トン 誰かが木から飛び降りた。着地はとても人間技とは思えないほど静かだ。 そこには二人の男が倒れていた。先程レイトが重傷を負わせた相手だ。木から飛び降りたのは女性だ。見たとこ20歳前なのは確実だ。真ん中から分けて高い位置にくくった二つのポニーテールが揺れる。 「一部始終見たけど…何か心境の変化でもあったみたいね。殺しをやめるなんて」 どうやらさっきのレイトと不良とのやりとりを見ていたらしい。しかし温かい気候とはいえ、ノースリーブにバミューダパンツは幾らなんでも軽装過ぎやしないか。両手には手の平、甲だけを覆うミトンの手袋を付けている。その甲に付いている楕円形の光る石。魔法石だ。両手共に付いている。 「でも、…殺しをやめるなんて…至上のチャンスだわ」 女性は口元でフッと笑みを浮かべると、その場から去った。 トオル、レイトの二人は、グリンバールの町を出、再びリースランに戻ろうと歩いていたときのことだった。進行方向に道を遮るように立っている女が一人。ノースリーブにバミューダパンツ、二つに分けてくくってある後ろ髪。二人はずっとこちらに眼を向けて逸らさないその女の前で立ち止まった。 「何か用でも?」 「そう、用があるわ」 グリンバールとリースランを繋ぐ道はアスファルトで均されている。道路の両脇には草原が広がっており、道を辿るとリースランの街が見える。今はこの状況を補助するかのように人通りが全く無い。 「このチャンスを待っていたわ」 一陣の風が吹き抜けた。 「私が用があるのは彼方の方よ」 そういうと女はレイトを指差した。 「どういうことか…分かるでしょ?」 レイトは瞳を光らせた。だがこの状況を理解できないトオル。 「レイト、何だ?この女のこと知ってんのか?」 「いや、知らないよ。けど彼女が僕のことを知っているのは確かだ」 瞬間レイトはハッとした。失言だ。しかしトオルは何の反応も示さない。 「何こそこそやってんの?そっちの黒髪、見ない顔ね。彼方も賞金首?」 女は吐き捨てるように言った。 「は!?俺が賞金首なわけが…『彼方も』?」 トオルは科白の言い掛けに気付いた。『彼方も』の意とするところは何か。女は何かに気付いて話し始めた。 「…へぇそう。彼方は賞金首じゃないようね…。とするとレイト、彼方は黒髪のコを騙してるのかしら?」 「違う!」 ややおどけた感じで話していた女に叫んだのはレイトだった。彼女の言葉にややヒステリック気味になっている。 「何を言っている…!?僕は…僕は…」 「賞金首」 「!」 女はいきなりレイトに向かってこの言葉を投げつけた。レイトはうつむいたまま固まった。女は更に続ける。 「高額賞金首ランクNO.2レイト・セールメント。かけられた金額は2億2000万ゲルク。起こした事件の数は数知れず、それも全てが殺人。」 「違う!僕は賞金首なんかじゃ…」 レイトは体全体で否定する。トオルは隣で突っ立っている。女は強気に出てきた。 「賞金首じゃないって言うなら証拠見せてくれる?首のチョーカーの下、セールメント家の証、風のタトゥーが彫られていないかどうか。」 (何も…言い返せない…。何とかしてこの場を回避したい…) 目の前から女が消えた。集中して見ていたにもかかわらず一瞬で居なくなったのだ。 「そんなに外すのが嫌なら、私が外してあげようか?」 「!」「!」 レイトの後ろから声がした。一瞬で女は後ろに居た。突っ立っていたままのトオルも目の前で起こったことに驚きを隠せなかった。レイトと女、近づくと結構身長差があった。だがレイトは動けない。 (は、疾(はや)い!僕の眼でも追いきれなかった。恐らく脚力を上げる魔法石でも使っているのだろう…。…僕ならこの危機を回避することはそう難しいことではない。しかしこの足の速さだ。下手に動くと僕どころかトオルさえ危ない目に…。選択の余地は…無い…か) その時レイトの周りに一瞬の内に風の壁が現れた。女は驚き一旦元居た場所へ退く。トオルも数歩下がる。数秒ほどで風壁は消え、中からレイトが現れた。そのレイトは姿が変わっていた。見るとチョーカーの下には女の指摘通り風をかたどったタトゥー、左耳に掛けていた横髪は掛かっていない。眼もやや鋭くなっている。 「見なさい!レイトはやっぱり賞金首だったのよ。黒髪の彼方、もう一緒に行動するのはやめたほうがいいんじゃない?」 (この際仕方が無い。トオルだけは無事にやっていって欲しい。今まで沢山の人を殺してきたけど、無関係の人を殺さないという誓いは守り通さないと…!) 「レイト、この女さっさと追っ払ってくれよ」 「!」「!」 レイト、女共に驚いた。二人とも予想外の反応だったのだ。 「おい、名前は知らねぇがなぁ女、俺は不運にもレイトのその現場見ちまってんだ。今更賞金首だって言われても何も驚きなんかしねぇよ!」 トオルは堂々と女に向かって言ってやった。レイトは顔には出さずとも喜んでいる。そして女は。 (誤算!黒髪の方の能力は未知数だけど、二人を分断させるために話を持ち込んだのに…。相手が二人だと分が悪いわ) バッ 女は高く跳び上がった。 「今日のところは退いてあげる。でも今度あったときは覚悟しなさいよ!」 そのまま近くの木に飛び移り、木の上を身軽に跳び回り雑木林の方へと消えていった。