ第二の都市、リースラン。再びこの街に戻ってきた二人の意見は合致した。
 そそくさとワープポイントに向かう。小さな建物のその中に、魔方陣が描かれている。それは壁や天井まで四方八方隙間が無いくらい緻密に描かれていた。
 唯一描かれていなかったのは、鉄製のスライド式自動ドアの内側。二人が入りそこを見ると、投射された映像が出た。それには第1番界から第38番界までの世界名が列挙されており、行き先を選択するらしい。―もちろん第39番界の地球の名前は無い。
 特に行き先を決めていなかった二人は、ただ単に目に入ったものという理由で、第35番界サウンズキープにトリップすることを決めた。
「じゃあここにしよう」
「俺は準備できたぜ」
 サウンズキープを選択すると、魔方陣が徐々に黄みを帯びてきた。覚えずその間に意識を集中することを理解し、心を一点に集中すると、一瞬無重力空間に居た感じがした。終わりの合図が無くても、二人は目を開く。
「…着いた…よな?」
 建物の内装が変わっていない。着いたことを信じて外に出るとそこには、全く別の世界が広がっていた。
「ここが、サウンズキープ」
 トオルがそう呟くと、後から出てきたレイトが付け足す。
「この世界は存在する音の全てが、澄んで聞こえる、音の綺麗な世界だそうだよ」
 そういえば世界の選択をしているときにそんな説明文が出ていたのかもしれない―と、トオルは思った。
 そんなに音が綺麗なら一回聞いてみたい、未知のものを知りたいのは人間の性である。トオルは足下に落ちている小石を拾い、手前に放り投げた。地面に落ち転がっていく石の音、それは想像しているものと遥かに違っていた。緩く張った皮を棒で叩いているような、地球で言うでんでん太鼓と似た音だ。
「何だ?何でこんな音がするんだ?綺麗な音じゃなかったのかよ」
「何故だろう、僕にはさっぱり分からない」
 お世辞にも綺麗とは言えない摩訶不思議な音が出、困惑しながらも、初めての移動先を散策することにした。しかしどうしても先に、確かめて置きたいことがあった。
「済みません」
「はい?」
 レイトが声を掛けたのは、買い物袋を提げて歩いていた主婦風の女性。
「僕たち、この世界に初めて来たんですけど、この街の音は一体どうなっているのですか?」
 その恰幅のいい女性は口を開く。
「これはね、今の界王がやったことなんだ」
 レイトは肝を潰した。まさか世界のトップ、界王の仕業とは。
「その話、詳しく聴かせてもらえないですか?」
「ああ。元々は、綺麗な音色だったさ。でもね、あれは3ヶ月前だったかな。界王選挙ってのがこの世界であったのよ」

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